第2話 0日目その2


 「わしは退屈じゃった。来る日も来る日も転生のガチャを引き続ける毎日。そして、出てくるカードはクズカードばかり」


 俺の隣に立つ神様は自らの人生の虚しさを語りだした。ただ、そのクズカードというものはひとりひとりの人間の転生条件を提示したものだ。人生のスタートを祝う祝福を描いたカードたちのはずだ。


 「引いても引いてもノーマルばかり、クズじゃ…」


 一人ひとりの人生には価値がある。神は言葉には出さないが、そう言っている。


 「ゴミじゃ…」


 人間は皆平等で、そこに格差などはない。命はそれ自体に価値がある。神はそう言っているはずだ。


 「たまにRとかでるけど、逆に萎えるわ」


 神の愛は無限だ。どの人間も一様に愛している。そう言っている…ようではない。まじでガチャジャンキーに成り果てているぞ、この神様。




 「そんな時!ついにワシは引いた!引き当てたのじゃ!エスナインアール転生を!」


 「そうですか、今回の人生はついているようですね、俺」


 そのエスナインアール転生とやらは、今回の俺の転生に適用されるサービスらしい。前回の、記憶もおぼろげになった後悔まみれのショボイ人生をやり直すにしては、いい条件を手に入れたようだ。俺は内心よろこんだ。


 「はぁ?お前じゃない、ワシじゃ。引いたのはワシ。ワシの運が最強ってことじゃ」


 「はぁ…」


 イキった神様ほど始末の悪いものはない。


 「いいか、お前はたまたま、ワシは強運。この違いがわかるか?お前はたまたま入場者200万人目ということで祝福される一般客じゃ。


 違い、わかるか?偉いのはどっち?


 たまたま来た客のお前か、200万人も客を呼べた遊園地、どっち?」


 「…遊園地」


 「たまたまエスナインアールだったお前と、カードを引いたワシ。


 偉いのはどっち?」


 「…神様」


 俺の答えに神様のじいさんは鼻息荒くうなずいたのち、ガッツポーズを連発する神様。


 どうやら、マジで自分の鬼引きを自慢したいがために俺を呼びつけたようだ。他に自慢できる友人もいないのだろう。


 俺はこのイキる老人から離れて家に帰りたい気分になったが、俺はすでに死んでいた。


 帰る家はもうなく、帰る場所も帰る世界すらも無いことに気づいた。


 ようやく孤独が蘇ってきた。喪失感も蘇り心を焼く炎になる。それは一瞬にして体を焼き尽くす巨大な炎になった。


 人生の後悔が大火となって俺を焼く。


 「ほい」


 神の手が俺の胸元に触れ、喪失感の炎が吹き消された。神の爺さんの手には、あのカードが


 SSSSSSSSSR転生のカードがあり、俺の胸で輝いていた。


 「くれるんですか?」


 「あたりまえじゃ。引いたのはワシじゃが、これはお前さんのもの。お前さんのカードじゃ」


 神の手から輝くカードを受け取った。


 書いてあるスペックは凄まじいものだった。生きているだけで英雄だろうと大統領だろうと、なんだってなれる。勝利人生確定のカードだ。俺はそれを両手の中に収めて、光を温かい熱として感じていた。


 生誕も入学も友人も恋人も家族も成功も栄光も、全てが約束されている。


 その巨大な幸福が波動となって伝わってくる。


 「ん?」


 よくよくカードを見ていみると、小さな小さな、恐ろしく小さな文章が見えた。


 「あれ、なにか書いてありますよ、神様」


 「マルシーじゃろ。ほら、権利関係者の名前じゃないかな」


 「いえ、そんなんじゃないです」


 俺は目を細めてその小さすぎる文字を読もうとした。


 「ああ~~~そうじゃ、”再生紙を使っています”じゃ。環境に気を使わんとな~人類よ」


 神は神々しく仰ったが、俺はそれを無視して視神経と眼球にエネルギーを送り込み、その小さき文字を読んだ。


 「た・だ…し? …ただし、寿命は30日です…」


 俺はその文字をついに読み切った。


 顔を上げた時、神は遠くの空を見ていた。


 「寿命、30日って書いてありますよ」


 「おお~一番星じゃ。わしが一番最初に作った恒星系じゃぞ」


 じいさんは遠くの空に輝くお手製の恒星の輝きを眺め、こちらを見なかった。


 「30日って…」


 「男子三日会わざれば、刮目して見よというぞよ…」


 「赤子はたいてい三日後も赤子のままですよ!なんですか寿命30日って!」


 「カードの記述はランダムじゃからな。まあ多少傷もある。完璧なものはこの世にはない!神が言うと重みが違うじゃろ?」


 「寿命!30日じゃ赤子で終わりじゃないですか、何もできない!」


 「生きてるって素晴らしいなって思え!30日間でも人生じゃ」


 「あァ~~~!」


 俺はついに膝をついた。


 なんてこった、最強の成功人生の切符を掴みながら、その成功列車は出発した途端に脱線する!


 「脱線というよりも、始発の駅が停電して発車もできない状態じゃな」


 俺の隣にうんこ座りした神様が慰めることもなく訂正した。


 「だがな、お前さんよ、エスナインアールを侮るなよ」


 神は俺の顔を見てニヤリと笑った。


 「エスナインアールを持って生まれる赤子は、赤子にあらず」


 「赤子に、あらず…?」


 「そうだ赤子にして化け物。並みの赤子の千倍は強い」


 「…」


 俺は赤子の能力に千をかけてみたが、答えはゼロか、それに近いものだった。


 「わかっておらんのぅ…エスナインアールを」


 神は腰を上げて、こちらに手を伸ばした。


 俺はその手を取り立ち上がる。


 「お前さんよ、未だ新たな名を得ていないお前さんよ。神がお前さんに使命を与えよう。いわゆる天命じゃ」


 天命。それは産まれ、生きて、死ねるまでの価値ある使命。


 「あの世界には人々を苦しめる悪の王がおる。それを倒すのじゃ。わずか30日で」


 唖然とした顔で俺はその言葉を聞き、足元で輝く巨大な惑星をみた。


 青々としたその星には、まだ名も知らぬ世界と文明と、悪があるのだ。


 「それを果たせたら、わずか30日であっても生きている価値、産まれてきた甲斐があるというものじゃろう」


 神は俺の目を見る。その底なしに深い目に見つめられた時、俺の心は決まってしまった。


 「たった30日で世界を救う。


 生まれたての赤子のままで悪と戦う」


 という、困難すぎる人生だ。


 だからこそ、今度こそ本当の人生を価値を、この手にできるかもしれない。


 もう後悔にまみれた人生は、二度と御免だった。


 生きている価値を、生きてきた価値を得られる。神様がそう言っているんだ。


 「エスナインアールで転生するんじゃぞ、それぐらい、やってみせい!」


 神に背中をドンと押された。


 俺は雲の海岸から落ちて眼下の宇宙に落下する。


 巨大な惑星の重力に捉えられ、加速がつく。


 どんどんと加速する。服が、体が摩擦熱に溶けて消えていく。俺の、過去の俺が消えていき、魂という光に変わる。その中心で輝くのは一枚のカード。


 俺はSが9つ並んだカードと共に、新たな生命を得るために落ちていった。


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