#120 運命の日③

 ミコトの魔法が炸裂する。

 里麻は動き出す。視界を埋め尽くさんばかりの魔法の数々。里麻は一瞬、拳を構えて、放つ。


「――刻々ノ神撃クロノス


 未来を撃ち抜く拳。衝撃は時間を超えて響いていく。瞬時に巡らされ、ミコトの魔法たちを木っ端微塵に蹴散らした。ミコトの姿がガラ空きとなる。

 里麻はそれを見ると同時に間合いを一気に詰めた。

 ミコトは腕を振るう。その瞬間、風が里麻を撫でた。撫でたときにはもう魔法の影響下に襲われている。

 認識できない突風。里麻はさっそく詰めた間合いから弾かれそうになる。里麻の筋肉が膨張する。強く、疾く。風を貫き、力づくでミコトまで到達させる。


「シッ――!」


 拳を振るう。ミコトはゆらりと躱す。

 その躱す先に、里麻の拳はあった。ミコトは運命への干渉を行う。指針が動く。ピタリ、と。ミコトと里麻の立ち位置がかすかに変化している。――一秒前の立ち位置に変化しているのだ。

 それでも拳は動いている。

 ミコトの頬を裂くように拳は続く。鮮血が飛び散る。ミコトは口元についた自分の血液を嘗めた。微笑みながら紡ぐ。


「――血界乱舞、」


 鮮血は雨となり、里麻の身体に斬撃を刻みつける。里麻は舌打ちをしながらミコトから距離を離れようとした。


「――グラビティ」


 見えない圧力。それは、重力である。

 里麻の身体は一気に降下し地面へ激突した。その衝撃に里麻は吐血する。身体を動かそうとするが、ミコトの発動する重力は里麻を拘束して離さない。


「運命流転、」


 ミコトは腕を振り上げ、下ろす。

 衝撃が。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「――マズい、」


 世々が呻いた。里麻とヤドリ・ミコトの戦闘。ニナもまた、里麻の戦闘に固唾をのむ。先程から里麻は劣勢だ。というより、里麻は最初から劣勢を強いられた戦闘を行っている。いくら里麻が〈最強の魔法使い〉であろうとも、ヤドリ・ミコトの戦闘で勝利することが困難であるのか。

 ミラは、里麻の戦闘を眺めている。


(どうやって勝つ気になんだろう……、)


 その一点だけだ。

 だが、勝機となる道筋がミラには見えなかった。

 この場でいちばん里麻の方法に察した睡蓮は息を呑んだ。まさか。声が漏れる。睡蓮の異変に最初に気づいたのは空音だった。空音は訝しげな視線を睡蓮に向ける。


「睡蓮、さん……?」


 睡蓮の唇が、わなわなと震え出す。

 まさか。もう一度、頭の中で問う。


(ねえ、龍伍、あなた、まさか――)


 ちょうど戦場では、里麻がミコトの魔法を叩きつけられたばかりだ。里麻の防戦一方、明らかな不利に呻く。



……?)



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ミコトは目を丸くする。

 魔法を叩きつけた場所に、里麻がいない。

 寸前、背後から気配を感じた。里麻が空中に君臨している。ミコトは振り向きざまに口を開く。


「――へぇ、そういう使い方もできるんだ」


 時間を飛んだ。回避場所を『未来』にしたのだ。里麻は答えない。ただ、ミコトを見下ろしている。


「……楓、昔、お前がいったこと、覚えてるか?」

「はあ?」

「スイが選別に行くとき、お前はオレを鼓舞してくれた。オレはあのときから、自分を少しずつ、肯定できるようになったんだよ。お前がいたから」

「なに? 独り語り?」

「お前との話だ」


 里麻の瞳は、ミコトを見ている。


「いいか。一回しか言わないからよく聞けよ、バカ娘」

「なにを――」



「――お前は、オレたちの家族だ」



 里麻は、魔法を解放する。

 それはウチではなく、ソトへ。

 ミコトは目を見開く。世界そのものが改善していく。――否、里麻を中心とした絶対領域だけが、世界そのものを次のステージへ進めようとしている。ミコトは里麻がやろうとしていることに察する。

 世界が。

 



 そこは、過去現在未来の時間軸がない。

 運命と呼ばれし高次元世界。



 里麻は自身のマギアは解放することで、ミコトを含む世界ごと高次元へ飛ばした。

 運命への干渉。ミコトが動揺する間もなく、里麻は弾けるように飛び出した。ミコトは魔法を発動しようとした。だが、この運命と呼ばれし世界で魔法を扱うことは非常に困難だ。なぜならば、この運命に滞在するありとあらゆる現象は、この世界の過去現在未来につながる。仮にミコトの魔法が不発した瞬間、過去現在未来に影響を与えてしまう。

