#114 終焉の焔③
◆――鎧塚哲朗
夕夜が帰ってきた。
そのことに、哲朗はひどく安心している。
まだ夕夜が帰ってきて、上手く話ができていない。話がしたい気分だった。白奈もまた、哲朗の内心を理解したのか、後ろからついてくる。
「――夕夜」
その声は届く。
夕夜が振り向きざまに頷く。どこか話せる場所へ。不思議と哲朗たちの足踏みは一致した。それがかつての〈鴉〉のアジトだ。ここでの時間が意外にも哲朗と白奈、夕夜を繋いでいる。
アジトは形だけは残っていた。もちろん、中は荒らされた形跡があった。この四年間、一度も足を踏み入れることがなかったため、その荒れようには苦笑してしまう。
「こういう場所に来ると、時間の進みを実感しますね」
「たしかに」
白奈は静かに笑う。
「哲朗さんも、白奈さんも、無事で良かった」
夕夜はぽつりと呟く。
「……〈鴉〉を、続けてくれて」
哲朗は首を横に振る。
「あれはオレたちだけの力じゃねえよ。特に冬美なんか」
「そうですね。あの、フユミちゃんが」
夕夜は感慨深そうに頷いた。
懐かしそうに目を細める。その姿に違和感を覚えてしまう。近いはずなのに、遠い。それは限りなくおかしな感覚だった。夕夜は確かに帰ってきた。帰ってきたはずなのに。
まるで、そこにいないかのような。
「王を殺す方法って、なんなんだ?」
哲朗の口からそれは漏れていた。白奈が微かに目を見開く。一度として誰も話題にすることを避けていたもの。どうしても、聞かないといけない気がした。
夕夜は哲朗の目を見る。微笑を浮かべる。
「秘密です」
「どうしてだ?」
本来であれば、ここで止めるべきなのだ。それなのに、哲朗は止めなかった。
夕夜を、止めたかった。確信していた。きっと、哲朗だけではない。他にも気付いているはずだ。この確信を無視してはいけないのだ。
「オレたちに秘密にしなきゃいけないような、何かなのか?」
「違いますよ。そんな疚しいものじゃ、」
「なら、答えろよ」
声が震えていた。違う。そうではない。本当はもっと、違う話をしたかったはずだ。久しぶりの再会。笑えるような話題を提示して、喜びを分かち合いたかった。それなのに、哲朗は真逆なことをしている。
白奈は表情を歪ませ、泣きそうな顔になった。
「――お前、
その言葉は最後まで口にすることはなかった。白奈が哲朗の袖を引っ張り止めていた。やめて、と瞳が訴えていた。
白奈が夕夜に告げる。
「わたしたちは、信じてるから」
「……ええ」
夕夜は、小さく頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
彼らは
傍観者は戦に介入することはできない。蓮夜とホムラの激戦を見るのみである。ある者は高度すぎる戦いに恐れ、ある者は余波で来る魔力だけで溺れそうになる。
「どっちが勝つ?」
そう問いかけたのは世々だ。
「レンくんです」
速攻で返すのが祈里。ただし、明らかに私情が含まれており、信頼性はゼロである。世々も完全に無視している。ここで客観的な事実を口にするのはニノチカだ。
「――わかりません」
それがニノチカの回答だ。
「もちろん、僕もレンの勝利を願ってる。けれど、願っているだけじゃ勝てない」
「この際、鳴神蓮夜が負けた場合、わたしたちの中で対抗できる人はいるの?」
「いないだろうねぇ」
センジュが微かに苦笑している。祈里は真っ先にセンジュに睨みを効かせたが、センジュは気づかないふりをする。代わりに冬美がセンジュの横腹を小突いていた。
空音が戦に視線を向けている。二人は今、マギアというカードを切った。ここから短期決戦に移るはず――である。
「ホムラは千年前からエヴァンに次ぐ実力だった」
ミラが低い声でいう。
「そういう意味では、ホムラは最強に近い」
