Second Season
#019 再会、再来、再生①
――大丈夫、貴方はいま、生まれ変わったんですから
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
久しぶりに訪れた喫茶店〈灯の集い〉は、懐かしさがあった。珈琲の匂い。こじんまりとした雰囲気。どこか、温かさを感じられる。
建物と建物の間に位置する〈灯の集い〉は、ほんのりと薄暗い。憲司さんに案内された私は、一瞬だけ気後れしてしまった。
「あ、おかえり」
厨房から出てきたのは、ミラだった。
微かに、違和感を覚える。以前の、おどおどしていたミラとは別人のようにも思えた。しかし、四年もあった事実を思い出すと、変化していてもおかしくない。
むしろ、変化が無い自分のほうに、問題があるのかもしれない。
「空音も、久しぶり」
「……ええ、お久しぶりです」
ミラは、微笑んで、ニナを見た。
「ニナはヤドリ・ミコトと戦ったんだって?」
「げっ、何故それを……」
「憲司から既に聞いたよ。後でお説教コースだ」
「もう世々から散々聞いたばかりだよ……」
ニナはガクリと項垂れている。二人の会話から親密さが窺えた。
「まあ、立ち話もなんだし。軽く食事でもしながら話そうか」
憲司さんの言葉に従い、私はカウンター席に座った。ニナは定位置なのか、厨房が見えるボックス席に座っている。ニナと向き合う形で、世々が座り込んだ。
憲司さんはカウンターの前で珈琲を淹れ始めた。ミラさんは、厨房へ一度戻っていく。ちょうど入れ違いに、厨房から出てきたのは、見知らぬの少女だった。〈灯の集い〉の制服を着ているので、新メンバーであろう。
「お、おしぼりです……、」
少女はおっかなびっくりな様子で、私の前におしぼりを置いた。
「どうも」
私は、少女に目を合わせながら言った。けれど、少女は私の言葉にビクリと体を震わせると、逃げるように厨房に行ってしまう。少しだけショックだった。
「ちょっと、人見知りな子でね」
憲司がそうフォローを入れていた。
そこで、私は未だに顔を合わせていない人物を思い出していた。真っ先に現れそうな人物であったために、違和感があったのだ。
「憲司さん、せりさんは……?」
「ああ、せりは――」
憲司の表情に、一瞬だけ、本当に僅かな時間、陰りが生まれた……気がした。
「……まあ、後で話すよ」
「……?」
なんとなく、嫌な予感がした。
憲司さんは、それ以上せりさんの話はしなかった。代わりに、厨房から現れたのは白髪染めをした男だった。男はサンドイッチを人数分持ってきていた。
「どうぞ」
柔和な笑みのもと、出されたサンドイッチ。私は思わず会釈する。この人もまた、初めて見る。
「ニナ殿も。トマトは抜いておきましたよ」
「ん、ありがとう」
「ニナ、貴女、好き嫌いは止めなよ」
「違うって。私、あえてトマトを食べないだけ。世界中のトマトをよりよく色んな人に伝えたいから――」
「はいはい」
どうやら、男も話を聞くつもりらしい。世々の隣に座った。
憲司さんから、話は切り出される。
「改めて、空音さん。本当に久しぶりだね」
「はい。四年ぶりですね」
そう、四年だ。実際に口に出してみて、改めて時間の流れを認識する。かつての同盟相手はこの四年で、少しだけ老けたように見えた。
「最初に、現状から確認しておくといいかもしれないね」
この四年間で、世界は大きく変化した。
魔法使いとしての日常。その存在が認知された当初は、非魔法使いによる暴動も起きていた。だが、それは間もなく鎮静される。結局、誰もが悟るのだ。どれほど訴えようとも、叫ぼうとも、嘆こうとも。それは自然災害のごとく、非魔法使いでは魔法使いには太刀打ちできないと。全く持って無力であると。
対して、魔法使いの行動もまた、変化した。
