#005 急転
高層ビルの一角。
それを占拠するは、三大クランの一つ〈
冬美は空音と別れると、センジュと共にアジトに帰ってきた。扉を開けたと同時に、集う魔法使いたちは冬美に頭を下げた。
センジュはその光景を未だに慣れない。あの、年端のいかなかった女の子が、今や一大クランのリーダーまでのし上がった。
「ふ〜ゆ〜み〜さぁんっっ!!」
そこで、ドタバタと足音が聞こえてくる。冬美は一瞬にして嫌な顔を浮かべた。階段先から、一人の女が冬美へと飛び出した。
冬美は華麗に回避した。勢いのあまり、女は地面と顔面を激突。あざとい悲鳴を上げた。
赤、黄、緑、青――。毛先をカラフルに染め、整った顔立ちをした女。かつて、魔法使いの身分を隠し、人気アイドルだった経歴を持つ。
名は、
彼女は、椚夕夜の、信徒だ。
「いてて……、急に避けないでくださいよ〜」
「急に飛びかかってこないで、オトハ」
音羽は鼻を擦りながら、立ち上がる。本人曰く、私、クヌギ様と可愛い女の子が大好きなんです。冬美と出会うとことあるごとに抱きつこうとする悪癖があった。
「それで、冬美さん。神凪空音の件、どうでしたかっ?」
音羽は目を輝かせていた。
神凪空音は椚夕夜を魔法使いにした張本人。一部では有名な話となっている。音羽が興味を抱くのも、無くはない。
「ダメだったよ」
冬美の答えは素っ気なかった。
音羽もため息をついた。どこか、落胆したかのような。
「なぁんだ。たまなしでしたねっ。あ、たまなしって言っても別に下的な意味ではなくてですね――!」
冬美は無視した。
そのままビル内部のエレベーターを使う。二十七階へ。上へ持ち上げられる浮遊感を足を伝って感じた。
冬美は壁に寄りかかるとひと息。
「冬美ちゃん、お疲れでしょう? 少しは休まないと」
センジュが冬美の様子を見て言った。一大クランのリーダーをその身に背負う。重すぎる責任。期待。使命。
このクランは歪な上で成り立つ。
構成人数、百人以上。
その約七割が椚夕夜の遺志を受け継ぐ為に参上した信徒である。残りは、魔法使いに対して、憎む者、嫌う者。復讐を願う者。
魔法使いたちにとって鴉とは、革命の風なのだ。
それを一つにまとめ上げる必要がある冬美の負担は、相当なものであるはず。
二十七階に到着。引き詰められたかのような倉庫に出た。ここから先は階段を使うしかない。三十階。そこが鴉の幹部が集う。
冬美たちは階段を上っていく。
「……?」
ふと、上から声が聴こえた。
どこか慌ただしさを感じさせる、声だ。三十階に到着すると、視界は一気に広がる。
「おいッ! その情報は本当なんだろうなッ! ああっ!? 難聴じゃねえぞ、おらっ!」
「テツ、カルシウム」
「うぅ……、二日酔いだよぉ」
「調子に乗って呑んだくれてるからだろうが。せりさんかよ」
広い、部屋。
冬美は、黙り込んだ。
「……」
「なんかぁ、地獄絵図ねぇ」
センジュが苦笑いを浮かべた。
「あ、フユミ……」
最初に気づいたのは、白い髪と赤い瞳を宿す。
「ああ、冬美、悪いな、
「あ〜、冬美ぃ、おはすぅ……」
かつて、不殺のクラン〈平和の杜〉のメンバーとして活躍したが、大戦以降、鴉へと転向を果たした。圭人はうざったそうに瞬を介抱し、瞬はうぅ、うぅ、と唸っている。この四年間、二人は大人っぽく外見は成長している。が、瞬は酒癖が悪かった。
「ちっ! とにかくッ! 情報提供ありがとよッ!」
電話を勢いよく叩きつけたのが、
「テツさん、電話、壊れますから」
冬美は、感情が高ぶる哲朗を宥めるように言った。その言葉に哲朗も我に返る。
「おっと……、わりぃ」
「それで……、何かあったんですよね?」
冬美は目敏く気づいた。
その言葉に、幹部の雰囲気が変わる。オンとオフの切り替え。瞬さえも、哲朗に視線を向けていた。
「ああ、とんでもねえ大事件だ」
哲朗は、そう前置きし。
「X機関に動きがあった。〈ドクター〉が、誘拐されたっぽい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「〈ドクター〉が、拉致られたっ!?」
皇の声が響き渡る。
ヤドリは不快そうに目を瞑り、その隣に立っていた紳士風の老人、レインマンは頭を下げた。
「一瞬のことでしたので、私は出張でしたし」
「そういう問題じゃねえだろ」
皇は、ため息をついた。ヤドリを、睨む。ヤドリは弁明もせず、あっけらかんと答えた。
「最近体調悪くてね、私が寝ている間に拉致られちゃったよ。ついでに黒天も盗まれたみたい」
「はぁっ!?
黒天は重要なアイテムだ。
そのアイテム一つだけで、三大クランの勢力図が崩れるほどの代物。盗まれました、で済まされる話ではない。
事は、波紋のように、大きくなりつつある。
「――それで、ようは取り返せばいいんでしょ?」
そこで現れたのは、茜。
かつん、かつんと。足音と共に現れた。皇は不意の登場に言葉が詰まった。
「そ、お願いしていいかな? 茜ちゃん」
「いいよ、ミコトの頼みだし」
「おい、茜っ! そう何でもかんでも――!」
皇はその先を言おうとしたが、茜の睨みにより、一封されてしまった。茜は皇から視線を外すと、ヤドリに視線を向けた。
「体調、大丈夫?」
「うん、平気平気ー」
「そう、なら良かった」
茜は小さく微笑む。
それに見惚れてしまう皇。何とも、不憫な光景と言えよう。
「もちろん、わたしたちも必要とあらば、すぐに飛んでくるよー」
「わかった。それで、一番重要なことだけど――」
茜は、訊く。
「〈ドクター〉と黒天を奪ったのは、誰?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「話は、今から数時間前に遡ります」
睡蓮は、そう前置きし、話す。
睡蓮の助けになると決めた私は、早速その詳細を聞くことになる。
「秘密結社〈X機関〉。そこで、ある事件が起きました」
「ある、事件……?」
「あるクランが、X機関の隙を狙って、〈ドクター〉と黒天を強奪したのです」
「なっ!?」
ドクター。会ったことはないが、界隈ではその二つ名は広く流れている。
曰く、魔法使いの研究者。
曰く、悪魔。
曰く、研究に取り憑かれた男。
曰く、強く、怖ろしい魔法使い。
曰く、エセを造った元凶。
その噂は絶えない。だが、実際のドクターに会った人は、驚くほど少ない。
「そのクランは、どこですか?」
その質問には、二つの意味が込められていた。X機関に、襲撃したクラン。X機関に、襲撃しようと試みた、命知らずのクラン。
私の問いに、睡蓮は答える。
「――〈
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