#016 白雪花結
今から三年前。
あるいは、魔導大戦集結から一年後。
ある日のこと、冬美は白奈の部屋に訪れた。その時の〈鴉〉はちょうど規模を大きくしている最中。アジトは現在のビルではなく、地下鉄の一角を占拠していた。
突然と現れた冬美に白奈はぎょっとしていた。
ここ最近の冬美は狂ったように勢力を拡大させている。このままであれば、三大クランの一角として進出するだろうと言われていた。
また、冬美は変わった。
正確には、壊れてしまったか。
椚夕夜という最大の指針を牛なった鴉は翼を失った。
地を這いながら、王の塔を見上げることしかできない。ゴォォン、と鳴り響く鐘を、ただ聴くだけしかできないのだ。
冬美は鴉のリーダーとなり、指揮する。かつての鴉の姿は無い。
冬美の監視役であるセンジュも、冬美のすることに口を挟むことはしない。ただ、冬美を守り役としての使命を全うしていた。
『……冬美?』
『巻神狂と話がしたいんだけど?』
『――』
白奈は、声を失った。
白奈の事情は、鴉のメンバーであれば、既に把握している。だが、暗黙の了解のごとく、その話に触れることは避けられていた。白奈も、それに救われていた。あまり、触れられたい話でもない。
自分の中にいるもう一人の誰か。
それは、危険で邪悪な存在だ。
『……それは、』
『お願い』
『……』
沈黙していた白奈はやがて、目を瞑る。次に目を開けた瞬間、明らかに雰囲気が変わっていた。姿は間違いなく白奈であるが、白奈ではない。
そこにいるのは、狂だ。
狂は冬美を見て早々舌打ちをした。
『……なんのつもりだ?』
『わたしにマギアを教えてください』
『……』
狂の目は、細くなる。
鋭く、射抜くように。だが、冬美も引きはしなかった。
狂はやがて長いため息をついた。
長い、長い――……。それは、呆れと諦め。失望と絶望。様々な感情がごちゃごちゃになったような。
『一つ、アタシから忠告してやる』
狂は、最初にそう前置きした。
『お前に戦う才能は、一ミリもねえ』
真正面から告げられた言葉は、冬美の中でズシンと響き渡った。自分でもそれを理解していた。だが、それを言葉として、誰かから直接言われた経験は無かった。
『そういった意味じゃあ、椚夕夜は天才だった。殺しの天才だ。目的のためならどんな手段も厭わない。そういう覚悟ができてる』
『……わかってます』
『なら、お前がマギアを使えることは二度とない』
『…………それでも、引き下がるつもりはありません』
平行線だ。
少なくとも、狂は冬美が引き下がることは無いのだと、直感的に悟っていた。
『……お前は、マギアを神格化し過ぎてる節がある』
狂は再度、ため息をつく。
ゆっくりと、簡易的な部屋にあった椅子に座り込んだ。
『マギアっていうのは、
『……』
『ある者は感情を失った。ある者は記憶を失った。ある者は、命を失った。……お前は、何を失う?』
『……』
失う、という感覚。
それは本能的な恐怖だ。
人は失ってから初めて気づく。
けど、これは実際おかしな話だ。失ってから大切が〜云々。大切であるなら、最初から大切な筈だ。つまり、最初から大切ではなかった。
失うものなんて、人には限られた程しかない。
突き詰めれば、生命の根源。
『――捨てれますよ、わたしは』
冬美は、言った。
『この命果てるまで。ゆうくんの想いを成就さえできれば』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――
その容姿を喩えるなら、美。
白いヴェールに包まれた冬美。一歩歩めば、地面に氷の華が咲く。冷気は一瞬にして周囲に散り、凍らせていく。
白の瞳が、男を捉えた。
ゆっくりと、手を伸ばす。そこまでの一挙一動。空音は、ただ見惚れていた。あまりにも美しく、まるで作り物めいたかのように。
それは、あまりにもおぞましく。
「――絶対零度」
放たれるは、無差別の攻撃。
その時には、空音は何かに巻き付かれ、その場から離脱させられていた。遅れて、魔法は発動する。
刹那、第五層は白に染まった。
「さぶっ、」
そう口にしたのは、ヤドリ。
ヤドリと、その仲間たちだけは白くならず、見えない何かに守られていた。空音はようやく自分に巻かれているものを見た。
鎖だった。
「ちょ、気失ってる間に何が起きたのよぉ」
天井からぶら下がっていたセンジュはこの場にいた者たちを鎖で巻き付け、避難させていた。いつもと姿も違う。巫女のような格好をしている。
センジュは空音と目が合うと、くすりと微笑んだ。
「お久しぶり、空音ちゃん」
「あ、はい……」
空音は呆然としてしまう。
「助けてくれて、感謝します。……あの、下ろしてくれませんか?」
「だめよぉ。冬美ちゃんのマギアって触れた瞬間に『停止』しちゃうから」
「……!」
ここが地下であったのは幸運と言えた。冬美の魔法は徐々に侵攻を開始している。触れた先から、モノを凍らせていく。
それはかつて、ユキフルと呼ばれた魔法使いの伝説。街一つを壊滅させたという御業。
「冬美ちゃんのマギアは完全に制御し切れてないはずなんだよねぇ……、そうでしょう、狂ちゃん?」
「ちゃん付けすなッ!」
鎖に巻かれた狂が叫ぶ。
痛みに表情を歪ませながら、冬美を見た。
「――アイツ、理性吹っ飛んでんぞ」
男は冬美の魔法によって凍らされていた。白い氷像と化した。冬美は周囲に無数の氷の刃を出現させる。その矛先は、男に向けられていた。
冬美が腕を振り下ろすタイミングで、刃は放たれた。それは一瞬にして距離を縮ませ、氷像を壊そうとする。
バチッッッッッ――!?