「レンはあくまでも努力だけで最強に近づいた者だから。最強って言っても質が違う。里麻龍伍とも、違うように」
ニノチカは冷静に分析する。あるいは、この場面だからこそ冷静でいる。誰か一人でも冷静さを失ってしまえば、この緊張感はあっけなく崩壊してしまう。
祈里は戦から視線を逸らさない。
「ホムラと鳴神蓮夜の違いはなんですか?」
空音はニノチカに問うた。
「年季だ」
即答。
「ホムラは旧い魔法使いだ。魔法使いの全盛期から生き残り続けた古参。レンはまだ新しい。年季の差はどうしても埋まらない。――もしかすると、ホムラはこの千年間で隠し続けているキーカードがあるかもしれない」
それを切られたら終わり。
敗北。
その可能性があるだけで、空音は息を呑むそうになる。
「それでも、」
祈里の声は、強く、凛として響く。
「――レンくんは、負けません」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ホムラの手に火が生まれる。
「炎帝」
吹き荒れる火の嵐。ホムラはもう片方の手から火の玉を出現させ、上空へ飛ばした。それと同時に、蓮夜は飛び出す。
雷は撒き散らされることはない。鳴神流MAはマギア時でも常時発動しており、余分の魔力は循環されている。
火の嵐の中に蓮夜は突入する。腕を振るう。ホムラはその腕を払い、火をぶつけよおとする。蓮夜の姿はかき消えて、ホムラの背後に回り込んでいる。
肘を振るい、ホムラの頭に激突する。遅れる衝撃に火の嵐が消し飛ぶ。蓮夜は徒手格闘をもって、ホムラに打撃を与えていく。急所を突いた連撃にホムラの身体が揺らぐ。
隙は逃さない。蓮夜は手のひらに雷をかき集めた。手刀の形を整え、ホムラの心の臓に狙いを定める。
「――罪火、」
上空から、重圧が降り注ぐ。先程、ホムラが上空に用意していた火が魔法を完成させる。蓮夜の動きがわずかに硬直し、次の瞬間、罪火にさらされた。重さに蓮夜の表情が歪む。
手刀は揺れない。ホムラに向けられている。ホムラは絶対領域を解放する。ホムラを中心に魔力は放出されて、不可視なる火の盾は生み出されている。蓮夜の手刀は途中で動きを止めて、魔力と魔力をぶつかり合わせる。濃密な魔力の激突は、最強同士だからこそ実現した。火と雷は空間から悲鳴のような音を響かせる。
「――神鳴、」
蓮夜がそう呟いた瞬間、爆発的な影響が起きる。ホムラは背後に向かって吹き飛ばされた。魔力ごと、消失した。
ホムラは吹き飛ばされながら蓮夜を捉えた。蓮夜はホムラが吹き飛ばされたと同時に弾くように飛び出している。手には雷の刀。雷の放出――神鳴は蓮夜の得意技だ。
(罪火の中、よく動けるもんだよ)
ホムラは指を向ける。
一点の凝縮。
ふっと、罪火が消える。
(――来る、)
蓮夜は反射的に理解する。ホムラの指に罪火は集まっていた。
「――劫火、」
火の海だ。一点から解放されたのは、巨大な波。膨れ上がる火は蓮夜の視界を埋め尽くす。雷の刀はより洗練され、より完璧な形で創り上げられていく。
「――雷光の円環、」
蓮夜は、地面を蹴り出す。
その瞬間から、この技は開始される。
一、ホムラの放った劫火が斬り裂かれた。それにより道が拓く。蓮夜の足は止まらない。さらに一歩。動きは強まる。雷撃が
二、雷の刀を振るうことで、火は消し飛ぶ。ホムラの姿の全容を窺うことが出来る。ホムラは次なる魔法を解放する。日輪が動き、黒き火が精製される。
「――天照、」
世界ごと焼き尽くす獄炎。
――三、
ホムラの目が見開かれる。
ホムラの間合いに入り込む。四、ホムラの身体に一閃が刻まれる。ホムラはそれでも魔法を解放しようとする。しかし、蓮夜は上回る。五、ホムラの腕を斬り飛ばす。魔法が放たれるはずの腕は見事に斬り離され、どこかへ飛んだ。
