第6恋
一緒に下校という思わぬ時間に雅喜は隣を歩く未麻をチラチラ見ながら、会話を考えていた。聞きたいことは山ほどあるが、昔から根強く自分の中にある不愛想さと緊張で口が動かなかった。
「先輩って、どうしてあたしと友達になってくれたんですか?」
未麻は前を見つめたまま、雅喜に尋ねた。迷惑だっただろうかと焦りながらも、ここは正直に答えないといけない気がした。ここだけは不愛想とか言っている場合じゃない。
「気になっていたから」
平然を装いつつ、背中と頬は火傷するくらい熱くて、それでも雅喜は正直に答えた。未麻は驚いたように雅喜を見た。
「あたしを、ですか?どうしてまた」
これは駆け引きではない。彼女は本当に、純粋にそう思っているのだ。この理由を話すとなると、ほぼほぼ告白なる。雅喜は何も答えられずにいた。告白する勇気はまだまだ小さな芽だ。
「先輩、女子嫌いの噂があるって聞きました」
黙っている雅喜に未麻はまた正面を見て、続けた。
「実は随分前から先輩のことは知っていたんです。って言っても、この噂のことだけですけど。だから、不思議だったんです。友達になってくれって言われて」
「それなのに、どうして俺と友達になってくれたんだ?」
「この前、図書室で百科事典を借りようとしていた日、めちゃくちゃ本をとっては戻していたじゃないですか。本、読みたいけどうまく自分に合う本を見つけることができないのかなって。だから、百科事典を持ってきちゃったのかなって。じゃあ、あたしが教えてあげたいなって思ったからです」
未麻の理由に雅喜は思わず顔を手で覆った。嬉しようで、恥ずかしい。あの時、本に集中していて自己の世界に入っていると思っていたが、きちんと自分のことを見ていてくれていたのだ。
「確かに、顔はちょっと怖いですけど先輩は噂のように悪い人じゃないと思います。それを皆に知ってもらえれば、噂なんて消えると思いますよ?」
未麻は心配そうに雅喜を見た。この噂が雅喜にとって良くないもので、それで雅喜は何か困りごとがあるのではないか。そう意味だろう。雅喜は首を振った。
「いや、噂は本当なんだ」
「えっ、本当なんですか?じゃあ、なおさらどうしてあたしに?」
「その、優しそうだなって思ったから。気持ちの方を考えてくれそうな感じがした」
自分を見つめる瞳に吸い込まれるように雅喜は未麻を見ながら答えた。本当は他にも癒されるとか可愛いとか「好き」に直結する言葉も浮かんだのだが、敢えて言わなかった。一方、自分を睨んでいるような表情ではなく、真剣で少し照れくさそうに、そして愛おしそうに自分を見る雅喜に未麻は初めて雅喜の顔をちゃんと見たように感じた。
「あたし、先輩の怖い顔以外の顔、ちゃんと見たの初めてです。先輩ってかっこよかったんですね」
未麻は柔らかく微笑んだ。
「あ、ありがとう」
雅喜は目を逸らした。しかし、嬉しさが込み上げてきて思わずにやけてしまう。その顔を見た未麻は目を丸くした。柔らかくて、優しくて温かい笑顔だった。
「そうやって笑っていたらあんな噂ないと思いますけど。むしろ、人気者ですよ」
「別に人気にならなくていいんだ」
「どうしてですか?優しい笑顔なのに」
「中身を見てくれない。それが嫌なんだ」
そう答えた瞬間、雅喜は首を傾げた。どこかで、何かで自分はこのセリフに会ったことがあったような気がした。
「先輩、漫画みたいですね」
そう言ってクスッと笑った未麻に雅喜はハッとした。昔に読んだ姉の漫画にいたイケメンのセリフだった。
「あー」
雅喜は立ち止まって顔を手で覆った。
「なる予定なかったんだけどな」
女子のことを苦手に思ってから、あの世界の人間のことなんて忘れていたし、自分に好きな子ができるとすら思っていなかった。隣にいない雅喜に気づいた未麻は振り返って、不思議そうに尋ねた。
「先輩?帰らないんですか?」
「帰る。なぁ、倉橋未麻」
「はい?」
「これからよろしく」
自分の世界を変えてくれた人を見て、改めて感じる愛しさで雅喜は晴れやかに笑った。その笑顔に未麻は嬉しそうに笑い返した。
「はい、お願いします」
これは、間本雅喜の恋が始まった話。好きな子の名前をフルネームで言ってしまうような男が、好きな子のために奮闘するきっかけの話。女子嫌いな彼が女子を意識しいて、想い人に友達として認識された話。これからの彼の恋路はどうなるのか。実る以前に彼はフルネームではなく、きちんと彼女の名前を呼べるのか。それがわかるのはまだ先の話であり、漫画の世界ではないので作者にもわからない。
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