#117 ヒーロー
音が消える。
すべての雷は一に収束し、鳴神蓮夜を新しいステージへ引き上げた。そこはもう、魔法の時代において、たった二人しか到達することが出来なかった領域。君臨する、魔法使いの結晶。
白き稲妻が、ここに顕現する。
「――御姿、鳴神」
白に染まる蓮夜が、ホムラを見上げた。
手に雷の刃を出現させる。刃は一度たりとも刃こぼれを見せず、雷を放出させることもない。ホムラは昂揚感に満ち溢れていた。今こそ、この戦いに決着がつく。
「やはり、キミは僕のライバルだ」
「そうかもな」
蓮夜はここで初めて肯定を示した。
もう言葉は要らない。一瞬の沈黙。時間は引き伸ばされ、永遠にも似た感覚に陥る。やがて、刹那の瞬間。
彼らは同時に、動き出した。
激突する。
ホムラの拳と、蓮夜の刃が衝突した。空気は膨れ上がり消し飛ばされ、周囲の建物をことごとく消滅させていく。蓮夜は空気を蹴り出す。爆音が響き、刃が自由自在に爆ぜた。高密度の雷は熱を膨張させ、ホムラに直撃する。
ホムラの身体はわずかに揺らぎを見せたが、本人は盛大に笑ってみせる。拳を大きく振り下ろす。熱波が吹き荒れ、雷の刃がズレを見せた。
蓮夜は縦横無尽に駆け出す。ホムラが視界に捉える前に、一閃を繰り出す。ホムラは躱し、カウンターを狙う。一撃一撃がお互い致命傷になりうる格闘。
「――神篝の天変」
ホムラを中心に、火が吹き荒れた。火は斬撃を持ち合わせ、雨のように周囲に刻み込んでいく。蓮夜は斬撃を躱しながら、ホムラの間合いへと詰め込んでいく。
「雷龍の破道」
蓮夜は刃を振り上げた。
直後、龍の形をした雷撃が空へ向かって駆け出す。ホムラは咄嗟に手を突き出し、絶対領域を展開する。弾けろッ。ホムラの思惑通り、雷撃は消し飛ばされる。しかし、蓮夜の姿がない。
頭上に気配が宿る。
そこに、蓮夜はいた。刃を既に振り下ろしている。ホムラは反射的に火を生み出し放つ。蓮夜を飲み込まんとする勢い。
遅れて、蓮夜の持つ刃が形を
頬に激突する。
打撃戦が始まる。
ホムラは頬に直撃を受けたことで脳震盪を起こす。視界が揺らぎ、流石に思考が途切れた。蓮夜はその隙を逃さず、雷を拳に纏わせる。ホムラに向けて連撃を続けた。
ホムラは回避することができず、代わりに反射神経のみに拳を弾いていく。カウンターを狙うが、お互いがお互いを意識し続けているせいか、決定打となる攻撃へ移行できない。
(大技を狙うしかない)
彼らは、同時にその結論に至っている。
ホムラの眼前には拳が迫っている。それをほんの少しの手を加えることで拳の矛先は向きを変えて、顔の横を逸れていく。頬を掠ることにより、皮膚から血が噴き出す。
ホムラは足払いをかけるが、蓮夜には通じない。逆に位置関係を蓮夜の有利な方へ持っていこうとする。ホムラは絶対領域を再び解放する。これにより、間合いに踏み込んでいる蓮夜は高熱に晒されていく。いくらマギア・マキナ状態である蓮夜といえど、高熱に晒され続けることはダメージへと繋がる。皮膚を焼かれていきながらも、蓮夜の動きは止まらない。
ホムラは拳を振るう。蓮夜はそれを受け止め、カウンターへ持っていこうとした。ホムラはただ一言。
「――黎焔」
大気が震えた。
次の瞬間、黒き火が出現し、レーザー状のように放たれる。蓮夜は咄嗟に受け止めていた拳を弾くが、それは本当に蓮夜に掠る横を過ぎ去っていく。掠るだけでも、黎焔は大きなダメージとなりえた。
この場合、横を通り過ぎた余波により、蓮夜の鼓膜が弾けた。蓮夜の身体がぐらりと揺らぐ。
「ははッ、天照ッ!」
黒い太陽を放出する。一気に、一度に飲み込ませる。蓮夜は身体を揺らがせながらも、手を腰に当てていた。もちろん、それが何の構えであるのか、ホムラは理解していた。
(――抜刀術、)
「
凝縮された雷からの一閃。解放の一撃。天照を斬り裂き、ホムラに盛大な一撃を刻み込んでいく。ホムラは口から血を吐き出しながら笑い続けている。
「――終焉の焔」
広がる火が、爆発を起こす。
蓮夜とホムラは、その爆発に飲み込まれた。
炎幕が膨れ上がる中、二つの影が跳躍する。先に飛んでいたのは蓮夜だった。蓮夜は雷の刃を精製していた。手に持ち、その一閃にチカラを込める。
(ここしかない――、)