まず、後発的な魔法使いの出現。
魔法を認識したことにより、非魔法使いから魔法使いが生まれるようになった。勿論、それはごく少数に限った話だ。
「あの、ニナさんがまさにそれだ」
憲司さんは、ニナに視線を向けた。
ニナは憲司さんの話を聞きながら、サンドイッチを頬張っていた。不意に自分の名を呼ばれたのか、慌ててサンドイッチを飲み込む。
「……ども」
ニナはあまり多くは語らない。
あくまでも、基本的な情報のみを、私に教えてくれた。
「私は四年前の魔導大戦で、椚夕夜に助けられました。それがきっかけで、魔法使いになりました」
「……そう、ですか」
ニナはそれだけ言うと、またサンドイッチに意識を向けた。
「……まあ、話を戻そう」
憲司さんがやや強引に引き戻す。
魔法使いとしての勢力図は、以前に冬美から聞いたとおりだ。
三大クラン〈
「そして、勢力図を書き換えるチート・アイテムが、黒天だ」
かつて、クヌギくんの魔法。
黒天という、規格外の魔法。魔法を打ち消す魔法と、その中に
「ちなみに、現在の黒天の所在がわかってるのは、三つ。残りの四つは何処にあるか誰も知らない」
ここまでが、現状による話。
憲司さんは、ニナたちに視線を向けた。
「僕たち〈平和の杜〉はあくまでも全面的なバックアップに徹することにしている。いわば、スポンサー的な感覚だ。本命であり、実働部隊として動いているのは、こちらのクラン〈
そこで、初めてニナが立ち上がった。
サンドイッチは食べ切ったのだろう。口元にマヨネーズが付いていた。世々が袖を引っ張り、口元を指差す。ニナは口元に触れて、はっと気づくと何事もなかったかのように拭い、私を見た。僅かに、頬が赤い。
「改めまして自己紹介を。〈星〉のリーダーを務めてます。〈星の魔法使い〉新崎ニナです」
ニナはそうして一礼する。
赤と琥珀色の双眸が、私の目を引き付けた。ニナは一人ひとりのメンバーを紹介していく。
「このちっこいのが、膳所世々。参謀みたいな立ち位置です」
「ちっこい言うな」
世々はニナの脛を軽く蹴っていた。
「その隣が、
「よろしくでありますな、神凪殿」
何故、男爵――? という疑問は置いておくとして。男爵は優雅な一礼をした。確かに、男爵と呼んでも自然な在り方をしている。
「あと、今は情報収集で外に出てるけど、秤文也さんっていう、男の人がいます。計四名の少数クラン〈星〉です」
ニナは、ふふ、と微笑む。
「私たちの目的は唯一つ。魔導大戦を終わらせること。この悲劇に、終止符を打つことです」
魔導大戦を終わらせる。
それは大部分における魔法使いの悲願そのものだ。けど、実際にそれを成し遂げたことは一度として無い。千年間、変わらず続かれてきた。クヌギくんだけが、ほんの少しだけ、世界を変えてみせた。
「ここからが本題です」
ニナは、人差し指を立てた。
「この魔導大戦を終わらせる方法……、これには明確なゴールがあります。魔法使いの王様、〈頂の魔法使い〉を殺すことです」
王の塔に棲むと言われる存在。
「――しかし、王の塔には、誰も入ることができない」
そう、実は王の塔は四年間、その場に顕現し続けているが、誰も踏み入れることができない。入り口も無い。ただ白の巨塔が伸びているだけ。
誰かが言う。
――王様の方が、踏み入れることを許しているのではないか。
ならば、その資格を誰も持たぬから、王の塔に踏み入れることができない。私もまた、そこに踏み入れた者を見た。クヌギくんは、王様に許されたから、入ることができたのでは。
「この戦いを終わらせるキーは、私は、椚夕夜と神凪空音さん。あなたたちにあると思っているんです」
「私が……?」
「貴女たちだけなんだよ」
世々が言う。
世々は、私を見据えていた。ゾッとするような、妖しい瞳を持って。
「魔導大戦という歴史の中で、歴史の
