第4恋
人生最大の勇気だった。声が震えないように彼女を見つめ、ついに話しかけたのだ。雅喜は全力で廊下を駆け抜けながら熱くなる頬に手を当てた。百科事典を借りようとしたという変な行動をしてしまったが、ついに彼女に認識される行動をとることができた。女子嫌いになり、関わらなくなった自分にしては上出来だったと昇降口を目指す雅喜は興奮気味に自分を褒めた。
「よしよしよし!」
先程の出来事を振り返りながら雅喜は何度もガッツポーズをした。そうしていくうちに冷静になった雅喜はもう一度先程の出来事を振り返った。
「あ、名乗ってない」
そう、今ここで自分を褒め称えているこの男は想い人に自身の名前を言っていなかった。さらに言うなら、これだけ褒めているが、彼はお友達になりましょうと言った後すぐに図書室を飛び出してしまい、彼女の返事を聞いていない。それどころか、重い百科事典を元の場所に戻さず、好きな子に戻させるということもさせてしまっている。
「最低じゃん、俺」
冷静な頭で振り返れば振り返るほど、マイナスが見えてきて雅喜は肩を落とした。
「つまり、友達になってって言って逃げただけの男?」
結論付けた雅喜は頭を抱えた。絶対変な奴と思われたに違いない。次に会った時は目すら合わせてもらえないかもしれない。いや、それどころか今日のことを真っ先に友達に話して、彼女の姿をもう見ることができないほど彼女の友達のガードが固くなるかもしれない。考えれば考えるほど自身の恋は実らぬ道しかなく、雅喜は昇降口に座り込んでしまった。絶望と遅れてきた廊下ダッシュの疲労で立ち上がる気力すらなかった。帰る気が起きるまで座っているしかない。他の生徒の邪魔にならないように端の方で壁にもたれかかりながら、雅喜はボーッと外を見ていた。
「あの」
「うおっ」
突然目の前が眩しく輝いた雅喜は目を細めた。言いすぎな表現のように感じるが、これでも控えめな表現にしたつもりなくらい、雅喜には目の前に立つ少女、未麻が輝いていたのだ。
「あの、だ、大丈夫ですか」
傍から見たら何故か目を細めて眩しそうな顔をする雅喜は変に見えるだろう。彼以外にはこの場は日が暮れたせいで薄暗くなった昇降口なのだから。
「あ、あぁ、大丈夫。なに」
正気に戻った雅喜は未麻から目を逸らして答えた。不愛想に見えるが、本当は心臓は飛び出しそうなくらい騒いでいるし、背中は燃えるように熱かった。
「さっきのことなんですけど」
未麻はそんな雅喜を気にすることなく、話を続けた。
「友達になってくれって話ですけど」
「お、おぉ」
淡々と話す未麻に雅喜は戸惑いながらも頷いた。
「いいですよ」
「えっ」
「あたしでよければ」
そう言って笑った未麻に雅喜は息をのんだ。この世にこんなにも輝いて、他に何も考えられなくなるくらい頭を埋め尽くす笑顔があっただろうか。
「い、いいのか?」
か細い声で呟いた雅喜に未麻はもう一度微笑んで頷いた。
「あ、でも先輩の名前、教えてほしいです」
「ま、間本雅喜だけど」
「間本先輩、わかりました。それじゃ、よろしくお願いします」
未麻は雅喜に背中を向け、薄暗くなった外へと飛び出して行った。そんな彼女の背中を見ていた雅喜がガッツポーズをするほど状況を理解できたのは、未麻の姿が見えなくなった頃である。
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