#007 七つの黒天①

 ――時刻、二三一二。



 私は〈イザナミ〉のメンバーとの対面を果たす。

 魔法都市〈ユヅキ〉内、第一ラボから数キロ離れた先にある廃工場。そこで、数十人の信徒と、幹部たちと顔を合わせる。

 廃工場に入った瞬間から全身に迫る殺気。憎悪。すぐに察せる。私は、彼らにとっては宿敵・椚夕夜を作り出した生みの親のようなもの。あくまでも、取引によって成り立つ関係に過ぎない。

 そう、簡単に割り切れる話ではない。


「……」


 睡蓮も、それに気づいていたが、何も言わない。言ったとしても無駄だと、気づいているから。


「はじめまして、神凪さん」


 そう私の前に現れた銀髪の女。

 名は、白銀しろがねしき。名前だけは、知っていた。その隣に、幼さを面差しに残す女が睨みつけている。


「私は、白銀識。こちらは――」


 識は、隣にいた女を見て。


「……真城ましろ沙霧さぎり、です」


 こちらにはもう嫌われているらしい。

 今更の話だけれども。


「メンバー、三十二人。実働部隊として出せるのは、これが限界です」


 睡蓮が信徒たちを見渡しながら言う。

 その声音には、物足りなさを感じさせた。


「いえ、十分すぎます」


 流石は、三大クランの一つ。

 おそらく、今回の突入作戦は急な出来事だったはずだ。人員的問題も、時間的問題も、何もかもが不足していたはず。その中で、これほどの準備をしてのける。

 数の力、侮れない。


「突入は、零時ちょうど。最初に、優先順位をつけておきましょう」


 睡蓮の話し方には、明確な筋道がある。指を一本ずつ、立てていく。


「一、黒天。二、ドクター。三、〈嗤う死神グリラフ〉の壊滅」


 問題ない。既に話した通りのものだ。


「作戦時では、おそらく。〈鴉〉が出てくるのは避けられないでしょう。X機関の存在も、当然」


 X機関。闇に潜む秘密結社。

 まるで漫画コミックのような、都市伝説染みた話。しかし、確かに実在する。

 ここに来る前、睡蓮は言っていた。

 X機関と敵対した場合の、忠告を。



 ――ヤドリ・ミコト。彼女と戦うのは避けてください。



 宿命さだめ。運命の使者。

 それは、少女の形をしているという。だが、その正体は、依然として掴めない。X機関の窓口のような存在。

 今から四年前、〈最強の魔法使い〉と呼ばれた里麻龍伍も、ヤドリ・ミコトと対峙したらしい。だが、その後、里麻は行方不明になってしまった。

 恐ろしく、未知の象徴。

 それが、ヤドリ・ミコト。


「黒天は、我々が必ず手に入れます」


 睡蓮の言葉と共に、信徒たちが一斉に動き出す。その俊敏ぶりには、私も驚いた。


「空音さん、よろしくお願いします」


 睡蓮が、私に言った。


「はい。そちらこそ」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 第一ラボ。

 ドクターにとって、原点と呼べる。

 全ての研究はここから始まる。最終的に反勢力である魔法使いの襲撃により、ラボは壊滅したが、形だけは今もなお、残り続けていた。

 パット見、それは無数の工場が連なるだけの工場地帯だ。一時的、工場から洩れる排出ガスにより、バッシングを受けていた。

 その地下。そこにラボはある。


「入口は全部で五つあるみたい」


 瞬がテーブルの上に地図を広げる。古ぼけた地図。そこに幾つかの手書きが加えられている。斥候隊である瞬の手腕により、第一ラボの全容が明らかにされた。

 入り混じった、迷路のようだ。

 部屋は無数に存在し、広めの部屋が何個もある。冬美はそれを見た瞬間、中学校の平面図を思い出した。


「うへぇ、道に迷いそう……」


 センジュが呻く。


「オレたちの実験場だった場所と一緒だな。……まあ、ほぼ閉じ込められだったから、概要は知らんけど」


 哲朗は、地図に視線を落とす。

 地下は五階層の構造。

 五階層目は部屋はただ一つ。図面から広々としているのがわかる。


「いるとしたら、五階層か、四階層のどこかの部屋……」


 哲朗が、ぼやく。


「気が遠そう……」と呟く白奈。

「わたしたちも五つに分担しよう」


 冬美が、そう告げた。

 幹部たち五人を、見渡していく。


