#027 獣の三日間②
繰り出されるは烈しく燃え上がる炎。
空音は刀身で受け止めようとするが、炎の重みに体は悲鳴をあげた。凝縮された炎は、荒れ狂い、猛々しい。まるで茜の感情そのものだ。
熱波が肌を焼き、鋭い痛みが来る。空音は表情を歪ませながら、炎を払った。
「――彼岸花」
茜は次なる攻撃へ移す。赤刀を地面に突き刺した瞬間、地面が割れて、そこから無限の赤い花が咲き始める。周囲が瞬く間に赤く染め上げ、花弁が舞い、それは、炎だった。
無数の炎の花弁が、弾丸の如く空音を襲った。
「――天風ッ!」
空音もまた、魔法を解放する。巻神狂の風。炎をかき消すべく、刀身に纏う風が一度に放たれる。炎と風の激突。衝撃が訪れると、炎は周囲に撒き散らされ、木々に火の手が上がる。空音に気を配っている余裕はなかった。
次なる攻撃が――
「――加速」
不意に、隙を縫うように。
空音の視界から茜の姿が消えて。
間合いに入り込んでいた。
(加速の魔法――)
振り抜かれる一閃。空音は遅れて反応する。反射的な回避行動は剣筋が僅かに逸れて、空音の布一枚を断った。即座に距離を取る。心臓が締め付けられるかのような、冷たい感覚。息が上がっている自分に空音は気付く。
「逃げてばっかりだね、神凪さん」
明らかに揶揄を込めた言葉が、茜から放たれる。空音は息を整え、茜を見据えた。
逃げてばかり。それは戦い方だけを言っているのではないのだろう。
「それでも最強の魔法使いなの?」
「何を言っているのか、わかりかねます」
空音は白刀を構え直す。
茜とは、とても戦いづらい。精神的な面でも勿論あるが、何よりも相性が悪い。
〈紅の魔法使い〉と、茜は言った。だが、茜に固有の魔法は存在しない。茜が使う魔法はどれもがコピーだ。ただコピーが種類が尋常ではない。空音が記憶する限りでも十種類以上はある。
単純な手数でいえば、空音の倍近くはあるだろう。コピーされた魔法についても、空音は同じくコピーをすることができなかった。空音にも固有の魔法が無い。手数の差は戦闘に見事に影響を与える。
「……結局さ。神凪さんは何も教えてくれないワケね」
自嘲するように、茜は言う。
「前にも聞いたことがあったよね。ゆうと、良太はどこに行ったのか。あなたは何一つ教えてくれなかった。教えずに、逃げた」
「……」
「死んだんでしょ、良太は」
「 」
空音は僅かに目を見開いた。ああ、知ってしまったのか。いつかは知るはずだったこと。それでも、出来れば知って欲しくなかった。
「ゆうも、〈頂の魔法使い〉に殺された。みんな、みんな。魔法使いに奪われた」
「……ええ」
「お前に、奪われたんだ」
人にこれほど憎悪を向けられたことは、空音にはなかった。同時に、愛しくも想う。その憎悪の裏側は、これまで椚夕夜と相模良太との記憶なのだから。
「――私の責任です」
だから、空音は目を背けなかった。
茜の表情がくしゃりと歪んだ。赤天が出現し、それらが刀へと変化する。空音もまた、白刀を七つ、出現させた。遅れて、空中による刀同士の激突。
空音は、さらに一歩進んだ。
一閃。
「だったら、死んでよッ!」
茜は空音の一閃を軽やかに回避した。鋭く返されたカウンターに危うく回避。衣服を裂いて、肌とは一寸の差。
「私にはもう、何もないのッ――!」
「……!」
剣戟の応酬。空音は押され気味になった。おかしい。攻撃が当たらない。茜の攻撃を回避しようとしているのに、予測されたかのように肌を裂いてくる。剣術においては空音の方が数段上だ。それなのに、純粋な技術が負けている。
茜の動きは、まるで――
