2日目その2
立ち上がりベッドの柵にまでたどり着いた俺は、そこから見える景色を眺めた。
広い部屋の隅々まで見える。
俺が知る新世界の、その発端の景色だ。
机、本、ドライフラワー、ランプのような照明器具。本の山脈。そして向かいの壁に貼ってある世界地図らしきもの。
視力はすでに成人レベルに成長していた。エスナインアールの肉体は赤子であっても化け物、すでに各感覚器官は成人レベルにまで成長していた。
地図はひと目で記憶できた。だがそれの意味するところを理解するには情報がなさすぎる。現在地は?広さは?この世界とは?
「本来であれば、親から懇切丁寧に説明されるのだが…」
その学習が予定されているとしたら、およそ5年後あたりだろう。
「そのころには死んでるよ」
俺は柵から体を伸ばし、地図の細部をさらに見ようと目を凝らした。
腹を柵の上に乗せ、バランスを取りながらできる限り顔を近づけようとする。
「あぶない!」
という声が聞こえたのは、俺の足元のシーツが滑り、重たい頭部が床に向かって加速したのと同時だった。
ベッドの柵から床までおよそ62センチ。
落下して自分の敏捷性を試したいとも(未だ素早さは0だ)、頭部の頑丈さを確認したいとも思わなかった。
俺を両手で抱きしめた彼女の心臓の音が、直接頭蓋骨を震わせていた。
「大丈夫かい!」
産婆の女も急いで駆け寄る。
俺の世界は彼女の荒い呼吸音と激しくなり続ける心臓音に包まれていた。
ようやくその圧迫の膜が開き、彼女のやつれた顔が天上に現れた。
俺の無事を見て心から安心しているのが見て取れた。
俺は、もっと気をつけないといけないな、と人生初の反省をしていた。
俺を抱き上げた彼女は少しふらついた。まだ万全な体調からは程遠い。それでも俺を離そうとはしなかった。
「ほら、マリー。ふらついてんじゃない。貸しなさいって。あんたは座って」
マリー、彼女は俺を産婆の女性に渡した。俺は彼女が名残惜しく、赤子のように彼女の服にしがみつこうとしたが、大人として彼女の体を気遣って、産婆の腕の中に移動した。
マリーは椅子に座り、大きく息をついた。少し青ざめた顔をしているのが俺を不安にさせた。
「まー元気だねぇ。もうこんなに動き回るなんて、将来はどえらい勇者になるんじゃないのかい」
俺をあやしながら産婆は言った。
「勇者? そうだな、その予定だ」
俺は彼女の言葉を内心で肯定した。
「あらヤダ、、この子、その気みたいよ。すんごい自信有りげな顔してるわ」
座っているマリーは力なく返事を返す。そんな彼女の肩に手をおいた産婆は、自分に任せておけと無言で伝えて、俺を抱えたまま部屋を移動し始めた。
俺にとっての最初の世界旅行が始まった。
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