残念令嬢は悪役令嬢になりたいの!
紅葉ももな
第1話『残念令嬢は悪役令嬢になりたいの!』
悪役令嬢と言う職業をご存じだろうか。
本屋さんに行けば、書棚ではなく平積みにされている人気作品の小説や漫画本に飛び交う悪役令嬢の文字とイケメン揃いなヒーローを侍らせる気の強そうな女主人公が極彩色なイラストで表紙を飾っているのである。
「兄様! どうしたら亜紀子(あきこ)は悪役令嬢になれますか?」
文武両道、容姿端麗な二つ歳の離れた兄の雄大(ゆうだい)を見上げるように首をかしげる。
「うーん、悪役令嬢が何かいまいち俺には分からないけど、悪役はともかく、我が九条院家の家名に恥じないようなレディーになれないと令嬢は名乗れないんじゃないかな?」
そうか、悪役の前に立派なご令嬢にならなくちゃだめなのか。
「なら私は頑張って素敵なレディになりますね!」
「そうか、じゃあお兄様は亜紀子が立派なレディになれるように協力しないとね」
私の小さな手のひらより大きく優しい手が何度も頭を撫でてくれるのが嬉しくて、私は頑張った。
お母様は私が産まれてすぐになくなっており、正直立派なレディがどの様な者なのかわからない。
なのでお兄様にレディがどの様なものなのかおしえてもらうことにしたのだ。
お兄様に分からないところを教えてもらってお勉強を頑張った!
「亜紀子、テストの点数は満点なのにどうして自分の名前を書くのを忘れちゃったのかな?」
採点の丸がいっぱいのテストは無情にも名無しのせいでゼロ点になってしまった。
「次はちゃんと名前書くもん!」
ぷぅっと頬を膨らませ唇を尖らせて不満であると示すと、兄様はキラキラしい笑顔でお菓子をくれる。
「ほら機嫌治して? 亜紀子の好きなショコラだよ? はいあ~ん」
「あーん」
ショコラを摘まんだ兄様が口許に運んでくれたので口を開くとショコラの芳醇な香りと滑らかな舌触り、上品な甘味に身悶える。
「兄様もあーん!」
この幸せを是非とも兄様にもお裾分けしなくてはならない!
兄様の唇にショコラを押し付ければアムッと指ごと食べられた。
「ふふっ、亜紀子に食べさせて貰うと美味しいねありがとう」
そうでしょう、そうでしょう! ならまた食べさせてあげなくちゃ!
テストの失敗も忘れて兄様の口にせっせとショコラを運ぶのが楽しい。
「兄様……ちゃんと名前を書いたのにゼロ点になっちゃった」
わんわん泣きながら返されたばかりのテストを見せれば私を軽々と抱き上げた兄様が涙をハンカチでぬぐってくれた。
「どれどれ?……あちゃー、一列答えをずらしちゃったんだね」
なでなでと頭を撫でながら慰めてくれる兄様大好きです。
「今度はちゃんと確認するもん!」
悪役令嬢になるためにがんばるんだから!
兄様は完璧だ! 宿題を教えてくれるし、忘れ物の筆箱も体操着も水着も届けてくれる優しい兄様は私の自慢なのだ。
兄様と同じ学校に進学したくて頑張った。
高校生になった私は、休み時間に兄様が知らない女の人と歩いている姿を見つけてしまったのだ。
何回も袖を通して色褪せた服を着ていることから彼女が庶民だと推測できる。
兄様をとられたようで胸のなかがぐるぐるとして気持ち悪い。
「はっ! きっと彼女はヒロインなんだわ! 私は兄様がヒロインと添い遂げられるように悪役令嬢のように二人の仲を邪魔しながらくっつけなくてはいけないのですわ!」
胸のぐるぐるが何か分からないまま謎の使命感に燃え私は頑張った。
兄様が連れてきた女の人の靴に蛙を入れようと思って、捕まえるためにお庭の川に行って転んでしまったけどちゃんと一匹捕まえてきた。
飼育ケースに入れて蓋を閉めて寝たはずなのに、翌朝目が覚めたら脱走した蛙が目の前にいて悲鳴を上げて、兄様に助けてもらう。
むぅぅ、もう一回!