「死ねないのなら、ぜんぶ返せッ! 私から奪わったものを! ぜんぶッッ!!」
「っ……!」
ついに、肩に一閃。直接喰らった。焼けるような痛み。剣筋がブレる。だが、偶然その攻撃が茜の刀身を捉え、弾いた。茜は目を見開く。
空音は咄嗟に隙を突いた一撃を放った。決まる。空音が悟ると同時に、茜は驚くべき行動に移った。一歩下がる。それだけの行動。その一歩の差が、一撃を回避するに至った。ある記憶を刺激する。
「こんな世界、壊れてしまえばいいッッッ」
一閃は、空音の身体を刻んだ。血が噴き出る。くらり、と視界が揺れる。空音は無意識のうちに〈血の魔法使い〉の魔法を発動していた。噴き出した血が瞬間的に硬化し、それ以上の出血を防ぐ。傷を塞ぐ。だが、ダメージは残った。ふらつく体で、距離を取った。
「はぁッ……はぁッ……、」
空音は、茜を見た。
見事な攻撃のタイミングだった。それこそ、空音の攻撃を予知したかのように。
「里麻龍伍の魔法、ですか……、」
茜は、憎悪の化身となりて、空音に襲いかかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ハトと秤は会敵せず、刃霧山を進んでいた。ハトの魔法により、事前に相手の位置を掴めるからだ。
ハトはただ、順調に歩みを続ける。秤は警戒を巡らせながら、いつでも魔法が使用できるようにしていた。
状況が良いのか悪いのか、秤には見当がつかなかった。時折、山の中に響くような音がある。迸る魔力の余波は混ざり合い、誰のものか判別がつかない。よほどの巨大な魔力でない限り、一緒くたに認識してしまうだろう。
ニナと空音は戦闘中らしい。それだけはハトから聞いていた。
ハトは沈黙のまま、中間部まで到着した。一度足を止めて、索敵に当たっている。
「ハト。実際のところ、警戒すべき相手って誰なのかな?」
沈黙に耐えられず、自ら壊しにいく秤。ハトの表情は先程から重々しく深刻そうだった。あまりの悲痛さに見ている方が気が滅入ってしまう。
秤に話しかけられると、ハトはハッとした顔をした。
「え、えと。……八角天は、誰もが強者です……けど。特に気をつけなければならないのは、レオン、さん、です」
八角天メンバーを束ねる存在。キリュウの片腕とも言われている。
「あの人と出遭ってしまったら、わたしたちは多分、瞬殺、でしょうね……」
「あはは……、冗談じゃない」
「す、すいませんっ」
気弱なハトはすぐに謝る。謝られた方も気まずくなってしまうことに、ハトは気付けない。気付く余裕がない。
「け、けど。ニナさんでも、勝てるか……」
秤は目を見開く。
「それは、要警戒が必要だね……」
「は、はい。……それに、」
ハトが何かを言おうとする直前、噤んだ。目を見開き、頂上へと続く道に視線を向けている。
「敵が――」
来た。ハトが言い切るよりも早く、秤は動いていた。ハトと共にその場から走り出す。できる限り戦闘を控えなければならない。元々、二人は戦闘が得意な方ではない。
だが、今回はそうはいかなかった。
「お、おかしい、ですっ。気配が、
息を切れ切れにしたハトが叫ぶ。秤たちは本来のルートから外れ、木々の中を駆け出す。足場が悪くなり、周囲はさらに暗くなるが、逃げるためだ。
「――逃げるのは無駄だってなっ」
低い男の声が、聞こえた。
逃げ切れない。咄嗟に秤は理解した。足を止めて声の主を探す。ハトは顔が真っ青に染まり、体を震え上がらせていた。
「ハトかっ? くくっ、今更帰ってくるなんて恥知らずにも程があるよなっ」
その声の主は、枝の上にいた。
白い蛇。赤く妖しく光る目をした蛇だった。蛇が、人語を話す――?