ホムラは息を呑む。
速い。速いよりも疾い。
技が、繋がっている。
六、ホムラに向けて。
最後の一撃を振るう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――はぁッ!?」
瞬があんぐりと口を開けている。
蓮夜は圧倒的なチカラでホムラを叩き潰している。あらゆる魔法を消し飛ばし、切り崩している。トントン拍子に、技が繋がれていく。
「――雷光の円環、」
ニノチカが、ぽつりと呟く。
「レンくんの剣技を、永遠につなげる繋ぎ技。繋がれれば繋ぐほど、威力は高まり、疾くなる」
ホムラの腕が斬り飛ばされる瞬間を、傍観者たちは目撃した。
「――勝つ、」
沈黙していたニナが、その光景を見て思う。蓮夜の最後なる一撃がホムラに向かわれる。
その中で、一番に不安を抱いていたのはニノチカだった。二人の勝敗にわからないと言った、ニノチカが。今こそ、焦燥感を顕にした。
(……レン、なんでそんなに、
展開が、あまりにも疾すぎる。
蓮夜は自分のチカラを全力で開示し、ホムラにぶつけていた。ある意味、出し惜しみをしていない。おそらく、蓮夜も気付いているのだ。ホムラには何らかのカードがある。それを、無意識の内に察している。
だからこそ、短期決戦で終わらせようとしている。切り札を切らせる前に勝利をもぎ取ろうとしている。それは焦りだ。尚早だ。
ソレを、彼らは目撃することになる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
進む一閃はホムラを捉えていた。
蓮夜は働き続ける思考の中、自分が想像以上に状況を急かしているのを自覚した。ホムラの表情には、笑みがあった。
「なあ、見せようか?」
そう、言っているように見えた。
なにを?
「切り札を」
その前に斬る。
勝利を確信した瞬間こそが。
一番の油断であると、蓮夜は知っていた。
「――
ホムラから齎された、言霊。
切り札が、切られた。
瞬間、蓮夜の持つ雷の刀は消し飛ばされていた。異様な衝撃が、黄金の火が蓮夜を包み込み、叩きつけた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
里麻の出現に、ニノチカは困惑する。
何故、この場所に里麻が現れる。
「――何をしに来たんですか?」
震えた、ゾットするような冷えた声が響く。祈里の声だった。里麻の視線が祈里に向けられる。
「おお、こわっ、」
ケラケラと笑っている。
流石にニノチカも苛立つ。この状況を里麻だって知っているはずだ。今、自分たちが置かれている状況を。
「何の用?」
ニノチカが代わりに聞いた。感情を強く押し殺す。そうでなければ、爆発して里麻を全力で襲い掛かってしまう。
里麻はニノチカを見た。
「鳴神蓮夜に会いに来た」
「レンは死んだ」
「あっそ」
なんだ。この態度は。
メンバーの雰囲気が剣呑になっていく。ここで里麻に戦いを仕掛けることが悪手であると理解している。それでもプライドが許さない。鳴神蓮夜の命を穢すような相手を許すわけにはいかない。
「君がその気なら――」
「なにか、勘違いをしてないか?」
「……は?」
「オレは、
見ろよ。里麻は顔で促す。
その先に、眠る蓮夜がいる。
祈里が、息を呑む。
「英雄の凱旋を、見届けろ」
バチッッッッッッッッッッッッッッ。
揺るがすような雷撃。
それが、蓮夜の身体から発せられ。身体が上下に震えた。
バチッッッッッッッッッッッッッッ。
雷撃が、飛ぶ。
「レン、くん……?」
バチッ……。
蓮夜の指が。
ピクリ、と動く。
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