【20】突入作戦②

 阿部を拳銃で撃ち殺した坂口は、部屋にあった車椅子で水谷を妖怪がいる部屋に運んだ。


 あんな都合のいい言い訳が通用すると思ったのか。馬鹿な奴め。

 既に死体となった阿部の身体を一瞥して坂口は思った。


 水谷を乗せた車椅子を押して、パズズがいる部屋に着いた。

 森田を食べ終えたパズズは再び部屋の奥に、身をひそめるようにして座っていた。


「パズズ様。新しい生贄です」


 坂口は水谷を部屋に運ぶと、硬い床に寝かせて、パズズに語りかけた。


「今、我々の敵となる者達がこの館を包囲して突入してこようとしています。どうか、パズズ様のお力をお貸しください」


 教会員の中で唯一、坂口はパズズと対話をしていた。

 パズズは拙い言葉で命令を下す。

 その命令に沿って教会は活動方針を決めていた。

 いうなれば神の啓示だ。

 坂口はその神の力を借りようとしている。

 2メートルほどの灰色の化け物はゆっくりと話し始めた。


「……ソイツラのなかに、しののめトイウ女がイる」

「しののめ……?」


「その女コロセ。ころせ。殺せ。そうすればお前達を助けてやる」

「ありがとうございます。畏まりました」


 坂口は新たな啓示を受けて、部屋を出た。

 部屋を出てから数分後、館の玄関の方で大きな音が聞こえた。

 どうやら、玄関に築かれていたバリケードが破壊されたようだった。

 爆発音はしなかったが、警察はどうやってあのバリケードを崩したのだ?

 館の廊下を足早に歩きながらそんなことを考えた。


 その途中で、同じ幹部の宮野という男に出会った。


「さっき玄関の方から音が聞こえたが、どういう状況だ?」

「分からない。さっき一人を見に行かせたが、まだ帰ってこない」


 そう答える宮野の手には、以前暴力団から購入したアサルトライフルが握られていた。

「他に銃を装備しているのは誰だ?」

「朝倉と柴田は銃を持っている。二人は別の廊下を守っている」


「そうか。さっきパズズ様から要求があった」

「どんな?」


「これから突入してくる警察達の中に、しののめという女がいるらしい。そいつを殺せば僕達を助けると仰られた」

「しののめ?なんでそんな女を?」


「わからない。だがパズズ様がそれを望むなら、従うまでだ」

「……そうだな」


 その時だった。

 いきなり何発もの銃声が館に鳴り響いた。

 突然の轟音に、二人は音の方を向く。

「どうやら、もう警察が入ってきているみたいだ。迎え撃とう」

 坂口はそう言うと、廊下に面した部屋の一室に身を隠した。

 宮野も別の部屋に隠れて待機する。

 部屋のドアを開けて、少しだけ廊下に顔を出す。


 長い廊下の先には、黒い装備に身を包んだ男達が固まって歩いていた。

 彼等の持っている銃はこちらの持っている銃より高性能に見える。

 とても警察が装備するような物には見えなかった。

 何者なんだアイツら?

 そんな重武装の男達に囲まれている、一人の女性がちらりと見えた。


 パズズ様の仰っていた通りだ。

 この場に不釣り合いな女が一人いる。

 あれが、しののめという女だ。あいつを殺せば、僕達は助かる。

 銃で武装した男達は6人。その後ろには制服姿の軽装の男が3~4人か。

 しののめという女を殺すのは一苦労だろう。この狭い廊下で、銃を前にして僕達が取れる行動は多くない。


 だが、それがなんだというのだ。

 僕達には何一つ失う物などない。僕達が死んで、悲しんでくれる人など誰もいない。

 そういう人間が、一番怖いということを奴らに思い知らせてやる。

 坂口が部屋に隠れながらそんなことを考えていると、別の部屋から、ナイフを持った教会員が奇声を上げながら飛び出した。


 その直後、数発の銃声が鳴り響く。廊下を歩く男達は何の躊躇もなく、現れた教会員を撃ち殺した。

 銃声が鳴り止んですぐ、宮野がAK47アサルトライフルを撃ち始めた。2発目か3発目の弾丸が男の一人に当たった。

 仲間が撃たれ、男達は宮野がいる部屋目掛けて大量の弾丸を撃ち込んだ。

 あまりの集中射撃に驚いて、宮野は咄嗟に部屋に隠れた。


 男達がどんどん廊下を進んでくる。

 そうして、坂口がいる部屋を横切る。

 今だ!