「くくっ、はははっ。哀れだなぁ、お前ら」
「……スネイクマン、」
ハトが、呟く。
八角天が一人、スネイクマン。
彼の目に、秤たちは捕らわれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
キャッツとドッグは傍からはおしどり夫婦とも呼ばれる幼馴染みだ。生まれた時間、共に過ごした経緯。彼らはいつも一緒にいた。八角天のメンバーに選ばれたことも、ある意味では運命的だろう。
キャッツとドッグに与えられた任務は、頂上にある祭殿に向かう道の守護だ。その場にやってきた者を何人たりとも通さない。
「来ないなぁ……」
「しゃきっとしなさいよッ!」
「来ないんだから仕方ねえだろ……、」
「そういうのが士気を下げる原因なのよ!」
守護の任を受けていても、彼らは邪険な空気を振り撒いている。が、キャッツとドッグ両者とも、二人以外の人物とはまともに喋れて、二人の時のみ話せなくなる。そんな様子を焦れったく見守られていることを知らないでいる。
「匂いはするんだけどな……、」
ドッグが匂いを嗅ぐポーズを取る。八角天で誰よりも嗅覚があるドッグは、匂いを持って索敵することが可能だ。
「ホースたちは戦ってるわよ」
「新崎ニナ、だっけ? 実際、強いのかよ」
「さあね。キリュウ様が言うのだから警戒しておくに越したことはないわ」
「まあ、それもそうか……」
ドッグはため息をつきながら警戒を巡らす。状況が状況なのに、ドッグは退屈しているのだ。キャッツはそれがよくわかった。……何故、わかるのかと言われても困るが、わかるのだ。
キャッツは、自然と話すように言った。
「……ねえ、ドッグ。おかしいと思わない?」
「は? なにが?」
しまった。流石に突然過ぎたか。急に真面目な話をしようとすると、どうにも調子が狂う。ドッグも目を丸くしていた。だが、今更退くこともできない。
「今回の戦争について」
「……はぁ?」
ドッグはさらに首を傾げた。
やはりこいつは馬鹿だ。特大の馬鹿だ。キャッツは内心毒づきながら続ける。
「なんでさ。ウチらが黒天持ってることがバレたのか、考えたことある? 今まで四年間、一度もバレなかったのに、急に周知の事実みたいになってさ。今では、X機関やら〈火〉やら〈鴉〉やら。戦争が起きようとしてる」
一度、言葉を切る。
「情報が、流れてるんだよ。アタシたちの」
そこで、ドッグの表情が歪んだ。キャッツが言いたいことをようやく察したらしい。察した上で不愉快そうな顔をしたのだ。
「お前、それ――……」
「内通者がいる。それも情報の気密性からして、八角天の中に」
「……俺じゃねえぞ」
「アンタだったら、きっとすぐにわかるでしょうね。だってわかりやすいし」
「あ? なんだと?」
「喧嘩売ってるわけじゃないし。突っかからないの」
ドッグは舌打ちをした。仲間を疑う。これほど嫌悪感が溢れることはない。その表情からありありと伝わった。
「……で、こんな話をするってことは、予想がついてるってことか?」
「……うん、まあ」
キャッツの言葉は歯切れが悪いものになる。ドッグはそれに不機嫌そうに眉を顰めた。
「なんだよ、言えよ」
「……いや、確信がないから」
「んなこと言ってねえで、言えよ。お前の言葉なら信用するし」
ドキリとした。キャッツはドッグを見据えた。ドッグの表情は真面目で、自分の言った言葉の意味に気付いていない。ドキリとした自分が馬鹿みたいだ。……いや、馬鹿なのはドッグだ。そう結論づけた。
キャッツは決心して言った。
「――スネイクマン。アイツが怪しい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます