#115 終焉の焔④
憤怒の大罪。
王より授かりし称号。王は王であった。
けれど、ホムラは知っていた。王は王でありながら、王ではなかった。王の中には一人の男がいる。魔法の時代の頂点に君臨する者。それに相応しくない感情を姉は持ち合わせていた。
そんな矢先、ホムラは
――アトラが、死んだという。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
蓮夜は吐血する。
身体中が熱い。あっけなく吹き飛び、地面に倒れ込んでいた。熱に息苦しさを感じた。上空から放たれる魔力の奔流に笑いそうになる。――強えな、おい。
蓮夜はゆっくりと顔を上げた。
その先に、ホムラは君臨する。
その姿が間違いなくマギアを超えた代物であることに気付いている。マギアではない、別の何か。マギアに、マギアをかけ合わせた。
「これはね、僕だけが辿り着いた領域だ。王ですら、この領域には到達してない」
ホムラから、声が放たれている。
圧倒的な、声が。
「マギア――……。その先に至る領域。マギアにマギアをかけ合わせる。御姿の最果て。僕はこれを仮に……、マギア・マキナと呼んでるけれど――、」
魔力が
短期決戦を望んだつもりだった。ホムラの切り札を切らせる前に終わらせる。焦燥感もあったかもしれない。我ながら修行不足だ。それが空回りして、失敗した。こうして、劣勢にひっくり返された。
「御姿、日ノ神」
ホムラは手に火の球体を作り出した。高密度に凝縮されたエネルギー。太陽の塊。
「――天照、」
振り下ろされる。
次の瞬間、蓮夜は弾けるように飛び出していた。マギアのチカラは解放する。電流は身体の中を駆け巡り活を与える。
瞬時に、天照を斬り裂くために雷の刃を振るう。火に触れた瞬間、舌打ちをしそうになる。
天照は矛先を失い、地面に激突する。直後、爆音。余波が肌を焦がす。
蓮夜が勝るとすれば、それは機動力に尽きる。ヒットアンドアウェイ方式に変えた戦法に対して、ホムラは一言。
「――見えていようが見えていないが、関係ない」
空に、紋様が描かれる。蓮夜が一瞬呆然としてしまったのは、その紋様の範囲があまりにも大きすぎたからだ。回避行動に移る。移ってはいるが、頭の片隅では冷静に分析できている。これは流石に避けられない。
「――軻遇突智、」
降り注ぐ火の雨。
雨というより、質量だ。気付いたときには、蓮夜に直撃している。重圧の世界に閉じ込められる。永遠に降り注がれる火。蓮夜は地面に叩き伏せられ、終わることのない一撃を加えられた。
「雷星の、逸足」
蓮夜は吠える。地面を蹴り出した瞬間、爆音が響き渡った。轟雷は猛々しく火を裂き、ホムラの間合いに到達する。大きな火傷を負う蓮夜とホムラの視線が交わる。
ホムラは笑う。
「――やるね」
「鳴神流MA、万雷の覇者、」
雷の刃を振るった。空気は雷に焼かれていき、ホムラが認識したときには首筋に刃を進んでいる。反応速度を超えた一閃。その一閃は、直前で食い止められる。ホムラの無意識下で発動し続ける絶対領域が雷の刃ごと溶かしてみせるのだ。
ホムラは蓮夜の腕を掴んだ。掴んだ先から蓮夜の腕は激痛を走らせる。火、熱さ。痛み。チカチカと意識が燃えそうになる。反射的に蓮夜は腕をぐるりと回す。体術の要領。あっけなくホムラの腕から逃れる。
しかし、ホムラも止まらない。鋭い蹴りが右から進んでいる。蓮夜は咄嗟に躱そうとするが、見えない質量が押し込める。蓮夜は再び地面へと降下した。
ホムラは蓮夜の頭を掴み、地面へと叩きつけた。衝撃に骨が軋む。さらなる爆音。火に、炙られる。
「――雷星、散華、」
蓮夜はホムラに頭を掴まれながらも、魔法を解放することを止めない。
周囲の空間が歪み、雷が煌めく。雷砲がホムラに向けられた。ホムラは見向きもしない。絶対領域の範囲を広げさせ、雷砲ごと消し飛ばす。
蓮夜はその時間だけで十分だった。震える手を、指を、ホムラに向けていた。目の前へ。顔面へ、突き出す。
「……神鳴、」
バチッッッッッッッッッッッッッッッッ。
ホムラの手が、離れる。
それでもホムラに与えるはずの衝撃は落胆の結果だ。ホムラはわずかに距離を取っただけで、ダメージを与えられた形跡がない。
「……鳴神流MA、無刀式」
神鳴を、全身に纏う。
