この胸の高鳴りは誰のせい?

結城芙由奈

この胸の高鳴りは?

 俺は高野悠斗27歳。

食品メーカーの営業マンを努めている。そして俺には入社以来、ずっと憧れていた女性が経理課に所属していた―。



「参ったな…。今週の営業成績、またアイツに抜かれたか…」


会社の社内メールを目にした俺はため息をついた。

アイツとは、同期入社の…。


「よう、高野!今週も又勝たせて貰って悪いな」


不意にポンと肩を叩かれて、見上げると俺のライバル兼悪友の渡瀬が立っていた。


「又お前にやられるとはな…」


「まぁまぁ、たまたまさ。運が良かったんだって。お前だって頑張ってるじゃないか」


渡瀬は笑いながら俺の背中をバシバシ叩くと、隣のデスクに座り、PCを立ち上げた。



 渡瀬…。


 コイツは俺と同期入社で、同じ営業部に配属されたやり手の男だ。営業成績は常にトップ、おまけに背は高くて顔もいい。しかも性格も良しとくれば、当然女子社員達は放って置くはずはない。

女なんか選び放題なのに…何故か渡瀬は恋人がいない。


いや…と言うか、何故か俺には分かっている。


渡瀬には好きな女がいるという事を―。




「あ、まずいな…」


不意に渡瀬が呟いた。


「何だ?天下の渡瀬でも困ったことがあるのか?」


俺はからかい半分で声を掛けた。


「ああ。この間大阪に出張した時に…経理課に提出しなければならない領収書が残っていたのを思い出した。参ったな…今から行かなくちゃ…」


渡瀬はため息をつくと立ち上がった。


「…何だよ、わざとらしい。本当は嬉しいくせに」


思わず、ポツリと言葉が漏れる。


「うん?何だ?何か言ったか?」


渡瀬は不思議そうな顔で俺を見た。


「いや。何でも無い。なら早く行ってこいよ。何なら俺もついて行ってやろうか?」


本当は経理課の河合さんに会いたい為に冗談めかして言った。


「何言ってるんだよ、子供のお使いじゃあるまいし付き添いなんかいらないよ」


渡瀬は苦笑いすると「それじゃ、行ってくる」と言って席を立つと、経理課へ行った。



「ふん…本当は河合さんに会いに行く口実だろう…」


そして俺はPCのキーを叩き始めた。


そう、俺が好きな女性は経理課に所属する河合桜さん…短大卒で、俺たちは同期入社だった―。




****


 俺達3人は同期入社で、たまたま同じ支店に配属された。俺と渡瀬は営業課で河合さんは経理課に所属することになった。

彼女はとても清楚な可愛らしい女性でたちまち男性社員たちから注目の的となったが、俺と渡瀬で彼女に言い寄る男性社員共を追い払っていたのだ。


何故なら彼女が迷惑そうにしていたから…と言うか、俺が彼女を好きだったからだ。そして多分、渡瀬も彼女を好きなのだろう。


 俺は心に決めていた。

いつか渡瀬よりも営業成績を超えたら…河合さんに告白しようと。



****


「はい、ありがとうございました。それでは来週お伺いさせて頂きます」


営業を取り付け、電話を切ると丁度渡瀬が戻ってきた。


「随分頑張っているな。高野。その調子でいけよ」


席に座るなり、渡瀬が声を掛けてきた。

その余裕のある態度がなんとなく癪に障った。


「ああ、まぁな。営業成績をあげたら…告白したい相手がいるからな」


渡瀬を煽るつもりで、つい口にしてしまった。


「何だって?お前…好きな奴がいたのか?!誰だよ!」


突然渡瀬は俺に詰め寄ってきた。


「な、何だよ…。俺が誰が好きか…知ってるんじゃないのか…?」


つい、河合さんの事を思い出して顔が赤くなる。


「え…?」


渡瀬は何故か呆然とした表情で俺を見て…次にハッとした顔になる。


「わ、悪かった。追求する真似して…さてっと。俺も仕事するか」


そして渡瀬はPCに向かった。

その姿を見て俺は思った。


一体何なんだ…と?



