第6話 宿屋は危険なトラップだらけ

 服屋で目立たない服に着替え、道具屋で各種アイテムを揃えた俺たちは、今夜の寝床ねどこを確保するために宿屋を探していた。


 俺は手持ちのゴールドと宿屋の宿泊料を見比べる。


(うーん……アイテムを揃えたから、ゴールドの残りが少ないな。でも、初対面の女子と同じ部屋に泊まるわけにもいかないし……。まあ、俺のキャラの初期ステイタスが高いし、優秀なヒーラーもいるから金もすぐ貯まるだろ)


「別々の部屋で頼む」

「あ、あのっ」


 俺が別々の部屋をとろうとすると、ミウが口を挟んできた。


「一人だと心細いです。一緒……じゃ、ダメですか……」


 上目遣いでこんなことを言い出すミウ。メチャクチャ可愛い。


「い、いや……ダメじゃないけど」

「じゃあ……」

「ミウが良いなら」

「お願いします」


 何がどうしてこうなったのか、初対面の美少女と同じ部屋に泊まることになってしまう。


(いや待て! これはわなだ! このまま流されてエッチしてしまうと、後から女性の敵の烙印らくいんを押され、不名誉な称号をくらってくまう事に! 耐えろ! 耐えるんだ俺!)


 そんな事を考えながら指定された部屋の前まで行きドアを開けると、ミウが予想通りの反応をした。


「じ、ジェイドさん! やっぱり体目的だったんですか! エッチ禁止って言いましたよね!」


「おい……」


 部屋はベッドが一つとテーブルとソファーだけの簡素なものだった。たぶんミウはベッドが二つあるのを想像していたのだろう。


「いきなりエッチなんてダメです。もっと、こう……デートを重ねたり、いっぱいお話をしたり……でもでも、三回目のデートでキスしちゃったりとか……」


 妄想に浸るミウが理想の男女交際を語っている。このまま放っておくと妄想が加速しそうなので、そろそろツッコんでおくことにした。


「いや、俺が別の部屋にしたのを、一緒にしたいと言い出したのはミウだろ」


「そ、それは……そうですけど……ごにょごにょ」


「約束は守る。俺はソファーで寝るから、ベッドはミウが使ってくれ」


 俺はソファーを指差す。

 ボロボロで寝心地は最悪そうだ。


「だ、ダメです。私のせいでジェイドさんにばかり負担をかけるわけにはいきません。ジェイドさんがベッドを使ってください」


「いや、女の子をボロボロのソファーで寝かせて、俺がベッドを独占するわけにも……」


「じゃ、じゃあ、一緒に寝ましょう」


 急にやる気になったミウが、両手を胸の前でギュギュっとポーズして、ちょっとドヤ顔になる。


(いや、なに言い出してんだ、この娘……)


「一緒じゃ、ダメ……ですか……?」


「分かった。寝るから。だから、その上目遣いはやめろ。そんなのされたら、男が誤解しちゃうだろ!」


「よ、良かったです。えへへ」


 ミウが無邪気な笑顔で笑っている。


(この女……無意識に男を誤解させる魔性を持っている気がするのだが。気のせいじゃないはずだ)


 ◆ ◇ ◆




 宿屋も確保したので、二人で夕食をとりに酒場にきている。ゲームでもファンタジーでも、情報収集といえば酒場だろう。


「いらっしゃい」


 少し露出度の高い店員さんが、テーブルに着いた俺たちにメニューを持ってくる。


「えっと、ポテトコロッケ、肉じゃが、ポテトサラダ…………」


 以前はファンタジー世界にジャガイモは存在しないと言う者もいたが、近年では逆にジャガイモ料理が豊富になっているようだ。

 ジャガイモ料理は美味しいから、これで良いのかもしれない。


「わ、私……まだ十代だから、お酒が飲めません」


 ミウが年齢をバラしている。この子、放っておいたら個人情報をボロボロ喋りそうで危なっかしい。


「ゲーム世界だから良いんじゃね?」

「そ、そうですよね。じゃあ……」

「いや、やっぱり止めておこう」


 俺はミウの手を止めた。


(酔っぱらってベッドで急に積極的になってエチエチ。朝になったら『きゃあぁぁーっ!』というパターンにはさせないぜ。危険なフラグは圧し折っておかないとな)


とりあえず、店員にジャガイモ料理をいくつか注文しつつ、街や国の情報をそれとなく聞いてみた。何となくゲームの設定情報と似ているのだが、いまいち確定的な事までは分からなかったが。


(よし、料理を待っている間に、ミウと情報交換をしよう)


「ミウ、俺はこのゲームを始めた時に、突然変な選択画面に飛ばされて、気が付いたらこの世界にいたんだ。ミウの時は、どうだったんだ?」


「はい、私も同じです。突然この街に飛ばされ、他にプレイヤーもいなくて……ログアウトもできなくて。一人で心細かった時、突然、目の前にジェイドさんが現れたんです」


(やはり同じか……という事は、ミウも俺と同じ七星神とかいうキャラなのだろうか?)


「あの――」

「すみません、相席よろしいですか?」


 俺がミウに聞こうとした時、さっきの店員が他の客を連れてやってきた。若い女性だ。


「店が混み合っていますので、相席をお願いしたいのですが」

「ああ、構わないけど」


 俺は手でミウの隣を勧める。


 店は繁盛はんじょうしているのか、ほぼ満席状態だ。俺たちの座っている四人テーブルに、その女性客が一人座った。


 ミウの隣に座った女性は、艶やかでサラサラの黒髪ロングの美人。その姿がやけに目を惹き、俺は一瞬だけ見惚れてしまった。


「――あの、ジェイドさん」

「はっ、ああ、すまん。何だっけ?」

「むうぅ~っ」


 何故かミウがふくれている。

 拗ねたようなプク顔がちょっと可愛い。


「そうそう、思い出した。ミウ、七星神というのに聞き覚えはない?」


「ぶはぁ! けほけほっ――」


 突然、相席した黒髪ロング美少女が、飲んでいた水を吹き出した。


「えっ?」

「す、すみません……」


 ビックリした俺に、黒髪ロングが小さな声で謝り、そっぽを向いてしまう。美人だが愛想は悪そうな感じだ。

 黒髪ロング女子ばかり見ていると、またミウが拗ねてしまいそうなので話を続けた。


「その七星神が何か関係していると思うんだ」


「あの、私も聞いた気がするのですが、ゲーム初心者でよくわからなくて……」


 ミウの話が要領を得ない。

 たぶんミウも七星神だと思うのだが、本人に自覚がないだけなのだろう。まあ、徐々に聞いてゆけばいいか。


(しかし、俺の体はどうなっているのだろう? ベッドに寝たまま意識だけゲーム世界に? それとも、体ごと転移してこの世界に? まさか、あのまま死んで転生したしまったとか………)


 ベッドの上で変死している自分を想像してしまう。


(うわああああっ! 怖っ! 考えるのはやめだ。もう、ここは異世界ということにしておこう)


「どうしたんですか、ジェイドさん?」

「いや、ちょっと考え事を」


 ミウが首を少し傾けて『ん?』って表情をする。やっぱり可愛い。


「ともかく、レベルが低いままでは危険だから、明日からは一緒にレベル上げをしよう」


「はい、何だか冒険みたいでワクワクしますね」


「うん」


 俺たちは明日の冒険に備えて早めに寝ようと酒場を出た。しかし、この後に同じベッドで寝るという最大のミッションが残っていることをすっかり忘れていたのだが。


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