校舎の窓から階下で花壇の手入れをしているヒロインを見つけてたのでバケツに水を入れてかけてやることにした。
「もう少し入れられますわね」
バケツの縁ギリギリまで水をくみ持ち上げれば余りの重さに全身がプルプルと痙攣する。
「おーほほほっ! これをヒロインに……うぎゃ!?」
慎重に慎重に運んできた水とこの水を浴びたヒロインの無様な姿を想像して、廊下の色が変わっていることに気がつかなかった私は廊下のワックスに足をとられてお尻から転んでしまい盛大に水を被ってしまい全身びしょ濡れになってしまった。
どうやら誰かが兄様を呼んできてくれたらしく、保健室に連れていかれ兄様の大きなジャージを貸してもらい着替える。
「……可愛い……」
小さく兄様が何か呟いたけど聞き取り損ねた。
色々な人に聞いて回ったらどうやらヒロインは兄様のクラスメイトらしく、図々しくも右隣の席らしい。
なんとも羨ましい! しかし、席がわかっているならば嫌がらせは簡単だわ。
「先生、わたくし体調が優れませんので保健室に行って参ります」
授業中に教室を抜け出した私は兄様のクラスへ急ぐ。
今の時間兄様のクラスは体育の授業で教室に居ないことは確認済みだ。
辺りを見回して誰もいない事を確認し、教室の後ろ側から侵入し、急いで兄様の右隣の机から筆箱を取り出すと中に入っていたシャープペンから全て芯を抜き取り嫌がらせをする。
授業が終わるチャイムの音に焦って慌てて教室から逃げようとしたけれど沢山の上級生が向かってくる気配に慌てて教室の窓から見える木に飛び移った。
なんとか現行犯は間逃れたわ!
本日の授業はあと一時間、さぁヒロインさん、シャープペンが使えなくて困るといいのですわ!
太い幹に身を隠しながら先程まで私がいた教室の様子をうかがい見る。
ヒロインは兄様の右隣の席のはずなのに、なぜか左隣に座っている。
「おかしいですわ! 右隣のはずですのに!」
悔しくて木に八つ当たりしていたら右手の中指にチクリと痛みが走った。
「ううぅ、痛い……棘がささってしまいましたわ……」
ツキンツキンと痛む指先から移ったのか胸までズキンズキンと痛む。
木の上から降りたくても自力ではとても降りられない。
「ぐすっ……兄様……」
このまま誰も助けてくれないかもしれないと思うと不安に襲われポロポロと涙が溢れ出す。
太い幹に背中を押し付けてバランスを取りながら膝を抱え込むようにして座る。
「亜紀子?」
どれくらいそうしていただろうか、下から聞こえてきた大好きな声に顔を上げれば、普段きちんと整えられた髪を乱した兄様が地面からこちらを見上げて居た。
うっすらと額に汗が浮かび、息が上がっている事から見て私の事を探してくれたのかもしれない。
「兄様、たすけて」
まるで王子さまのように助けに来てくれた兄様はこちらへ両手を伸ばしてくる。
「もぅ、どうやってそんなところに上ったんだい? ほら受け止めて上げるから飛び降りておいで」
「ぐすっ……うん」
安堵感で溢れる涙を袖口でぬぐい、兄様の腕に飛び込んだ。
「もぅ木に上っては駄目だよ?」
兄様に抱きつきながらお説教を聞く。
うんうんと勢いよく首を上下に振りながら広く逞しくなった兄様の……従兄(じゅうけい)の胸にすがり付く。
あぁ、兄様の……雄大様の腕の中が一番落ち着く。
雄大様が実の兄ではなく、私を産んだあとお母様が亡くなり、お母様を溺愛していたお父様は後妻を娶る事を拒んだ。
九条院家の跡取りとして、父は旧家の西條家に婿養子に入られた実弟の大地様の三男で優秀だが、西條家を継ぐことが出来ない雄大様を九条院家の養子に迎えたらしい。
ずっと実の兄だと慕っていた雄大様が養子だと知ったあの時のまるで落雷にあったような衝撃が分かるだろうか。
「悪役令嬢は難しいです」
それからもヒロインに嫌がらせを仕掛けて見るものことごとく上手くいかない。
落とし穴を掘ってみたものの、ヒロインは何事もなく通りすぎてしまい、不審に思って確認しようとして、誤って嵌まってしまった。
ヒロインは愛らしい容姿と豊満な体つき、そして雄大様に劣らぬ頭脳を有しているらしく、成績順にクラス分けされている事もあり、彼女の周りには学園でも有数の良家の子息が集まってきているらしい。
こんなに人が集まっては嫌がらせなど出来るはずがない。
今日は全学生が集まる集会があるためとぼとぼと、敗北感から重い足を引きずって講堂にやって来ると端っこの席へ腰をおろした。
九条院家のご令嬢として常に優雅に誇り高く堂々としなければならないけれど、立派な悪役令嬢になれなかった敗者の私には末席が似合う。
長い長いながーい学園長の話を聞くうちに眠り込んでいたらしい。
「九条院さん、九条院さんったら!」
肩を揺すられて目が覚めれば、講堂に集まっていた沢山の生徒の視線が私に突き刺さる。
ヤバイ、涎垂れてないわよね。
スカートからハンカチを取り出して口許を押さえて何事もなかったように微笑めば、なぜか周りから残念なものを見るような哀れみの視線を受けた。
「生徒会長、『残念令嬢』に先程会長が仰られていたような愛桜(あいら)嬢への悪質な嫌がらせを行えるとは思えませんが……」
悪役令嬢だけでなく残念令嬢なる新ジャンルの令嬢もあるらしい。
愛桜嬢が誰かは知らないが悪質な嫌がらせをするとは酷い人もいるものだ。
「まぁ、悪質な嫌がらせなど良家の子女がすべきではありませんわね」
うんうんと同意するように頷けば生温い視線を送られた。
あら、皆様どうかいたしまして?