そして、数日後…ある出来事が起こる…。



****



 昼休み―


たまたま経理課の近くを通りかかった時の事だった。


「そうだ、河合さんはいるかな…」


何気なく足を向けた時、驚いた。何と廊下の前で河合さんと渡瀬が話をしていたのだ。


「この間は相談に乗ってくれてありがとう。やっぱり渡瀬くんは頼りになるわ」


「そうか、力になれて良かったよ」


「それじゃ、今夜お礼を兼ねて一緒にお酒でも飲みに行かない…」


そこから先は聞いていられなかった。俺は踵を返すと、急いでその場を立ち去った。


やっぱりあの2人は付き合っているたのだろうか…?いや、でもあの様子ではまだ恋人同士にはなっていないはずだ。だったら…。


今夜、河合さんに告白しよう。渡瀬に先を越される前に―。



****


昼休み終了後―


「え?お前…直帰するのか?」


渡瀬が意外そうな顔をした。


「ああ、得意先を回った後そのまま帰る」


「何だよ…お前に大事な話があったのに」


大事な話…河合さんの話か?


「悪いな。なら一応会社出たら連絡くれよ」


そうだ、お前は今夜河合さんと2人きりで会うんだろう?だったら妨害して先に彼女に告白してやる。


「ああ、分かったよ」


渡瀬の返事を聞いた俺はビジネスバッグを手にすると、外回りへ向かった―。



****




 18時45分―


俺のスマホに渡瀬からメールが入った。


『今、会社を出た』


そこですかさずメールを返信。


『分かった、また後で連絡する』


そして、急いで会社へ向かった―。



「やっぱり、河合さんと一緒か…」


建物の陰から、こちらへ向かって歩いてくる2人を見つめながら呟いた。

よし、こうなったら意表をつく行動を取ってやる。このままここで身を隠し、2人がここを通る直前に眼前に現れて…告白するんだ。


そして俺は胸を高鳴らしながら、2人が…と言うか、河合さんが来るのをじっと建物の陰から待った。


徐々に足音が近付いてくる。心臓はドキドキと脈打ち、今にも口から飛び出しそうだった。

後少し…もう少しだ…。


俺はじっと彼女を待った。


そしてついにその時がきた―。


今だっ!


俺は目を閉じると、物陰から飛び出して叫んだ。


「君が好きだ!俺と付き合ってくれっ!」


「…」


相手の息を飲む気配に恐る恐る目を開け…仰天した。

何と、眼前にいたのは渡瀬だった。渡瀬は目を見開いて俺を見ている。

そして、その背後には…河合さんと…え‥?

何と河合さんの隣には彼女と同じ経理課の2年先輩の男性社員がたっている。


え…?どういう事だ…?


すると、河合さんが言った。


「おめでとう!渡瀬さん!高野さんと両思いだったんじゃないっ!」


「え?」


その言葉に耳を疑った。そして渡瀬は何故か顔を赤らめて俺を見ている。


「高野…ありがとう、お前も同じ気持ちだったんだな…嬉しいよ。俺もお前が…好きだ」


「な、何だってっ?!」


俺の聞き間違いじゃないのかっ?!


すると先輩が言った。


「しかし、めでたいな〜俺たちと同じ日にカップル成立とは」


「え…?俺たち…?」


一体どういう事なんだ…?


思わず助けを求め、河合さんと先輩を見た。


「ずっと渡瀬さんに先輩との恋愛相談していたの…その御蔭で無事に本日先輩と恋人同士になれたのよ。だから今夜は渡瀬さんの恋愛相談を受けることになっていたのだけど…その必要は無かったみたいね?」


河合さんは笑みを浮かべて俺と渡瀬を見る。


「高野…これから、その…宜しくな?」


そう言うと渡瀬は顔を赤らめ、俺の肩に腕を回した。


「あ、ああ…ハハハハ…」


な、何て事だ…。とてもではないが、これは違うと言い出せる雰囲気では無かった。

そのせいだろうか…?俺の胸の高鳴りは止まらない。


だが…きっと、この高鳴りは…恋、なんかじゃないはずだ―。



<完>

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