体術を基本とした戦闘形態。蓮夜は鋭い手刀をホムラに当てていた。当てた瞬間に魔力を押し流す。ホムラの身体に
「っ……と、」
ホムラの身体が、わずかに揺らいだ。
蓮夜はすぐさま急所に狙いを定めて、拳を振り抜いていく。ホムラは躱し、一撃を狙う。蓮夜自身も気づいていた。次の一撃をもろで喰らえば、不味い。最悪、死ぬ。
敗北。
浮かんだ二文字に苦笑する。
なんて、ありふれた言葉だろう。
敗北と隣合わせだった人生。今更、その言葉自体に怯えるようになるとは。笑えてくる。確かに、笑えるのだ。それもこれも、すべて、椚夕夜のせいだ。あの男が生きることへの執着を与えた。未練を作り上げた。
ホムラの背後に回り込む。背後から肘を打ち、ホムラの体幹がズレる。その隙を突いて、手刀を振り抜く。
斬――、初めてダメージらしい一撃を与える。ホムラは拳を振りかざす。とん、と軸のみを軽くいなし、代わりにカウンターをお見舞する。ホムラはそれを掻い潜り、手のひらに火を生ませた。
「緋龍の咆哮」
「――雷轟、」
無意識に手に雷の刃を精製。放つ緋の龍の矛先をズラした。緋龍はあらぬ方向へ進んでいく。
火がホムラの手から離れたことで形勢を無理やり蓮夜の元へ修正させる。
「電光石火・真打」
刃を振り上げる。
ホムラは青の火を生じさせる。激突。魔力の歪みは大きく広がりを見せて、終焉の時間を引き伸ばす。――遅れて、相殺。
不利は蓮夜に働いた。衝撃に身体が揺らぐ。やはり、力勝負では難しい。マギアのギアをもう一歩上げようとした。
その寸前、背後から襲い掛かる魔力。
「……はっ?」
躱す暇もない。背中に直撃する猛打。
「――日輪の奉天」
奇しくも、蓮夜の抜刀術に酷似していた。こいつ、今まで一度も抜刀術なんて使ったことなかったくせに。蓮夜は呻く。最後の最後まで、隠し技を隠し込んでいた。絶対的な場面まで。
手刀が、振るわれ。
蓮夜は衝撃に身を晒される。
意識が、白く、染まる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◆――鳴神蓮夜
話しておきたいことは山程あった。
それでも夕夜が答えないことはわかっていた。それが夕夜の選んだ答えなのだ。蓮夜は夕夜と並ぶ。その先には何もない。つい先程までは王の塔が君臨していた風景。それは闇に溶かされて、今は何もない。
夕夜は小さく息をついた。存在感が、また一つ喪失する。蓮夜は気づかないふりをする。そうやって、自分の中でまた一つ、嘘をつく。
「――夕夜、お前は、なりたかったものはあるか?」
「なりたかったもの、ですか?」
夕夜は真剣に考えた。
考え抜いた中で、へにゃりと、崩れた相好を浮かべる。
「あまり、思い浮かびませんね。平々凡々こそが、一番だったのかもしれない……って、今更気付いた感じです」
「平々凡々こそ一番難しいもんなんだよ」
「平凡を平々凡々と言うあたり、僕はひねくれてますかね」
「だろうな」
「やっぱり」
夕夜は一人笑っていた。
「……蓮夜さんは?」
「……」
なりたいものは、あった。
既に破れたものだ。かつて、崩れ去り、消えてしまったものだ。
「……ヒーロー」
「え?」
「俺は、ヒーローになりたかった」
土浦との記憶を思い出す。その隣りにいた幼馴染みの顔も。ヒーローを目指す青二才の自分。すべては幻想の中に消え失せ、蓮夜はただの抜け殻となった。
「ヒーローって……、」
夕夜は一度、言葉を切り。
「……もう、なってるんじゃないですか?」
蓮夜は夕夜の顔を見た。茶化している様子はない。本気で驚き、さぞ不思議がっている。椚夕夜をたらしめる人柄がそこにはある。
「祈里さんも、ニノチカさんも、シャルさんも、フータさんも、クオーネさんも、ミューさんも。みんな、ヒーローだと思ってますよ。誰かにとっての、ヒーローに」
「じゃあ、お前は英雄か」
「それは違いますよ」
「じゃあ俺も違う」
「なんですか、それ」
夕夜はやはり笑う。笑って誤魔化す。
蓮夜だって気付いている。気付いていながら嘘をつく。
「お前は、ヒーローだよ」
蓮夜は、ぽつりと呟いた。その呟きに、夕夜は答えなかった。最後まで貫くつもりなのだろう。蓮夜は人知れず頬を緩めた。
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