#126 「  」⑥

 アスタロトは夕夜が偽りのマギアを発動させたと同時に、滅絶の魔法を解放する。どこまでも伸びていき、夕夜を再び地獄の底へ突き落とそうとした。

 だが、七つの剣が、それを阻む。

 夕夜を中心として囲う剣たちは空間全体に魔法効果を発揮し、滅絶の魔法を打ち消したのだ。数秒、放心するアスタロトは納得する。


(そうか……、黒天を七つに絞ることで、魔法効果を引き上げたのか……)


 夕夜は、飛び出した。

 アスタロトは腕を振るい、もう一度同じ滅絶を試す。だが、結果は同じだった。夕夜が剣を振り抜くことで、斬撃は滅絶の魔法を消滅させた。

 夕夜の剣が、眼前へ迫る。アスタロトは反射的に盾を展開する。しかしながら、盾をあっけなく斬れた。剣の切れ味が異常だった。これが、〈剣の魔法使い〉のチカラか。

 盾が斬れると、それはアスタロトへ進もうとする。アスタロトの思考は告げていた。これは分が悪い攻撃だ、と。

 アスタロトは別の魔法を使っていた。地面が隆起し、そこから無数の地面が突き出し始めた。夕夜は剣で弾き、吹き飛ばし、斬り込んでいく。それでも、アスタロトの距離が生まれた。

 アスタロトはここで、さらに一つ。

 毒の魔法を、周囲に拡散させた。ブワッと、広がりを見せたソレは、夕夜とアスタロトを包み込む。この毒は魔法によって作り出された『魔法的』な毒である。つまり、この世には存在しないものだ。夕夜の黒天にはいくつかの弱点があり、抜け穴がある。その一つが、だ。


「ッッッ……、」


 夕夜の口から、血が噴き出る。遅れて、再生の常時発動が行われる。

 空気に分散された毒は、確実に夕夜を蝕む。夕夜は再生を常時発動しなければならない状態に陥る。いかに、滅絶の魔法から逃れようとしても、別の魔法で対抗策は導き出せる。


「毒が、なんだッ――?」


 剣が振り抜かれる。

 毒を背負おうとも、どれだけ傷を負うことになっても、それが最終的に自身の死に繋がることになっても。椚夕夜という魔法使いを止めることはできない。進み、貫き、足掻き続ける彼の一閃が、アスタロトに届く。

 アスタロトは自分の身体に剣が肉薄した瞬間、ゾワリとした感覚を覚えた。それはもはや初めての感覚に近い。。――死の予感である。


「――天照、」


 アスタロト自身も巻き込む黒い火が、周囲に爆裂した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「マギアのコピーって、できるもんなのかっ?」


 夕夜の七つの叛逆セブンス・リベリオンズの発動に唖然とする。哲朗は思わず声を上げていた。哲朗の驚きに空音が首を横に振る。


、不可能です」


 主に二つの理由がある。

 一つは単純な魔力消費による。マギアは切り札となりうると同時に、諸刃の剣でもあった。それは魔力消費量が圧倒的に跳ね上がるからだ。夕夜の魔力総量はおそらく、空音とそれほど変わらないはずだった。本人も魔力総量は平均よりは遥かに多いが、規格外という範囲には該当しない。夕夜のマギア・コピーはかなりの負担となっているはず。

 もう一つが、黒天/白天という存在が、そもそもマギアの規格に合っていない、ということだ。黒天/白天にせよ、魔法をコピーすることはあくまでもに過ぎない。他人のマギアを模倣する術は、通常ありえないのだ。誰にせよ、自身の魔法が存在する。その魔法を昇華させた形がマギアなのだ。自身のマギアができないのに、他人のマギアをする、という矛盾性。


「何らかの方法で、いまの戦法を可能にしてる……ってことですか?」


 ニナは鋭い指摘をした。

 そう、夕夜は何かをしている。

 そして、空音はその正体を知っている。知っていて、言わない。今はまだ、言うべきときではない。

 戦況は一変した。

 夕夜とアスタロトが、黒き火に飲み込まれたのだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 黒い火に巻き込まれた瞬間。