「亜紀子嬢は女性を階段から突き落とす行為についてどう思われる?」
階段から突き落とす? 例えば自分が階段から落ちたらと想像してサッと血の気が引いていく。
「どなたか階段から落ちたのですか!? 怪我は!?」
思わず立ち上がり問い詰める。
「大変、すぐに救急車を手配しなくては!」
誰が落ちたのかは知らないけれど、階段から落ちれば怖かっただろうし、打ち所が悪ければ亡くなってしまう事もあり得る。
「いや、大丈夫だ。 被害者は幸いかすり傷で済んでいるし、階段から落ちたのも今日の話ではないからとりあえず落ち着いてくれ」
慌ててそう言った生徒会長の言葉に安堵の息を吐く。
「そうだよ亜紀子、落ち着いて」
いつの間にやら側にやって来たらしい雄大様が私を椅子へと座らせる。
「ほらね、亜紀子が人が怪我をするような嫌がらせを平気で出来るような図太さなんて持ち合わせていないし、それを人に見られずに実行するなんて絶対に無理だ」
「しかし、亜紀子嬢が愛桜嬢へ嫌がらせを仕掛けていたと多数から報告が上がっているのも事実なんだ」
なんと、私が嫌がらせを仕掛けていたのが愛桜嬢と言うことは、ヒロインの名前は愛桜と言うらしい。
初めて知ったわ。
「そうだね、水を掛けようとバケツを運んでは転んで自爆してみたり、落とし穴を掘って自分で嵌まってみたりとかことごとく自分に代償が返ってきているけどね」
その言葉にバッ!っと雄大様の顔を振り返る。
まさか雄大様にバレていたなんて知らなかったのだ。
「兄様……いつから!?」
椅子から勢いよく立ち上がるとガタッと音を立てて椅子が背面から倒れた。
「う~ん、悪役令嬢になりたい! って宣言したときから?」
その言葉に地面に崩れ落ちる。
「六歳の時じゃないですか!」
恥ずかしい、ものすごく恥ずかしい!
床をベシベシと叩きつけ恥ずかしさに身悶える。
「ね? 亜紀子は分かりやすいでしょう? 嘘をつくにしても分かりやすくバレバレだから人を欺くなんて芸当は無理だ」
「兄様ぁ」
私の肩を抱くように立ち上がらせた雄大様に支えられる。
ううぅ、あまりの恥ずかしさに顔は火照り変な汗まで出てくるよ。
冤罪に掛けられている筈でシリアスな展開なのに、私の心臓は雄大様から与えられた抱擁に乱れうち狂喜乱舞している。
み、皆が見ている前で雄大様と密着……
どうやら恥ずかしさと恋愛に対する免疫力が天元突破したようで令嬢にあるまじき鼻血を吹きながら私は意識を失った。
意識を取り戻すと真っ白なカーテンに囲まれたベッドに寝かされていた。
息苦しいと思っていたらどうやら鼻に詰め物がされているようで、視界の下方に見てとれる。
「あれ?」
「あら、起きた?」
シャァァとカーテンを開けながら入って来たのは学園の保健師の先生だ。
白衣を着ていても隠しきれないそのスタイルのよさと泣き黒子が色っぽいお顔やその仕草から男子生徒に絶大な人気を誇るらしい。
「貴女、集会中に意識を失って血相を変えた雄大君にお姫様抱っこで運び込まれたのよ」
お姫様抱っこで雄大様に運ばれる姿を想像して身悶える。
「あのいつも冷静沈着な雄大君が、あんなに慌てさせるなんて貴女凄いわね」
どうやら鼻血は止まったらしく詰め物を取り外しても出血はなかった。
「しかしその制服は駄目ね、すっかり血がついてスプラッタ映画みたいになってるわ、さぁこれに着替えて保健室にある水道で顔を洗っていらっしゃい」
私サイズのジャージを渡されカーテンの中で着替える。
「洗面用具は自由に使って良いからね。それじゃ、私は雄大君に亜紀子さんが目を覚ましたって伝えてくるわね」
ウインクをすると保健師の先生は保健室から出て行ってしまった。
慌てて顔を洗う。 化粧落とすためのクレンジングオイルや洗顔フォームがあるため崩れた化粧も取り去る。
化粧治しも出来ないのだから崩れた化粧をみられるくらいならまだ素っぴんの方が幾分ましかもしれない。
雄大様に……私は義兄様に甘えすぎていたのかもしれない。
いくら男性としてお慕いしていても、血が繋がっていなくても、私は彼と結ばれることは無いのである。
実子と養子の結婚は私が暮らすこの国では認められていないのだ。
悪役令嬢はヒロインとヒーローが結ばれたなら潔く颯爽と幕をおろす。
それが悪役令嬢を目指した私にできる義兄様への恩返し。
兄離れを決意していると、それからあまり間をおかず義兄様が保健室にやって来た。
私の顔を見るなりホッと表情を緩める。
危うく見惚れかけて慌てて頭をふり、思考を切り替える。
兄離れすると決めたじゃない、しっかりするのよ亜紀子!
