1日目

一日目その1



  流れ星が一つ落ち、産声が上がった。




 熱い門をくぐり抜けたき、外気のあまりの冷たさに俺はショック受けた。体から逃げていく熱。肺の中に侵入してくる冷気。まぶたが開いていないのに光が目を刺す。


 体全てに衝撃を受けて、


 俺はおもわず大声で泣いた。


 腹の下に大きな手が入り、持ち上げられ、ひっくり返される。巨人に弄ばされているようだ。


 「大きな子だよ~!よ~頑張ったな~」


 女性の声。「産婆」というキーワードが脳内にきらめくが、ショックに打ちのめされ泣き続けているため気が回らない。


 痛み「へその緒を切られたようだ


 柔らかい布地に体を包まれ、冷気にさらされなくなり、鳴き声のトーンが弱まる。


 「ほんに大きい。元気な男の子よー」


 俺は巨大な女性に運ばれ、寝床にゆっくりと、大切に置かれた。


 俺の眼前に大きな、若い女性の顔があった。


大仏のように横たわる女性の顔。


 汗にまみれ、痛みに耐えた真っ赤な顔をしていた女性は、俺の姿を間近で見るなり、口元は大きく笑みを作り、一筋の涙を流した。


 「こんにちわ、愛しい私の子」




 女性のその言葉を、俺は生涯忘れなかった。






 天井だ。


 板でできた天井。


 もう何分それを見ているんだ。


 産まれてから、もう30分は経過しただろう。


 俺はまだ、何もしていなかった。


 「30日しか無いんだぞ~!」


 「あぶあぶあぶぅ~」


 意識が発した言葉を肉体が変換してことばとして世界に発する。


 われ唱える「あぶあぶあぶ」と。


 とりあえず肉体性能のチェックだ。


 「エスナインアールの赤子は赤子にあらず、化け物じゃ」


 神の言葉を覚えている。というか全記憶を保持したまま赤子になっている。


 これはエスナインアールの転生特典なのか。前世の記憶なしに転生したら、それはただの生まれ変わりで何の特もない。前世の記憶と知識というアドバンテージあってこその転生だ。


 記憶と知識があるのだから、あとはとにかく行動あるのみ。産まれてからもう45分は経っているぞ。


 「時間を無駄にするなかれ!」


 俺は上半身を動かす。


 「あぶ~~」


 ベッドのシーツの上で腕が動く。だがそれだけだ、上半身がずりずりと動くが、それだけだった。


 下半身は…おれは自分の下半身を見る。


 絶望的なまでに短い赤子の足が見えた。


 「あぶ!あぶ!」


 下半身に勢いをつけるが、重たい頭部を引き上げる勢いは生まれない。寝たままで起き上がれない。何度やっても同じだった。


 「あ・・・あぶ…」


 両足がパタンとベッドに落ちる。


 絶望が重くのしかかる。


 「こんな体で、30日で…何かができるわけない!」


 脳がジリジリしびれ、気持ちがコントロールできなくなる。赤子の脳では処理できないレベルの絶望が脳を支配した。


 「びぇぇぇっぇえええー!」


 大人気なく、ためらいなく大声で泣き出した。こうなるともう、何も考えられない。泣くことしかできない。


 ひたすら泣き続ける。


 隣にあった山が動いた。


 ほつれた髪の疲れ切った女性が、その上半身を起こした。


 その女性はつかれた顔なのに、口元はやさしく笑っていた。


 「どうちました~?げんきでちゅね~」


 ゆっくりとベッドの上に体を起こした女は、赤子の俺をやさしく掴み、自分の胸元に引き寄せた。


 彼女の腕と胸に包まれ、その暖かさに俺の体の緊張は一瞬で溶けた。


 彼女の放つ匂いは自分の体と同じ匂いで、気持ちを和らげた。


 ゆっくりと揺られて、語りかける声と笑顔が俺の鳴き声を止めた。


 もう脳は、なにも心配していなかった。ゆっくりとしたその香りの海の中で、漂う気持ちよさに浸っていた。


 「大きな大きな、私のあかちゃん…」


 俺の世界から、心配と不安が消え去り、あっという間に眠りに落ちた。



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