雷の刃は刀身を長く鋭く深くさせ、ホムラに向けて振り下ろした。最大の一撃を込めた瞬間。
「ははッ! まだだよなッ!」
ホムラが、吼えた。
極大の絶対領域が解放された。火の膜は充満していき、即座に蓮夜を包み込んだ。雷の刃は一瞬にして蒸発していき、蓮夜は手を上げたまま不自然な形で止まることになってしまう。皮膚、肉、骨。あらゆる蓮夜の要素を焼失させようとする。
蓮夜の姿が火にかき消されていく。見えなくなっていく。すべてが無に。
「レン、その勇姿を、見届けよう――」
ホムラの火が、蓮夜を焼失させ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――レンっ!?」
どよめきと悲鳴。蓮夜の姿が火にかき消されていく。死んでいく。ニノチカは声を上げた。やめろ。やめろッ。蓮夜が死んでいく。このままでは。
祈里は目を大きく開けて、その戦いを見ていた。身体は震え、手は祈りのように強く握られていた。
「レンくん……」
祈里の声が、響く。
勝て。勝て。勝って。
その想いが、強く、深く。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――――――――――――――
蓮夜のマギア・マキナは鳴神流MAを備えていた。つまり、雷は一度として放出されることなく循環されていた。それが、不自然に音を鳴らす。放出した。――何故か?
雷は街中を駆け巡る。ただ一つのモノに繋がるために。雷の性質に、磁力がある。
蓮夜とホムラの戦闘開始直後、ソレは彼方へと吹き飛ばされていた。吹き飛ばされたものは破損することなく、戦場に取り残されていた。偶然、蓮夜の頭の片隅にソレは存在感を残していた。無意識が手繰り寄せた、蓮夜の唯一の抵抗だった。
雷の磁力は瞬時に引き寄せを開始する。それは音速の速さを超えて、雷撃のように、蓮夜の手に収まっていく。その間、コンマ一秒未満。
蓮夜の手。
そこに、刀が、宿る。
ホムラは見た。
蓮夜が最初に手にしていた刀を持った瞬間、絶対領域が吹き飛ばされる瞬間を。
赤く、白く、燃えるように、燦々と神々しく、蓮夜は君臨する。刀を振り上げている。蓮夜とホムラの視線が交錯した。
蓮夜は薄く、笑ってみせた。
勝て。進め。踏み出せ。
自分になら出来る。
それを、知っているはずだ。
「――俺は、ヒーローだ」
鳴神流MA、奥義。天地雷鳴。
振り下ろす一閃にホムラは叩きつけられ、そのまま雷撃の渦に飲み込まれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
懐かしき、色褪せた夢の彼方。
とても、心地の良く、輝かしい過去。
そこには、同胞たちが笑い合い、楽しそうにしていた。そう、これは自分の夢。ホムラが知っている中でも、美しき、穢れがなかった頃の、記憶。
隣りに、ソルトがいた。祖父のような、温かい人。家族のようにホムラは接していたはずだった。
『ねえ、ソルト』
ホムラはどうしても、聞きたいことがあった。ソルトならきっと知っているはずだ。この場所で長老なのだから。ソルトは眉をひそめる。その眉の寄せ方は、くしゃりと困ったようにも微笑んだようにも見えるのだ。
『僕は、どうすれば、姉さんみたいな魔法使いになれるんだろう?』
『そうだね……、君も優秀な魔法使いだと思うのだけれど?』
ソルトはきっとわかって言っている。
そういう意味ではないのだ。ただ優秀なだけでは駄目なのだ。
『……違う。そうじゃないんだよ』
ホムラは首を横に振った。
『僕は……、姉さんを超えた魔法使いになりたいんだ』
『ふぅむ。……ならば、どうして?』
『……えっ?』
『どうして、君は姉君を超える魔法使いになりたいんだい?』
ホムラは、目を丸くした。
どうして、姉を超えたいのか。考えたこともなかった。けれど、すぐに答えは出ていた。自然と、それは口にできていた。
『それは、姉さんを助けられるような。みんなを助ける、そんな魔法使いになりたいからだよ』
ホムラは、答えた。
その答えを。
ソルトは、微笑んだ。
『ああ、君は優しそう子だね、ホムラ』
姉さん。
僕は、あなたの英雄になりたかった。
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