「良かった、体調はどう?」
「もうすっかり大丈夫ですわ、ご心配をおかけしました」
ペコリと頭を下げれば優しい手が伸ばされる。
この手にいつまでもすがり付いてはいけないのだ……慌ててその手を避けて頭をさげる。
「あの……っ、私は九条院の名に相応しくない行いを……申し訳ありません」
自分の失態で義兄様に恥をかかせてしまった。
失恋した私にはこの優しい義兄様に合わせる顔など無い。
「申し訳あ……、あり……ま……せん」
ぶわっと溢れだした涙を義兄様にみられたくなくてベッドから飛び下り保健室から逃げ出す。
失恋がこんなに辛いなんて知らなかった。
途中何人もの生徒とすれ違ったけれどそんなこと気にする余裕なんてなかった。
義兄様から逃げたいばかりに校舎内を走り回り、外靴が保管してある玄関へ向かうべく、廊下の角を曲がろうとして誰かに見てぶつかりよろめいた。
「きゃっ!」
「危ない!」
バランスを崩した身体が大きな手に支えられ引き寄せられる。
頬に当たる逞しい胸元からは義兄様の爽やかなコロンの香りとは違うムスク系の香りがする。
「すまない、人が居るとは気付かずに大丈夫か……君はたしか……」
低く耳障りが良い声に顔をあげれば何度か義兄様と一緒に居る所をみたことがある青年だ。
短く刈り上げられた髪とワイルドな出で立ちで学園でも人気ある青年だったはずだが、あいにく名前がおもいだせない。
なんにしてもレディがいつまでもこうして異性に密着するなどはしたない。
「助けていただきありがとうございました」
「亜紀子……」
離れようとしたところで背後から低く怒りを滲ませた声で名を呼ばれ反射的に飛び上がる。
普段の甘さを含んだ大好きな声ではなくまるで竦み上がるほどの冷たさを感じさせる声に呼ばれ振り替えれば、義兄が綺麗な笑顔のまま仁王さまのように怒っている。
ヒイィィィ! こんなに怒らせるような失態をしてしまったのか私は。
無意識に目の前の青年の制服のジャケットにすがり付けば、更に義兄様の凄みが増した。
「はぁ、雄大……亜紀子嬢が怯えてるぞ?」
頭上から聞こえてきた声に我に返り、無意識に握り絞めていた制服を放すと義兄様が怖くてつい青年の背後に隠れてしまった。
「翔(かける)、いつから亜紀子と?」
地鳴りでもするんじゃないかと感じるほどの怒気に竦み上がる。
「おい、俺は今さっき転びかけた彼女を助けただけだぜ」
「ふぅん? それにしては随分と仲良さげにくっついてたよね……」
たらたらと冷や汗が流れ落ちる。
逃げよう、このままここにいたら不味い気がする。
「翔様、お助けいただきありがとうございました。 さようなら!」
「おっ、おい!?」
脱兎のごとく走り出した私に焦ったように翔様が声をかけてきたがそれどころではない。
なんとか靴を履き替え、学園を飛び出したものの、暫くして財布が入った鞄を教室に忘れてきたことを思い出した。
しかも必死で走ったせいで見覚えがない路地裏へ入り込んでしまったらしい。
「ここどこよ……」
疲れはてた身体は重く、動きの鈍った足は些細な段差に引っ掛かり派手に転んでしまった。
咄嗟に身体を庇った両手は擦り傷となってところどころ血がにじんでいる。
膝も擦りむいたのか運動着のズボンに穴が開いてしまった。
じんじんと脈打つ痺れるような痛みが右足にはしる。
段々と腫れ始めた右足を庇うようにして地面に座りこむ。
捻ったのかもしれない。
どうして私はこんなにダメダメなのだろうか。
九条家に恥ずかしくない令嬢に、そして義兄様に……雄大様に嫌われたくなくて頑張ってきた筈だけど、何をやっても上手くいかない。
「残念令嬢……」
誰かが言っていた言葉を思い出す。
悪役令嬢を目指してきたけれど、残念令嬢のほうが私にはお似合いだろう。
家に帰りたくても、足の痛みは酷くなる一方でもう移動する気力すらない。
膝を抱き抱えるようにして地面に座り込んでいたら、不意に声をかけられた。
「あれぇ? こんなところで何してるの?」
聞き覚えがない声に顔を上げれば口や耳に複数のピアスを着け、髪を赤や青といった色に染めた軽薄そうか男性五名に私は取り囲まれていた。
「もしかして怪我してるんじゃない? 俺らが介抱してやるよ」
「お礼は身体で払って貰おうかなぁ」
ニヤニヤとよってくる男たちから逃れるように両手で自分の身体を抱き込む。
怖い、怖い怖い怖い怖い、誰か助けて……誰か……義兄様……
私に向かって迫る男たちの手に無意識に助けを求める相手に気が付き、自嘲する。
「結局、兄離れ出来てないじゃない」
伸ばされた手を叩き落とす。
「触らないで汚らわしい」
こんな男たちの慰み者になどなったら兄離れどころか二度と義兄に会うわけにはいかない。
実際には残念令嬢だとしても、私の目標は独立不羈 (どくりつふき)の、孤高の悪役令嬢。
他者からの束縛を受け付けず、制御されることなく、気高く強くどんな逆光でも自信の信念を貫き通す。
「あぁ!? なんだとこのアマ」
運動着の胸元を掴まれ建物に背中を押し付けられるように無理やり立たされる。
キッ! と睨み付ける。
なによこんな下品な男、義兄様に比べれば月とすっぽんじゃない!
