【18】愚者

 神崎達が館に突入する数時間前、教会員が外を包囲している警察官達に気づいた頃。




 唐突に、坂口の部屋の扉を強く叩く音が聞こえた。

「何だ?」

 扉の向こうには、教団の幹部の一人が立っていた。かなり息を荒げている。

「大変だ!外に警察が……!」

「何だと?」


 坂口は男と共に、館の玄関へと向かった。

 窓越しに外へ目をやると、何台ものパトカーが館を包囲する形で停車していた。

「ここが警察にバレたのか?やはり生贄に捧げた男が一人逃げ出したせいか」

「どうするんだ!?もう館は囲まれてる!逃げ場はないぞ!?」

 男が焦っている中、坂口は内心喜んでいた。


 まさか、こんなに早くパズズ様が暴れる姿を見れるチャンスがやってくるとは!

 自分の部屋にあの手紙を置いたおかげだろうか?

 溢れそうな笑みを何とか押し殺して、坂口は男に指示を出す。


「僕は教祖様に報告してくる!お前はみんなにこのことを知らせて、入口にバリケードを築け。いざとなったら、パズズ様に暴れまわってもらおう」

「あ、あぁ、そうだな」

 坂口は男にそう告げると、教祖がいる『祈りの間』に向かった。


 部屋の前に着くと、坂口はノックもせずに扉を開けた。

 部屋の中では、悪魔の銅像の前で、教会の教祖である森田秀一が祈りを捧げていた。

「教祖様、大変です!館が警察に取り囲まれました!」

「何だと!?」

 それまで祈りを捧げていた森田が驚いた表情で振り返った。


「今、会員達にバリケードを作らせています。警察が突入してきたとしても、少しは時間が稼げると思います。こんな時のために、銃を買っていたのです。すぐに幹部達に装備させます」

「いや、……その必要は無い」


「そうですね。パズズ様のお力があれば、我々が手を貸す必要もないでしょう。ですが念のため……」

 坂口が言い終わる前に森田が言った。

「そうではない。坂口、もうやめよう。おとなしく警察に自首しよう」

「……はい?」


 坂口には、教祖の言っている言葉の意味が理解できなかった。

「銃を使う必要も、バリケードを組む必要もない。我々の野望はここまでだ」

「……何を、仰っているんですか?」


「私はもう、お前達にはついて行けない。初めはこんなことがしたくて教団を作ったんじゃないんだ。ただ、お互いの傷を慰めあえるような、集まりを作りたかっただけなんだ」

「…………」


「なのに、お前は……!お前達は、何の関係もない人達を何人も殺して、暴力団などと付き合うようになって!イカれている!もうお前達には付き合っていられない!私だけでも警察に自首する!」

「……つまり、教会を抜ける、ということですか」


「そうだ」

「なら、もう生かしておく必要はないか」


 坂口はそう言って、ホルスターに装着していた拳銃を森田に向けて発砲した。

 放たれた弾丸は森田の右太腿に着弾した。

 唐突に訪れた激痛に耐えきれず、森田はその場に倒れ込んだ。

 乾いた銃声が館に響く。

 銃声を聞いて、2人の会員が部屋に近づいてくる。


「遅かれ早かれ、こういう事にはなると思っていたが、手間が省けたな」

「ぐっ、うぅ……」


 森田は撃たれた足を押さえてうめき声をあげている。

「お前もパズズ様に捧げてやる。おい」

 坂口は、部屋に近づいてきた若い会員二人に命令をした。

「こいつをパズズ様のいる部屋に運べ」

「はっ、はい……」

 つい最近教会に入った二人には、教祖が撃たれているという今の状況がよくわからなかった。

 しかし、坂口に逆らえば殺されるということは、何となく分かっていた。

「やっ、やめてくれ……。何も迷惑はかけないから、解放してくれ……。死にたくない……」

「さて、お前はパズズ様を前にしてどんな反応をするのかな。楽しみだ」

 坂口はそう言って、森田を運ぶ会員の後ろをついて行った。


 館の奥にある大部屋に連れていかれた森田は、部屋に着くと、無造作に投げ入れられた。

 逃げられないように、坂口が扉を勢いよく閉める。


 腐臭が漂う大部屋の奥に、奴がいた。


 明かりの灯されていない暗い部屋の中で、『一つ目坊』と呼ばれる妖怪の灰色の肌がひと際目立っていた。

 妖怪を目にした森田は、一瞬思考が停止した。

 しかし、自身が置かれている状況を理解して、甲高い悲鳴を上げた。

 撃たれた足を引きずりながら、扉の前で森田は叫んだ。


「嫌だぁああああ!!!死にたくない!出して!!!出してぇえええええええ!!!」


 その叫び声が、『一つ目坊』を刺激した。

 森田の恐怖心に反応し、彼を襲う。

 扉の向こうで、ぐちゃり、という音が聞こえた。


 それっきり森田の声は聞こえなくなった。

 森田を運んできた若い教会員二人は、その音を聞いて何処かへ逃げて行った。

 一人になった坂口は、好奇心で顔を綻ばせながら扉を開く。


 先ほどまで、サタンの銅像に祈りを捧げていた男は、本物の悪魔に肉を裂かれていた。

『一つ目坊』は一心不乱に森田の肉を食べている。

 坂口は、その様子を、瞬きすら惜しんで凝視していた。

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