#003 紅ノ夜②

 ――!?

 左腕を、斬られた。吹き飛ばされた。思考が一瞬、白に染まる。

 けど、すぐに気づいた。

 痛みが、襲ってこない。視線を左腕に向けていた。腕が、斬られていない? 考えている暇はなかった。

 スメラギは二度目の攻撃を仕掛けている。私は阻むように白刀を出現させ、止める。周囲から白天を出す。

 形状変化。形を、銃へ。

 引き金を引くと同時に、スメラギは反射的に後ろへ跳躍していた。銃声が響き渡る。

 私は一歩引いて、スメラギから距離を取る。左腕で、白刀を掴もうとして。



 ――するり。



「……えっ?」


 左腕が、動かなかった。

 よく見ると、左腕の肌に✕印が刻まれている。感覚はある。それなのに、腕が動かない。麻痺したような感覚ではなく、まるで動かないことが当然であったかのように。

「天罰。俺の剣で斬られた箇所は、動きを『停止』させる。お前の左腕は、もう動かない」

 スメラギは、告げた。

 剣を、構える。一切の隙のない。鋭い雰囲気を纏っていた。


「改めて名乗ろう。罰の魔法使い、皇秋人あきと。お前を、殺しに来た」


 瞬間、すめらぎは動き出した。鋭い突き。狙いは私の心臓へ。皇の攻撃を受けてしまえば、その箇所が停止する。ならば、たった一撃でも私を屠る可能性を持っていること。


「っ――!」


 本気で、私を殺しにかかっていた。

 右腕で白刀を持つと、剣の流れを、いなした。そのまま、私は攻撃へと移行する。流れるように、白刀を振り抜く。

 鋭い一閃は、皇の胴体に向けて。


「ふんッ!」


 皇は反射的に回避する。あえて、私の方へ踏み込み、一閃が皇を掠る。皇の頬から血が噴き出す。だが、それでも避けた。

 私たちは、同時に振りかぶっていた。白刀と剣が衝突。余波と拮抗。力は……皇が有利だった。

 私は押される形で、どうにか拮抗を保

っていた。左腕が使えない。上手く、チカラを込めることができない。アンバランスさが、自身の体を乱す。


「なんだ、お前。思ったよりやるじゃねえか」

「……なぜ、私を狙うんですか」


 皇の言葉を被せるように、言った。

 皇の表情が微かに揺れた。皇は言っていた。あくまでも、皇自身が私を襲う理由は無いと。


「理由なんてねえ」

「……答える気は、ないですか」


 皇の力が強まった。拮抗が徐々に傾いてくる。


「そろそろ、終わりにしてやるよ」



「――ええ、私も本気を出します」



 直後、周囲に無数の白天が浮かんだ。


「――!」


 拮抗は崩れた。皇の方が、距離を取ろうとしたからだ。白天は形を変えて、拳銃へと変わっていく。標準を、定める。


「紅蓮装填、」


 発射。一斉に白炎の弾丸が放たれた。

 皇は目を見開きながら、弾丸をどうにか回避しようとする。流石は皇か。弾丸は掠りもせずに、回避してのける。

 けど、それは布石に過ぎない。

 この一歩を、踏み出すための。



「――疾ッ!」



 一歩、踏み込んだ。

 マーシャル・アーツ、発動。全身に魔力が巡る。血が熱を籠もるように。久しぶりのマーシャル・アーツは、全身をポカポカとさせた。視界が一気に広がる。

 白炎の弾丸を回避していた皇の、僅かな隙さえも、見えた。

 進めッ!

 瞬時に、皇との距離を縮めた。

 皇は突如、目の前に現れた私を見て、驚きの表情を浮かばたが、反射的に剣を振り上げていた。

 二度目の拮抗。

 ――は、起きない。



血壊ケッカイ



 衝突と同時に発動したのは〈血の魔法使い〉の魔法。魔法因子に干渉し、相手の魔法を一時的に麻痺させる。

 剣を伝って、皇の魔法因子へ干渉。

 皇の剣が、ぶれた。


「ッ――!?」


 動揺は伝わった。皇の自信はあっけなく崩れた。いつの間にか、左腕も使えるようになっていた。

 両手で、白刀を掴む。

 流れに沿うように、一閃。

 それは、皇へと向かっていき――



 刹那、飛来する



 それは私の一閃に拒むように地面に突き刺さり、弾いた。何者かの介入。私は咄嗟に皇から距離を取った。

 皇は、呆然としていた。皇にとっても、想定外だったこと。



「――秋人くん、何やってるの?」



 声は、頭上から響いた。

 心臓を掴まれたかのような。そんな衝撃を受けていた。その声を、私は知っている。

 私は、自分の攻撃を阻んだものを見た。赤い刀。赤刀。それは少しずつ 形を崩していき、球体へと。赤い球体は上空へと戻っていく。

 私は、その人物を、見た。

 長い赤みがかった茶髪。整った顔立ち。瞳が、私を映していた。暗闇色に染まっていた空の中、彼女だけが輝いているように見えた。


東雲しののめ、さん……」


 声は、震えていた。

 東雲茜。クヌギくんの幼馴染み。

 彼女の周りには赤色の球体が幾つも浮かんでいた。


「なんで、貴女が、を……?」


 東雲さんは、魔法を使っている。それも、形があまりにも私やクヌギくんの魔法に酷似していた。


んだよ、魔法使いに」


 東雲さんはそう言いながら、地面へと降り立つ。赤の球体――否、赤天は形を刀へと変えていく。形状変化だ。


「椚夕夜の遺産……七つの黒天。私たちはあの日、その一つを手に入れた」


 私、――?

 その言い方は、おかしい。

 それだと、まるで――。


「黒天は、〈ドクター〉って人も驚くぐらいの、すごい魔法だったみたい。実際、X機関にとっては、目指す理想そのものだったから。さすが、ゆうだよね。私は、ゆうの魔法を元に造られた、後発的な、純粋な魔法使い」


 赤刀の切っ先を、私に突きつけた。



「――〈紅の魔法使い〉」



 東雲さんは、切っ先を下ろした。


「なんで……」


 私は、声を漏らしていた。


「なんで、X機関なんかに……」

「……そんなの、決まってるじゃん」


 東雲さんは、強く赤刀を握りしめていた。


「いつか、神凪さん。貴女を、殺すためだよ」

「っ……、」

「……まあ、今は帰るんだけどね」

「なっ!」


 東雲さんの言葉に反応したのは、皇だった。食って掛かるように、東雲さんに叫ぶ。


「なんでっ! 今やればっ!」

「私は秋人くんを迎えに来たんだよ。ミコト、怒ってるよ」

「っ……、ちっ、」


 秋人は、静かに去っていく。

 東雲さんは一度、私を見た。


「貴女は、何をしていたの、この四年間」

「……」

「ゆうを、あんな目に遭わせたのは、貴女のせいなのに――……」

「……!」


 東雲さんは、去り際に告げた。


「それじゃ、次会ったときは殺すから」


 一人、取り残されていく。

 絶望が、私を押し寄せてくる。

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