本気で怒った義兄様と比べれば何てことはない。
ブンッと振りかぶり相手の頬に右手を張る。
「放せと言っているのです! 私の言葉がわかりませんか? こんな簡単な言葉すら理解できない獣は動物園に帰りなさい!」
「このっ、優しくしてりゃぁ付け上がりやがって! おいっ、こいつ回すぞ!」
力いっぱい振り回され投げ棄てられ身体が地面に叩き付けられる。
痛い痛い痛い! でも決して泣いてなどやるもんか!
痛みに起き上がれなくても、足掻いてやる。
絶対に好き勝手なんてさせないんだから!
「何をしているのかな?」
騒然とした状況に冷たい声が響く。
「あ~あ、お前らなんつぅことを……」
聞き覚えがある声が男たちの後ろから聞こえ、顔を上げる。
「なんだお前、部外者は引っ込んでろ!」
「私は彼女の保護者でね、返してもらおう」
「はっ? そんなひょろひょろした身体で俺たちにケンカ売ろうってかしかもたった二人で?」
リーダーっぽい男の言葉に仲間達が嘲笑う。
「弱い犬ほどよく吠える」
「ぬかせ! やっちまえ!」
馬鹿にするように笑った義兄様に怒りに顔を歪ませて男が殴りかかった。
「義兄様! 危ない!」
「だぁ、始めやがった」
同時にその仲間達が一緒にいた翔様へと殴りかかる。
「優男、お前の相手はこの俺だ! そのむかつく面潰してやるよ」
男から繰り出される鋭い拳を軌道を反らすように翔様がいなしていく。
「暴力沙汰はごめんなんだがなっと」
「自業自得だ、それに気にするな、こちらは正当防衛だしいくらでも揉み消してやるさ」
二人目を地面に沈めながら義兄様が不敵に、楽しげに微笑んだ。
「揉み消すくらい俺の家でもできるわ、厄介事に俺を巻き込むなっての」
翔様も二人目を沈める。
「凄い……」
五対二という圧倒的な戦力差をものともせずに倒してしまった。
「亜紀子、遅くなってすまなかった」
私の近くにやって来ると制服が汚れるのも厭わずに両手を広げて待つ義兄様に手を伸ばした。
「遅い!」
「ごめんごめん」
それなりに体重もあるはずなのに何の苦もなく私の身体を抱き上げる。
「無事でよかった」
「うぅぅぅう、こっ……怖かったぁぁぁあ」
子供のように泣きじゃくる私の背中を落ち着かせるようにポンポンと優しく叩く。
どうやら色々有りすぎてねてしまったのだろう。
気が付けば私は病院のベッドに寝かされていた。
部屋の外から微かに人の声がしている。
ベッドから起き上がり処置が施されているが鈍い痛みを訴える足を引きずるように扉へと近づけば、声の主が義兄様とお父様であることがわかった。
「君がついていながら亜紀子に怪我をさせるなんて」
「申し訳ありません」
父様の叱責に良いわけひとつすることもなく謝罪する義兄様の声に私は病室の白い引き戸を勢い良くあける。
「義兄様は何も悪くないわ!」
「亜紀子、寝ていなくちゃ駄目だろう」
飛び出したものの、思わず痛めた右足を踏みしめてしまいバランスを崩した私を義兄様がすかさず抱き止める。
そのまま膝の裏に手を回す感じで抱き上げられると優しく窘(たしな)め、義兄様は少し離れた場所に設置してあった車椅子まで移動するとゆっくりと私を座らせ、車椅子を押しながらお父様の所までもどった。
「先程説明させて頂きましたが、一連の騒動は学園内での特定の生徒に対するいじめと傷害、恐喝が原因です」
私の頭上で真面目な顔で話す義兄様とお父様の顔を見上げる。
イケメンはどの角度から見ても整っているのだなとあらためて感心しながらも、真剣なふたりの会話に割り込むのはしてはならないことはわかる。
しばらく黙って聞いていたのだが、次第に頭の芯がボゥと痺れてきて考えが纏まらない。
怪我をしたことで熱が出てきたのかくらくらする。
「あぁ、そちらは任せる、うちの愛娘に濡れ衣を着せて断罪するなど万死に値するからな」
「わかりました、それから例のお話しですが考えておいてください」
義兄様の言葉にお父様は苦虫でも噛み潰したような顔で呻いている。
「ぐぬぬぬぅ……致し方あるまい、不本意だが、宝を他所の害虫に囓られるより遥かにましだからな……」
「言質は取りましたからね、さぁ亜紀子部屋へ戻ろう。 熱が出てる」
額に置かれた義兄様の手がひんやりとしていて気持ちいい。
ベッドに横になれば義兄様が柔らかくさわり心地が良い。
熱に浮かされながら、こちらを心配そうに覗き込む義兄様の……雄大様を見上げる。
ふわふわ、ふわふわする意識は夢と現実を曖昧にしていく。
あぁ、幸せだなぁ。夢でもいい、雄大様を独り占めしているんだもの。
にへにへしている私の頭を大きな手が優しく撫でる。
その手を掴まえて頬に当てるようにしてすり寄ると雄大様の手がびっくりと動きを止めた。
「亜紀子?」
「えへへっ、ゆうだいさまだーいすき」
夢の中でならこの禁断の恋を伝えても良いよね?