 坂口はそう思い部屋を飛び出した。

 不意を突かれて、男達の動きが少し遅れる。

 坂口は手に持ったナイフを東雲に向けて、走った。

 時間がまるで止まったのかのような感覚を、坂口は感じた。

 周りの動き、自分の動きがとてもゆっくりに感じる。


 僕は何のために生きているのだろう。


 東雲に向かって走っている刹那の時間。坂口はそんなことを考えていた。

 他人を愛することもなければ、愛されることもない。

 何か没頭できる趣味もなければ、やりがいを感じることもない。


 本当は、両親のことを殺したくはなかった。

 だから、自分で拷問はせずにただ見ているだけだった。

 愛してほしかった。

 ただ、僕のことを見てほしかった。

 僕を見て!

 僕を見て!僕を見て!

 僕を見て!僕を見て!僕を見て!

 心の奥底でそう思いながら、生きてきた。

 

 東雲の身体はもう目の前だ。

 これだけ近づくことが出来れば、確実に殺せる。

 坂口がそう思った矢先だった。


「目標を視認。攻撃開始」


 東雲がそう呟いた。


 その途端、坂口は目の前が真っ暗になった。

 何が起きたのか、まったくわからなった。

 何処かから、声が聞こえた。


 赤ん坊の泣き声。


 徐々にその声が大きくなる。


 それと同時に、今度はお経が聞こえてくる。


 何人もの僧のお経と、赤ん坊の泣き声が頭を埋め尽くす。


 うるさい。黙れ。黙れ黙れ黙れ!!!


 いくら心でそう願っても、音は止まない。


 拍車をかけるように、今度は男性や女性の怒声や悲鳴声、奇声が聞こえてきた。


『ぎゃあぁあああああ!!!痛い!痛いぃいいい!!!!!』


『お前だけは、俺が殺してやる!!!』


『やめて!この子だけは殺さないで!この子だけは殺さないで!!!』


『あはははははは!!!あははははははははは!!!』


『嫌だ!死にたくない!死にたくない!死にたくない!!!』


『死ねぇ!死ねぇ!死ねぇ!死ねぇ!!!』




 黙れ。


 黙れ黙れ。


 黙れ黙れ黙れ。


 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ。


 もう聞きたくない。もう聞きたくない!


 そう思って耳を閉じたくても、手の感覚がない。


 いや、そもそも身体の感覚もない。


 身体?身体とは一体何だったか。


 手とは何だったか?


 耳とは何だったか?


 自分とは、一体何だったか?




『CP、こちらB小隊。b1からb4を制圧。1名負傷したが、作戦行動に支障なし。敵の中にAKを持った構成員が2名いた。他の小隊に共有を頼む』


『了解。伝えておく。B小隊はそのまま探索を継続しろ』




 気が付いたとき、坂口は、自分が床に倒れているということを理解した。

 身体からは大量の血が流れていた。

 どうやら、いつの間にか撃たれていたようだ。


 目の前に立っている東雲が、何かつぶやくのが聞こえた。


「……ふむ。意識を取り戻すのに9秒から10秒という所でしょうか。これならば、実戦で十分使えそうですね」


 そう言って、東雲達は廊下を進んで行った。


 いつの間にか、仲間は全員坂口と同じように床に倒れていた。


 絶命するまでの数秒。


 坂口の頭に浮かんだのは、誕生日ケーキを持った幼い自分と、微笑みながらそれを見る両親の姿だった。

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