世々の物言いに、私は違和感を覚えた。まるで見てきたかのように世々は話す。世々は、私の表情から、それらの疑問を読み取ったのか、先回りして言った。
「わたしは〈先読みの魔法使い〉。未来が見えるの」
未来が見える。それは、〈最強の魔法使い〉と言われた、
……しかし、なんとなく、しっくりとこなかった。里麻の魔法は、また違かったはずだ。
世々の言葉に、私は口を開く。
「クヌギくんが、特異点であったことは、周知の事実だと思います」
自分の口から、クヌギくんの名が出ることに、恐ろしい気分を思えた。もしかすると、声も震えていたかもしれない。
「――けれど、私にチカラがあるとは、到底思えない」
私の言葉に、世々は眉をひそめた。
そのまま、黙り込んでしまった。
「一先ず、僕たちの今後の方針を、空音さんに話しておこう」
世々の話の流れを繋いだのは、憲司さんだ。
「僕たちは、魔導大戦を終わらせるために、いくつかの小さなゴールを通らなければならない」
そうして、憲司さんは三本の指を立てた。
「一つ、黒天の行方を探すこと。現段階のパワーバランスから考えて、黒天という存在は非常に危うい」
「私は、縁のある神凪さんに返すべきだと思うけど」
ニナが続けて言う。
私は思わずニナを見てしまった。ニナはさも当たり前のごとく、言ってのけていた。私が驚いていたのを、不思議そうに首を傾げた。
「二つ、X機関の目的……正確には、ヤドリ・ミコトの目的を知ること。魔導大戦を終わらせる以上、X機関との衝突は避けられないと思うけど……、特に、ヤドリ・ミコトだけは別格だ。あの存在を知っておく必要がある。ニナさんから聞いた、仮面の男も踏まえてね」
「……」
仮面の男については、また保留となった。
「最後に、三つ。これが実は一番重要。椚君が、生きているかどうか――」
ドクン、と鼓動が高鳴る。
「僕はずっと死んでいると思っていた。いや、今も死んでいると思っている自分がいる。けど、仮面の男や突然に広がり始めた生存説の噂。椚夕夜という人間を、どうしても死んだと断定させないよう、世界が動いているようにも見える」
憲司さんは、私を見た。
「空音さん。君は、椚君とリンクしているだろう?」
「……いえ、それは、昔の話です」
「いや、今もしてるはずだ」
私の言葉に、憲司さんは首を横に振る。
「リンクが弱いのかもしれない。黒天を全て集めることができれば、あるいは。……とにかく、僕たちは情報が欲しい。黒天は椚君が生きているのか、死んでいるのか。その手掛かりにいる」
もし。仮に、だ。
死んでいることが、確定してしまったら。
その時は、どうするというのだ。
私は、それを考えてしまっている。その時を、想定してしまっている。それが嫌だ。けれど、憲司さんには、ここにいる私以外の人間には、その覚悟がある。
黒天の存在だけが、クヌギくんが生きているかを、教えてくれる。
「……現在わかっている、黒天の数は、三つと言いましたね」
不意に、私は言っていた。
憲司さんの言葉を思い出したからだ。
黒天の三つのうち、二つはX機関が所有している。ならば。
「ならば、残りの一つは――? 皆さんは、その一つに心当たりがあると?」
「話が早くて助かるね」
憲司さんは、微笑む。
「三つ目の黒天がある場所……、それは、
刃霧山。弓月市の外れにあった森のことだ。場所はわかっている。しかし、それだけではないはずだ。
「黒天はですね、あるクランに護られているんです」
ニナが、繋げるように言った。
黒天が、
「――クラン名〈
次の言葉に、私は衝撃を受けることになる。
「――そのリーダー・〈真夜中のケルベロス〉が黒天を所有しています」
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