 それは、ミコトにとって、都合の悪い話だ。この時間軸にたどり着くまで繰り返したヤドリ・ミコトの積み重ねたものが、崩れてしまう。


「ちっ……、」


 里麻が進む以上、ミコトは動くしかない。

 時計の羅針盤を解放する。

 運命交錯。ミコトと里麻の距離を決してゼロにしないための魔法。ミコトは魔法を発動しようとした。だが、それよりも早く、里麻の魔法が動く。

 姿が、かき消える。


(どこだ――)



「――ここだよ」



 ミコトのから。

 ミコトの腕を掴んでいた。ミコトは振り払おうとした。だが、できなかった。里麻のマギアが、発動中であったためだ。巻き込まれたミコトは、魔法を発動できない。魔法の影響下の効果。それは――


「刻々ノ神は、クソみたいな欠点があってだな。自分の魔法の発動時、他の魔法が使えないってことだ。――ヤドリ・ミコトのような何種類も持っている魔法使いには適用するだろ?」

「おにいちゃん、今すぐやめて」

「お、察したか?」


 魔法の適用。

 今、ミコトと里麻は同じ魔法を喰らおうとしている。あるいは、使用しようとしている。その魔法は。


「オレにお前は斃せない。――。んなの、わかりきってる。だから、引き分けに持ってくしかない」

「やめてよ」

「オレはマギアをやめない。これから永遠に、未来を飛び続ける。繰り返し続ける。この時の牢獄に、お前を閉じ込める」

「おにいちゃん、離してッ!」

「離さない」


 初めて、ミコトの表情に揺れが走る。これまで威風堂々としていた王の貫禄が、崩れていく。


「――ねえ、わたしは、おにいちゃんたちを、救いたいんだ」

「そうだな。でもな、」



 ――自分を度外視したヤツに、オレは救われたいとは思えない



 いつか、夕夜に放った言葉を思い出す。

 夕夜は、どんな顔をしていただろうか。どんな、想いを抱いただろうか。あの記憶を思い出す。彼との邂逅。失敗した、あの日。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ◆――里麻龍伍 続


 夕夜はすぐに答えなかった。代わりに、微笑みを返した。


「僕も問うていいですか?」

「だめだ」

「――死ぬ気でしょう? 龍伍さんも」

「お前、耳糞でも詰まってんのか?」


 夕夜は笑みを返すだけで里麻の言葉には返さなかった。夕夜が最初に里麻から視線を逸らした。もう言うべき言葉はないのだろうか。夕夜の言葉に、行為に、意味はあるのか。


「なあ、クヌギ。オレは、思うワケよ」


 夕夜に聞こえているだろうか。


「この世界ってのは、いい奴から死んでく。腐ってんなって思うワケ。どれだけ失えば気が済むんだ? オレたちは、いつまで生き続けなきゃいけないんだ?」


 夕夜は再び、里麻を見た。夕夜にとって、いい奴とは誰が思い浮かばれているのだろうか。目が細まる。ほんの少しだけ、哀しそうに。


「僕は、そんな世界でも、生きてくしかないんだと思います。些細な幸福と、奇跡を守って」

「……アホらし」


 里麻は吐き捨てた。


「――自分を度外視したヤツに、オレは救われたいとは思えない」


 里麻は夕夜から視線を外していた。この狂ってしまった、あるいは最初から間違っていた世界を眺めながら呟く。


「ハッピーエンドの、何が悪い」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「やめて、離して。わたしひとりだけでも、」

「無理だな。お前はここで終わらせる」


 ヤドリ・ミコトに、里麻は言った。残る彼女の表情は歪む。泣きそうなほどに、どこまでも、透き通り。


「――おにいちゃん、大嫌い」

「オレはお前のこと、大好きだぜ?」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 

 睡蓮たちは、その一部始終をはっきりと見ていた。その様子を最後まで理解できたのは世々だけだった。

 突如歪む空間。そこに立つ二人。現れた空間だけが異様な光景を見せている。黄金色にもセピア色にも見える世界。その世界を知っている。――『運命』。

 里麻が、無理やり世界を創り出した。

 ならば、彼がしようとしていることは、一つしかない。


「里麻龍伍は、ヤドリ・ミコトを巻き込んで、『運命』世界に閉じ込めるつもりだッ」

「は、え? どういう――」


 ニナの困惑をよそに、ミラは険しい顔で叫ぶ。


「里麻龍伍はどうなるッ?」

「巻き込まれるって言ったでしょっ? 里麻自身も、閉じこもるつもりなんだ。永遠に、一生ッ」


 空気が伝達し、凍った。

 睡蓮は名を呼んでいた。


「龍伍ッ! 楓ッ!」


 その声も虚しく。

 二人の姿は消失した。

『運命』に、巻き込まれて。

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