限界を越えたらしく幸せな夢は途切れてしまった。 あぁ、ざんねん……。
「反則だよ亜紀子……」
それから二日入院し、怪我は全治一週間との診断を受けた。
雄大様はあれから忙しくしているようで顔を合わせることができずにいる。
学園を休んで自宅での療養に専念して、屋敷内なら自力で歩けるようになったある日、庭を散策中に屋敷に勤めているメイド達がヒソヒソと話をしているのが聞こえてきた。
「……雄大様……」
聞こえてきた大好きな人の名前にこそこそと私の腰ほどの高さがある生け垣の茂みに隠れるようにしてしゃがみこむ。
「まさか雄大様との養子縁組を解消されるなんて、旦那様は一体この九条院家をどうなさるおつもりなのかしら」
「さぁねぇ、私たちのような凡人にはわかるわけがないわよ」
「しかもお嬢様のご婚約も決まったらしいわよ。この恋愛結婚が主流の時代に家同士の婚姻を結ばされるなんて、上流階級は大変ね」
「見ず知らずの男性に嫁ぐとか私無理~」
「ほんとにね、お嬢様かわいそー」
若いメイド達の雑談は現れたメイド長によって終わりを余儀なくされた。
「ほらほら、さっさと仕事に戻りなさい!」
「はーい!」
元気のよい返事と共に遠ざかるメイド達の話が頭のなかでぐるぐると繰り返される。
聞き覚えがない情報が多すぎて混乱する頭と痛いほどに脈打つ心臓を抑えようとシワになることも失念して胸元のブラウスを握りしめる。
自分の婚約はまだ良い、いや良くはないけれど九条家の娘に産まれたからにはいつかは政略結婚させられるだろう覚悟はしていた。
九条家には雄大様という立派な後継ぎがいるし、大好きな彼の助けになるならば政略結婚だって厭わない。
たとえ恋人になれなくても家族として雄大様の側にいられると思っていた。
それなのに養子縁組解消されるなんて聞いてない!
混乱が怒りにシフトチェンジしたところでおもむろに立ち上がった。
ひとりで悩んでなんとかできるなんて思っていない。
聞いた話はあくまでもメイド達のくだらない噂じゃない!
だって私は残念令嬢……思い浮かばないなら聞けば良いのだ。
自分の屋敷を睨み付ける。
そろそろお父様がお帰りになる時間だわ、徹底追求してあげるんだから!
貴婦人らしいおしとやかさなどかなぐり捨てて、走りにくいスカートを掴み上げて屋敷へ道なき道を走る。
途中で枝に服が引っ掛かったり、整えた髪に天然の装飾品(葉っぱ)がプラスされ迫力が増したことでしょう。
「お嬢様!?」
そんな私の令嬢なしからぬ姿に目を向いたメイド長に駆け寄る。
「お父様は!?」
「だっ、旦那様でしたら執務室へ」
そんな私の勢いに気圧されたのかメイド長は一歩後ろへ足を引いた。
「執務室ね!」
そのまま身体を反転し来た道を戻りだす。執務室への最短ルートは中庭を突っ切り厨房の勝手口から侵入してそこから一番近い階段を駆け上がること。
「あっ、お嬢様!? お待ちください!」
慌てて追いかけてこようとしたメイド長を巻くように久しぶりに逃げる、義兄様が養子にいらっしゃる前はあれしろ、これしろと口煩いメイド長からよく逃げたものだ。
悪役令嬢のように気品と優雅さを兼ね備えた完璧令嬢になるためには走るなんてしてはいけないと自制していたけれど、今にして思えば義兄様やお父様に誉めてほしいと言う理由で、「そのままの亜紀子で良いんだよ」と二人に諭されてもなかば意地で悪役令嬢を目指した。
完璧令嬢である必要なんてないのである。
だって頑張った結果が残念令嬢なのだから私は胸を張って残念令嬢と名乗れば良いのだ。
開き直ってしまえば先程までうつうつモヤモヤしていた気分がスッキリする。
「残念令嬢らしく人生最大の我が儘を要求してやるんだから!」
「お父様!」
鼻息あらく執務室へ駆け込めば、執務室の中にはお父様と執事の藤堂、それから特に親しい相手にしか使用しない執務室の応接テーブルには久しぶりにお顔を拝見した雄大様の実父西條大地(さいじょうだいち)叔父様がいた。
「亜紀子!?」
「あら大地叔父様お久しぶりですございます」
取り繕ってお父様を無視して挨拶をすれば、雄大様そっくりな笑顔を向けてくれる。
「ふふふっ、久しぶりだね。 亜紀子ちゃんは相変わらず元気ですね」
「ええ、それだけが取り柄ですからオホホホホッ」
にこやかに挨拶を交わせばお父様が頭を抱えている。
「お父様! 雄大様が九条院家の養子縁組を解消されるなんて一体どういうおつもりですの!?」
お客様の前でこのようなお話をするのは立派な令嬢ならすべきではありませんが、わたくしは残念令嬢ですことよ!