 夕夜とアスタロトは、それぞれが最適と判断する行動に移っていた。

 夕夜は、黒い火に炙られる自分を顧みず、アスタロトに向けて魔法を放つ。剣に雷が宿り、それを、振り抜く。雷撃が飛び出した。

 アスタロトは、滅びの絶対領域を解放した。瞬時に黒い火はかき消され、その先からやって来た雷撃と激突する。


「――神鳴、」


 夕夜が、動く。

 まさか。アスタロトが思う間もなく、夕夜はアスタロトの絶対領域に飛び込んでいた。夕夜の崩壊が始まる。同時に、再生も。配置される七つの黒天が、滅びの魔法をはねのけていく。

 雷を纏う駆動力に、アスタロトは翻弄される。いつの間にか間合いまで詰め込まれている。アスタロトは水の円環を用意した。夕夜の使用した水ノ輪を、すぐさま利用してみせた。

 だが。

 剣が振るわれるとき、水ノ輪は循環を始める。エネルギーを還元し、アスタロトへチカラを注ぐ――はずだった。

 剣は円環に触れた直後、ジリジリと斬り込んでいく。なんの抵抗もなく、確実に、刻み込んでいく。循環という魔法を、消滅させていった。

 アスタロトは反射的に身体をひねっていた。斬撃が、肩から腰にかけて、刻まれる。訪れる魂の痛覚。アスタロトの身体が、

 夕夜は、さらに、強く、踏み込み。

 アスタロトから、紡がれる。



「――、」



 バンッッッッッッッッッッッッッ

 突如、夕夜に襲う、衝撃。

 世界から生まれた花火。戦場に似合わない美しい花火一つ一つが異様な衝撃力を持ち、夕夜は吹き飛ばされていた。

 夕夜は吹き飛ばされながら、その魔法の正体を思い出していた。〈傲慢の魔法使い〉の魔法。――リリスという、幼き少年のもの。

 このまま、吹き飛ばされたままで終わるか。夕夜は、黒天の一つを発動する。揺れる、黒鎖がアスタロトの腕を掴んだ。アスタロトもまた、グイッとチカラに巻き込まれる。

 滅びの魔法が、黒鎖を壊そうとするが、マギアとしての機能を備える黒天は、容易に滅ぼすことを許さない。夕夜は、嗤いながら、鎖を手繰り寄せる。


、」


 鎖を寄せられ、アスタロトは引っ張られていた。夕夜はもう片方の剣を振り上げている。

 一直線、斬撃が、目の前で刻まれた。

 アスタロトは、口から吐血する。

 明らかな、ダメージとして。

 それは、アスタロトに与えていた。夕夜にアスタロトの血が被る。夕夜は避けない。血を被る彼は、まさに鬼神そのものだ。アスタロトの身体が、揺れた。鋭い者はアスタロトの変化に気づいていたに違いない。――と。



 夕夜が突きつけるように、言葉を放つ。

 アスタロトは魔法を、解放する。

 夕夜に被っていた血が、噴き出す。爆発的に、斬撃を刻み込んだ。夕夜の身体が、揺れる。

 アスタロトは拳を放っていた。それは夕夜の身体に突き刺さる。――感触が、おかしい。夕夜は本能的に自分が殴られる場所を硬質化していた。剣を振るう。

 アスタロトは拳で払い、夕夜の顔面を殴り飛ばす。夕夜は血を噴き出し、皮膚ごとえぐられる。だが、止まらない。お互いの応酬が始まる。

 殴り、斬り合い、そのさなか、夕夜は無効化の絶対領域を、アスタロトは滅びの絶対領域を広げ、激突させる。一歩でも引いてしまえば、隙を見せてしまえばゲームオーバー。夕夜は剣を鋭く突いた。加速で乗った一撃は、疾く、アスタロトの喉を突き通そうとする。

 アスタロトは、その剣を、。未来選択を発動する。首をわずかに振り、繰り出された一撃を皮膚一枚を掠りながらも躱してみせる。


(種は、割れてる――……)