直後、氷像が弾けた。
雷を纏った男が、現れる。
迫りくる氷の刃に対しても、反射神経をもって、黒刀で砕いていく。
雷撃を纏った男は動き出した。
一歩踏み込み、駆ける。それだけで雷撃は凍った世界を壊していく。
「地獄に落ちろ――」
『――!』
地面から、無数の氷剣が生まれた。男は跳躍して避ける。氷剣は一気に真下から放たれた。
『――』
雷撃は、男に速さを与えた。
姿がかき消え、氷剣は空を切る。
男は空中を
氷剣は、無差別に襲いかかる。
全体に、渦のように、暴れまわってくる。
「わっ!」
センジュは鎖を手繰った。遅れて、気を失う哲朗の横を通り過ぎた。
「うへ、」
ヤドリの眼前に氷が迫り、遅れて破壊される。
(まるで、暴走――……)
空音は、息を呑んだ。
絶大なチカラで、冬美は、何を失っている。
それはまるで――
男は冬美の背後を取った。
黒刀を強く握り締め、一閃を振るう。
「マギアとは、代償行為」
狂は、ぽつりと呟いた。
男の一閃に、冬美は反応できていない。斬られる。空音は咄嗟に、その未来を頭に思い浮かべてしまった。
「――アイツが失ったのは、人としてのココロだ」
直後、男の真横に突き刺す、氷の大群。メキメキ、と体が軋む音。完全なる直撃。男は吹き飛ばされた。
冬美は吹き飛ぶ方向に振り向き、手を突き出す。
「ハハッ!」
嗤う。
氷の輪っか。それが三重に出現。
輪っかの中心に蕾がある。それがゆっくりと、広がっていく。大気が、震えていた。
「――
輪っかが、弾けた。
(な、に――が――――……、)
直後、空音たちの意識は消えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冬美の魔法の本質は停止。
ありとあらゆるモノを停止させる。
玉塵開花。それは、空間を対象とした停止。現在、マギア状態である冬美の魔法は百%のチカラを発揮することができる。
ラボ全体。そこにある人、物問わず、全てを停止させた。
男の動きは、不自然に止まっていた。
空音も、センジュも、狂も。
その全てが等しく、止まる。
「えっ、なにっ……?」
「止まってる、のか……?」
ある一部分を除いて。
冬美は、ソレに視線を向けていた。
少女の皮を被った化け物。
ヤドリ・ミコト。
「この技が、かつて街一つを停止させたものかな?」
ヤドリのいる場所だけ、魔法が効いていない。何かに守られている。
「おまえも、しねばいい」
冬美から漏れ出すのは、どす黒い感情に覆われた声音。茜はビクリと身体を震わせた。寒気ではない。冬美に対しての、本能的な恐怖。
「ゆるさない、おまえも、てきも、せかいも。みんな、ほろびればいい」
「理性を失ったヤツって会話が通じないんだよねぇ」
ヤドリはため息をついていた。
あくまでも、動揺はなく、平然としている。
「それに、わたしに構っていいの?」
「……?」
「そう簡単にやれらないよ?」
冬美は、男を見た。
パキ、
「……ありえない」
「ありえないなんて。ありえないことなんて、この世にはいくらでもあるんだよ」
ヤドリは、嗤う。
それは、諭すような口調だった。
「人がありえないと口にするのは、自分の理解が及ばないから。それその意味を指して、ありえないって言うんだよ。だから、世の中にある全ては、
パキ、パキ。
停止した世界は、壊れる。
崩れていく。消えていく。
強引に、男は壊した。
ガラスが割ったかのような音が響いた。
男を中心に、停止していた世界は動き出す。
(――――起きた?)
空音たちの意識も、動き出す。
停止していた時間。その時間を空音たちは知らない。だが、突如訪れた違和感が、彼らの中に巣食うことになる。
何かが起きた。
けれど、何が起きたのかは、わからない。
男は、全身に黒い閃光を撒き散らしていた。冬美は目を大きく見開いている。
「なら、さらにちからをひきだすまで」
冬美の魔力が、更に高まる。
それに真っ先に反応したのは、センジュ。
「冬美ちゃんッ! それ以上チカラを使ったら――!」
氷と雷の激突。
その結果は、魔法都市〈ユヅキ〉の崩壊。そして、冬美の死だ。センジュは、自分が『停止』することも躊躇うことなく、進もうとした。
その直後。
穴が開いた天井から、光が差した。
「その戦い、待ったッ」
鋭い、少女の声が響き渡った。
全員の意識が、声の主に向く。
穴の開いた先、第四層から見下ろす人影。ヤドリは目を細めた。
「
それは、光ではなかった。
ひし形のごとく広がる星。
そこにいたのは、一人の少女。
赤と琥珀の双眸が、光り輝く。
「――私は、
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