「はぁぁぁぁ、箝口令を敷いていてはずなのに一体誰だ亜紀子に漏らした無能は……」
「メイド達がたまたま話していたのに出くわしただけですわ」
胸を反らせふんぞり返る。
「とりあえず座りなさい、雄大君がいないのに、このまま執務室を追い出せばどのように暴走するかわかったもんじゃない」
どっと疲れたようなお父様の指示で私は空いていた席の一つに腰を下ろす。
すかさず有能執事の藤堂が私の前に湯気が立つ紅茶の入った白磁のティーカップと菓子を用意して出してくれた。
「すまないな大地、しばらくおとなしかったんだが猛獣使いがいないとすぐにこれだよ」
項垂れた父様のじとっとした恨めしげな視線を無視して目の前に可愛らしく配置された色とりどりのマカロンに手を伸ばし頬張る。
「そうみたいだね、それでもうバレてるみたいだけど良いのかい?」
「あぁ、どうせ近々には話をしなければならなかったしな」
バリバリと頭を掻いたせいで、オールバックに撫で付けられた髪が乱れてしまっている。
「亜紀子、もう聞いているかも知れないが雄大君は西條家の籍に戻る」
お父様の言葉に頷く。西條家にもどるとか知らない情報だったけれどもせっかくお父様が自発的に情報開示してくれているのだから全て知っていますと言う態度で頷く。
「ちなみに雄大君からの希望だし、私の希望に叶った提案だったので許可した以上だ」
もっと情報を引き出せると思っていた出端をくじかれて咀嚼中のマカロンにむせ込む。
「兄さん、それは説明になってないと思うよ」
「そうか?」
大地叔父様にフォローされお父様が首をかしげた。
「私はその理由をきかせていただきたいのです!」
「いや、それは雄大君に口止めされているし、私の口からは言いたくない」
問い詰めれば大人げなくへそを曲げてしまったようで私と視線を合わせようとしない。
こうなったお父様の頑固さは知っているため私はもう一人の獲物に標的を変えた。
「大地叔父様もご存知なのでしょう!?」
「うん、もちろん知ってるよ」
少し間延びしたように返事をする大地叔父様に詰め寄る。
「おしえてくださいまし!」
「ダメ」
即答で拒否が帰ってきた。
「おしえ」
「ダメ」
「せめてヒント」
「ダメ」
全く取り次ぐ暇もない拒絶に涙が浮かんでくる。
「亜紀子ちゃん、君がその質問をぶつけるべき相手は誰だろうね?」
その言葉に俯く。
理由を聞きたくても、私がいま一番話したい相手は全然屋敷に帰ってきてくれないのだ。
「お義兄様です……」
「そうだね。 雄大は今頃九条院家の自室にいると思うよ」
その一言に勢い良く大地叔父様の顔を見る。
「行ってあの自己中男に君の素直な気持ちをぶつけておいで」
「はい!」
元気良く返事をして私は執務室を飛び出した。
上がった息も整えず、扉にノックすらせずに駆け込めば、制服のジャケットを脱いでいた雄大様が驚いたようにこちらを振り返った。
「お義兄様ー!?」
ここで逃がしてなるものかと勢いそのままに恥も外聞も淑女も全て投げ捨ててその逞しい胸板に飛び付いた。
「うわっ! 亜紀子!?」
勢いが良すぎたのか衝撃を受け止めきれなかった雄大様と一緒に毛足が長いカーペットが敷かれた床へ倒れ込む。
気がつけば私を庇うように胸に抱いて床に仰向けに寝そべった雄大様の上から押し倒したような格好になっていた。
「痛っ、怪我はない?」
あったら言ってやりたいこと、聞きたいことが山ほどあったのに、雄大様の笑顔をみたら全てが吹っ飛んでしまい、残ったのはただひとつ。
「お慕いしております……」
あとからあとから涙が湧いてきて止まらない。
「捨てないで……」
寂しい悲しい辛い温かい離れたくない。
ぐるぐると繰り返される沢山の感情の渦に訳がわからなくなる。
薄い男らしい唇へ自分の唇を寄せていく。
軽く触れるだけの口づけをして離れれば後頭部に回った何かに押し戻され、再び唇があわさる。
唇を啄むような繰り返されるバードキス。
「にっ……」
唇を開けばヌルリと雄大様の舌が口のなかに侵入して私の舌をからめとった。