 アスタロトは指を突きつけた。

 夕夜は微かに息を呑み、距離を取ろうとした。だが、間に合わない。黎焔が、進む。黒い火が、レーザーとなり夕夜を襲う。夕夜は咄嗟に刀身で受け止めようとする。無効化は火を打ち消そうとするが、黎焔とは本来、事象そのものを焼き尽くすチカラを有している。二つの矛盾は混ざり合い、結果、相殺した。

 剣が一つ、刀身が砕け散る。


(残り、六つ――、)


 アスタロトの思考は冷静に分析する。

 七つの叛逆。いわば、七つの黒天に収斂すること。魔法効果を引き上げるが、同時に、一つの欠点を露呈させる。――魔法を保存する黒天もまた、七つに絞られるということ。数々の魔法を繰り出していた夕夜が、たった七つに減るのだ。

 これまでの戦闘からして、七つの中、大半は判明している。


 〈雷の魔法使い〉

 〈再生の魔法使い〉

 〈加速の魔法使い〉

 〈鉄の魔法使い〉

 〈鎖の魔法使い〉

 〈?の魔法使い〉

 〈?の魔法使い〉


 判明していないのは残り二つだ。

 使用していない、ということは一つの切り札にもなり得る。アスタロトは残り二つに注目している。むしろ、それがアスタロト自身を切り崩すものとなりかねない。

 夕夜の剣が、アスタロトの眼前まで迫っていた。アスタロトは〈塵の魔法使い〉の斬撃を生み出す。夕夜の身体に一撃。ぐらりと揺れる。黒い閃光は起きるが、確かに再生力が弱まっている。


「大地讃頌」


 アスタロトは再び〈地の魔法使い〉の魔法を使用した。地面が激しく隆起し、夕夜を上空へ飛ばそうとする。夕夜は実際、飛ばされた。空中に、無様に。

 アスタロトは右手に風を、左手に水を生み出した。それは白く染まる。滅びの魔法が付与エンチャントされたのだ。

 夕夜はアスタロトに目を向けていた。瞳を、射抜く。

 アスタロトは、魔法を、放った。

 突如、夕夜の周囲に無限の鎖が生まれた。鎖はアスタロトへ向かうのではなく、夕夜自身を囲い出す。それはある種の壁として成立した。アスタロトの放った魔法は鎖と激突し、かき消していく。

 その光景に、アスタロトは僅かに呆ける。爆発する魔力の残滓が、夕夜の存在を、消失させた。


(どこに――、)


 残滓から飛び出す人影。

 夕夜だ。


(真正面から、)


 アスタロトは滅びの魔法を発動した。火に付与した一撃を、レーザーのように、無限に、突き出す。周囲に撒き散らされ、すべてを飲み込んでいく。

 夕夜の腕が、動く。

 一閃が刻まれる。



「――、」



 アスタロトが放ったはずの魔法のが、逆転する。アスタロトは目を見開いた。


(〈力の魔法使い〉……!)


 あの小娘――アンジュの顔が何故か浮かんだ。自身に滅びが降りかかる。飲み込まれ、灼かれていく。初めて、アスタロトは滅びを一身に受けた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 アスタロトが滅びの火に飲み込まれる。

 その瞬間を見て、どこか期待に近い感情を一同は感じ取ってしまった。――勝利への予感。それが一種の危うさを生み出すことを理解していながらも抱かずにはいられない。

 ニナは。

 絶対的なセンスを持つニナだからこそ、最初に気づけた。その瞬間を、視た。

 世界が変わる。

 夕夜とアスタロトを、マギアが包み込む。

 アスタロトを中心として。遅れて、その意味に誰かが気づいた。


「なぁッ……!?」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 夕夜の視界が白く染まる。

 何もかもが消えた白い世界。全身から、滅びの魔法を感じ取る。――アスタロトが、目の前にいる。爛れた姿で、原型を変化させつつ。

 夕夜は、この世界の変化に驚きを見せながらも、どこかで納得もしていた。怒った現象を既に理解していた。マギアの性質が、変わったのだ。

 ウチからソトへ、と。

 夕夜を閉じ込めた。

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