「圭人さんと瞬。テツさんと白奈さんは鴉のメンバーをそれぞれ連れて。センジュとわたしはそれぞれ単体で」

「ちょ、ちょっと待った」


 早速介入したのは、圭人だ。


「その人選はおかしい。テツと白奈はいい。俺と瞬も分けて実働部隊を作るべきだ」

「それと、ワタシは冬美ちゃん単体は反対ー」


 センジュも続けて追撃する。


「……」


 冬美はセンジュを睨んだ。

 ことあるごとに、センジュは冬美の行動を共にしようとする。あるいは、監視しているように――。センジュは知らぬ顔で通す。


「……圭人さんが良くても、瞬はどうでしょうかね」


 冬美はちらりと、瞬に視線を向けた。

 瞬は冬美の言葉に肩を震わせた。まるで、核心を突いてしまったかのように。顔をわずかに青ざめていた。


「瞬……?」


 圭人が、瞬に視線を向けた。


「い、いいよっ、やろうよっ。ちっくんと、わたし。部隊をそれぞれでっ」

「……あ、ああ」


 圭人は、頷いた。


 ぎこちなさが、二人の間に生まれる。

「それじゃあ、ワタシは冬美ちゃんに付いてく感じで、五グループ完成ね」

「あ、」



 ――時刻、二三二四。



 ラボより離れて、一キロ。


「――冬美ちゃん、さっきのは良くないと思うわぁ」


 センジュの言葉に、隣にいた冬美の瞳が揺れた。視線は、未だにラボの方へ向けられたままだ。


「なんのこと?」

「わかってるくせにぃ」

「……」

「圭人くんと、瞬ちゃんのこと」


 冬美は答えなかった。

 センジュは冬美に諭すように、言い続ける。


「瞬ちゃんが圭人くんに対して、何らかの負い目を感じてるのは、冬美ちゃんだってわかってるでしょう? 人の心の弱いところを突くのが悪いって言ってるんじゃなくて、せめて仲間にはしないようにと――」

「センジュ、保護者のつもり?」


 冬美が、被せるように言う。


「そうやって、わたしにつきまとって、どういうつもり?」

だよ」

「裏切り者だったくせに」

「裏切り者だから、だよ」


 この会話は何度目だろうか。センジュは苦笑してしまった。平行線。きっと、冬美がセンジュを赦してくれる日など、決してこないだろう。

 保護者のつもり。否定できない。

 夕夜との約束。そうやって自分に言い訳をしているだけかもしれない。それに、皮肉かな。

 冬美の両親を奪ったのは、他でもない〈嗤う死神〉なのだから。


「準備、するよ」


 冬美は、魔法に集中し出した。

 その姿は、いつでも壊れそうなほど、儚く、弱々しく。強がっているだけの、女の子に見えた。



 ――時刻、二三五四。



 ラボから、更に離れた場所にて。

 その高い屋上にて、あくびを噛み締めていた男が一人。情報屋のノラだった。


「やあ、ノラ」


 ノラの背後に、跳躍し着地したのは、〈アグニス〉のリーダー・ホムラだ。


「やあじゃないよ。遅刻して。時は金なりって知らないのかい?」

「悪いね」


 少しも反省した色はない。


「……で、様子はどうだい?」


 ホムラがノラに訊く。


「X機関の姿は見えないけど……、鴉と〈イザナミ〉はスタンバってるね」

「ふぅん、まあ予定通りかな」

「それにしてもさぁ、ホムラ」


 ノラは面倒そうに、口を開く。


「なんで、ボクが情報操作する必要があったワケ? ここで二大クランでも潰す気?」

「いいや、全然」


 即答された。


「――宿ヤドリミコト


 ホムラは、少女の名を口にした。


「ミコトの、正体が知りたいのさ」

「ミコトちゃんの? そういや知らないねぇ」


 情報通のノラでさえ、ヤドリの正体は知らない。


「ボクは最初、同胞かと思ったのだけど。そうではないんだよね?」

「ああ、ミコトが出てきたのは、数年前程度だからねぇ。……にしては、強すぎる」


 ホムラは、ぼやく。


「さあ、ミコト。現れてくれるかな?」



 ――時刻、二四〇〇。



「――突入、」


 睡蓮が、号令を出した。




































 ――刹那。



大氷河アイスレイジ

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