経験したことがない激しい大人のキスにどこで息を吸えば良いのかわからずに、息も絶え絶えに翻弄され、いつの間に体勢を入れ替えたのか気がつけば朦朧とした意識で雄大様の顔を見上げていた。
「どうしたのかな俺のお姫様は?」
「ううううぅ……居なくなっちゃやだぁああ!」
「うん? 居なくならないけど」
「ふぇ?」
さも当然と言う様にあっけらかんと告げられて涙が引っ込んだ。
「だって、養子縁組を解消したって……」
「うん、西條雄大に戻ったよ」
あぁ、メイド達の話は本当だったのだと心にずっしりと落胆がのし掛かる。
晴れ晴れとした様に告げられてそれほどまでに厭われていたのかとショックが拭えない。
「これで堂々と気持ちを伝える事が出来ると思ってたんだけど、亜紀子に先を越されてしまったな」
涙を拭われて額に優しいキスが降ってくる。
「本当はもっと雰囲気がいい場所でと思ってたんだけど、うまくいかないな……九条院亜紀子さん、私と結婚して下さい」
その大切な言葉に赤面し色々と限界を迎え、返事をせずに意識を飛ばした私はやっぱり残念令嬢だろう。
あとから聞かされた話だがメイド達の話していた私の婚約のお相手は西條雄大様だった。
養子縁組を解消したのは跡継ぎになるのではなく、九条院家に……私の婿養子になるためだったと聞かされて恥ずかしさに悶えた。
ひとりで大騒ぎした自分が恥ずかしい。
どうやら雄大様を含め、生徒会や風紀委員も含めて愛桜嬢へ対する傷害未遂事件の再調査がなされたらしく、犯人は生徒会長へ思慕を募らせていた生徒会役員の女子生徒だったことが判明したらしい。
加害者の女子生徒の両親が愛桜嬢とその御両親へ謝罪し示談金を支払い女子生徒の退学で警察への被害届は取り下げられた。
これをもって私の無実が証明された訳だけど、雄大様の怒りは治まらず……
「えっ!? 生徒会解散ですか」
高級ソファーに雄大様とくっつく様に隣り合わせで座り二人でティータイムを楽しんでいたところで知らされた情報に顔をひきつらせる。
「そうだよ、今回は学生だった事もありこの程度で丸く収まったけど、生徒会の役員達は実家である財閥や大企業の跡取りばかりだ」
先日の告白騒ぎから自重する事をやめたそうでこちらがたじたじになるほどに甘やかしてくれる雄大様に肩を抱かれる。
「事実確認や事前調査などの基本的な事が出来ていないと各家の保護者に判断されたみたいでね、再教育のために生徒会なんてお遊びをさせている余裕はないってさ」
「それで解散ですか? 前代未聞ですね」
国会の議員解散はたまに聞くけれど任期を待たずに生徒会が解散するなんて。
「来春には社会に出るんだ、私も含めて愚者に社員の命運を任せられないからな」
手に持っていたティーカップをテーブルに戻し、自嘲気味に呟く雄大様の両頬を挟むように手を添える。
「雄大様は愚者なんかじゃありませんわ!」
驚きに見開かれた茶色い瞳を覗き込む。
「この九条院家の跡取りは自他共に認める残念令嬢のこの私ですよ、雄大様が居なければ九条院家なんて代替わりしたとたんにペッシャンコに潰されてしまいますわ」
自信満々に胸を張れば雄大様の額が、私の胸元に押し付けられるようにしてうつ向いてしまった。
目の前の旋毛が可愛くてついついその柔らかな髪を撫でる。
「私が惚れ込んだ男が愚者なわけありませんわ! 雄大様が愚者になりそうになったら私が全力で止めて見せますね」
そうだ、ハリセンと言うあまり痛みを伴わない折檻道具をテレビのお笑い番組で使っておりましたわね、などと考えていれば身体が後ろへ倒された。
「期待しているよ」
にっこり微笑んだ雄大様に唇を奪われ息も絶え絶えになりながらでもそれ以上進もうとしない雄大様は律儀にお父様との約束を守ってくれている。
私が、学園を卒業してその……雄大様とけっ、結婚するまで清い関係でいることらしい。
でもお父様! この日に日に大人の色気を発していく雄大様相手に私の心臓は持つのでしょうか。
完
残念令嬢は悪役令嬢になりたいの! 紅葉ももな @kurehamomona
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます