#008 七つの黒天②

「――大氷河アイスレイジ



 零時ちょうど。放たれた魔法。

 それは突如として上空に現れた九つの巨大な氷柱。それらは冬美の号令の元、一斉に降り落ちた。本当に、一瞬の出来事だった。

 氷柱は刹那的に、ラボの周囲を囲うように地面に突き刺さり。



 弾けた。



 工場地帯であったその場所は、全面が銀世界へと移り変わる。突入しようとしていた魔法使いの悲鳴が聴こえてくる。僅か数秒。形勢を鴉へと持っていった。

 冬美は、銀世界と化した工場地帯を見下ろしていた。


「くしゅんっ。うぅ、さぶっ」


 センジュは風を伝って肌に掠る冷気を感じ呟く。その光景に、身震いした。たった四年。されど四年。冬美の実力は、明らかに成長を遂げていた。


「――行くよ」

「はいはーい」


 冬美たちは、ラボへの突入を開始した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 私がラボに突入しようとした直後。

 上空から、巨大な魔力を感知していた。その時には既に、私は跳躍していた。


「雲よッ!」


 沙霧が、魔法を発動していた。

 遅れて、上空から降ってきた、氷柱。刹那、氷柱は破裂し、触れた先から伝播するように凍らせていった。

 沙霧の魔法が発動。触れた地面が歪み、白く染まっていく。物体の変換。地面を雲に変えて、私たちの前に出現させた。銀世界から阻むように、雲は凍っていった。


「沙霧さんッ! 回避してください」

「――!」


 私は、白刀の切っ先を、雲に向けていた。全身に流れる魔力。私は、叫んだ。


「――紅蓮ッッッ」


 白刀を通して放たれる白炎。

 それは、雲を巻き込み、氷を蒸発させていく。白炎は魔法ごと巻き込み、一本の道を作った。


「……すごい」


 沙霧から声が漏れた。無意識だったのか、ハッとしたように口を閉じる。


「これは、たぶん……冬美の魔法」


 大規模な魔法。周囲から悲鳴が聴こえてくる。ここまで広範囲で、尚且つ威力のある魔法を構築するとは。冬美は、四年前とは別人のごとく成長していた。


「……あ、睡蓮さんたちは、」

「睡蓮様や識様がこの程度の魔法にやられるはずありません」


 即答された。

 ついでに睨まれた。


「我々は、我々の役割を果たしに行きます。置いてかれないように」


 何故か、対抗心を燃やされている気がする。沙霧は私を置いて、進み出した。


「……」


 私も、遅れて走り出す。

 その、寸前。



「――!」



 私は、上空を、見た。


「神凪さん、何をして――……、」


 沙霧も、私につられて、上空を見ていた。そこに、一人の女が、浮いていた。真紅の髪を揺らした、魔法使い。


「――東雲、さん」


 東雲さんは、赤刀を、振り上げた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『ドクター』


 培養液に満たされたカプセルの中。

 無数の機械が自動的に動き出し、カプセル内にある管がアンジュの元へ繋がれている。声は、管を通して、機械音となる。


「なんじゃ?」

『先程の、東雲茜という人物の話、』

「ああ、それがなんじゃ」

『彼女は、黒天のチカラを引き継ぐことに、成功したのでしょう?』

「……は、のぉ」


 アンジュはその言葉に違和感を覚えた。


「東雲茜は、素材だけで言えば、儂が今まで扱った被検体の中で、最も優秀なもんと言える。東雲茜は、あらゆる魔法因子と適合する、特別な素材じゃった」


 管を伝って、動揺が走る。

 全ての、魔法因子を――?


「じゃがのぉ、それでも


 ドクターの声音には、僅かな怒りが取れた。


「そもそもの原理が違ったのじゃよ。黒天……白天……仮に、その構造を『天』と呼称しておくが、天の本質は魔法のコピーにある」

『……』

「そこから、魔法使いとしての意識が介在することで、新しい能力を覚醒させる。カンナギのチカラ、椚夕夜のチカラ……といったようにじゃな。そういった意味では、椚夕夜の因子を取り込むことは、誰にも出来はせん」


 言いたいことが、わかった。

 ドクターはどうにも説明をしたがるきらいがある。だから、アンジュがそれを理解するまでに、長い時間を必要とした。

 つまり、の話である。

 椚夕夜の因子を、直接取り込むことは出来ない。

 理由は単純だった。

 椚夕夜の魔法が、拒絶であるから。因子を取り込んだ瞬間、本来持つ魔法因子を消滅させてしまうから。


『……まさに、魔法使い殺し』


 ぽつりと、漏れた言葉。

 本当に、そのとおりだった。

 その原因を作り出したきっかけが、アンジュたちにあると言うのが、また皮肉な話。


「じゃが、それでも東雲茜が素材としては一級品であったことには変わりない。儂らが持つ、あらゆる因子を、取り入れることに成功した」

『……!』

「あやつは、化物の道を踏んだぞ?」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 茜は、見下ろしていた。

 銀世界に染まった、工場地帯。

 ふと、視線がある場所に留まった。白炎が飛び、道を作る人影。


(――神凪さん、やっぱり来たんだ)


 すぐに、察した。

 隣にいたのは〈イザナミ〉。空音は〈イザナミ〉と一時的に手を組んだ。実に空音らしい選択だった。茜は舌打ちする。

 手に、赤刀を出現させていた。

 大きく、振り上げる。

 水+形状変化+槍+加速+斬撃。

 茜は、魔法を組み合わせ、一つの大魔法として昇華させた。

 上空の景色が、歪んだ。

 周囲に突如として現れたのは、水。水は工場地帯を飲み込むように拡がっていく。無数の形へと、変化していく。

 鋭く、斬撃を帯びた水の槍。水の色は徐々に赤色に染まっていく。血のように。


「――水龍ノ理:『赫』」


 赤刀を、振りかぶった。



「――呑み込まれろ」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 それは、私が今まで培っていた勘。

 第六感、本能とも呼べるもの。死を予感した際に、無意識に訪れたサイン。全身に寒気が走る。

 東雲さんが赤刀を振りかぶった瞬間、私は叫んでいた。


「今すぐ、ここから離れてくだッ――!!」



 槍の雨が、降った。



 工場全体に、大海を叩き落としたかのような量。それは一瞬にして地上に到達し、大地を揺らした。私の視界が、赤く染まっていく。

 冬美の作った銀世界すらも巻き込み、空から降り注ぐ槍の雨。命が、消えていく。悲鳴が、不協和音のように周囲から響いていく。

 私は咄嗟に白天を出現させ、無数の盾を展開する。自分の周りを囲うように、世界を閉ざす。

 遅れて、盾から衝撃。

 ぶつかる水の音。巻き込まれていく破壊の音。震える大気の音。視界が黒に閉ざされた分、聴覚を通して、世界の様子を伝えてくる。

 音が、静まった――……

 沈黙。一体、どれくらいの時間が経過したのか。

 盾が、瓦解する。

 広がる視界に、息を呑んだ。

 工場地帯は、跡形もなく消え去っていた。広がる、一面の大地。全てが赤い海によって押し流されてしまった。

 遠くから、幾つかの地下へと続く扉が見えた。


「……なんて、ことを」


 人が、見当たらない。

 いつの間にか、沙霧とも離れてしまっていた。



 とんっ。



 私の前に、東雲さんが着地した。

 赤刀を一度振るい、赤天へと戻していく。東雲さんの周りを緩やかに回っていた。


「さあ、戦おうよ。神凪さん」

「……私は、貴女とは――」

「そんなの、知らないよ」


 直後、剣戟が鳴り響く。

 無意識のうちに、私は白刀を構え、東雲さんからの一閃を受け止めていた。ジリジリ、と音が鳴る。


「戦え、神凪空音ッ!」


 白刀を、弾かれた。

 東雲さんから、さらなる追撃。

 私は、咄嗟に白刀を、振るっていた。

 ――激突。

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