【16】突入前

 阿部の部屋での一件のあと、二日が経った。


 俺があの時撮影した写真には、家の前に停められていた車のナンバーがしっかりと撮られていて、すぐに白石さんに送った。

 Nシステムなどを使って、警察が車の行方を調べている。

 運が良ければ、犯人達のアジトの場所がわかるかもしれない。


 白石さんからの連絡を待っている間、俺は事務所で『妖怪リスト』なる物を高木から見せて貰い、望月君の証言に当てはまる特徴の妖怪をしらみつぶしに探していた。

『妖怪リスト』はインターネットで閲覧することが出来る。

 ただし、アドレスを直接入力しないと開かないサイトのようで、検索するだけでは絶対にたどり着くことが出来ないらしい。


 そのリストには、今までに怪異を引き起こした妖怪の名称、能力、写真、特徴などが簡潔に記されていた。

 まるで図書館で目当ての本を探しているかのような感覚を覚えた。

 丸二日間、その奇々怪々なサイトを調べていた。

 事件に関係していそうな妖怪は5体ほどいたが、すでに除霊されていると記されていた。


「俺が閲覧可能な範囲には多分問題の妖怪は載っていないだろうな。二日前に東雲さんに探すのを頼んだからそろそろ連絡がありそうなんだが」

 高木はそう言っていた。


 サイトを調べてから3日目の昼、俺と高木の携帯がほぼ同時に鳴り始めた。

 俺の電話は白石さんからの着信だった。


 遂に来たか……。


 俺はごくりと唾を飲んで、電話に出た。

「もしもし」

「お疲れ様です、白石です」


「車の追跡は出来ましたか?」

「はい、おかげさまで。車は群馬県の山奥にある館で停車しました」


「群馬県ですか……」

 何処にアジトがあるのかと思っていたが、まさかそんなところにあったとは……。

「それと、東雲さんが『記憶を読み取る妖怪』を手配してくださり、望月君の記憶から、誘拐先の建物の情報を引き出すことに成功しました。その建物の場所は、車が停車した館と同じです」


「ということは、その館が犯人達のアジトで間違いない、ということですね?」

「はい。それと、望月君の記憶情報から、アジトにいる妖怪が『一つ目坊』であることが判明しました。脅威度A⁺の危険な妖怪ということで、即応部隊が出動し、今日にも、館への突入作戦が行われます」


「え?」

 即応部隊?突入作戦?

 聞きなれない単語の羅列に、頭が混乱する。

 脅威度の話は以前に東雲さんから聞いていた。あの時の話を思い出してみる。


 確か、脅威度Aが国家の存続を脅かす程の危険性をもつ、と……。


 白石さんはさっき、脅威度A⁺と言ったか?

 つまり、犯人達のアジトには、国家の存続を揺るがすような危険な妖怪が潜伏しているという事か?


「それで、僕達は何をすれば……」

「東雲さんがそちらへ向かっているそうなので、詳しくは彼女から聞いてください。神崎さん。今回は、捜査にご協力いただきありがとうございます。次も、宜しくお願い致します。では、失礼します」


 白石さんはそう言って電話を切った。

 丁寧な振る舞いをする白石さんにしては、少しそっけない電話だった。

 それほどまでに、妖怪の情報に混乱しているのかもしれない。


 高木はまだ誰かと電話をしている。

 電話の相手は東雲さんだろうか?

 しばらくして、高木も通話を終えたようだった。携帯をしまう彼に話しかける。


「今の東雲さんか?」

「あぁ、そっちは?」


「白石さんからだった。犯人達のアジトが分かったらしい」

「そうらしいな……」


 そう言う高木の表情は暗かった。

「妖怪の脅威度がA⁺だって聞いたが……」

「まったく、よりにもよってとんでもない化け物が出てきやがった」


 高木が困ったように前髪をかきあげた。

「そんなにやばいのか?」

「やばい、なんてもんじゃない。今までに、何人もの霊能力者が奴に殺されているらしい。俺なんかが太刀打ちできる相手じゃない」


「これからどうなるんだ?」

「東雲さんがここに向かっている。東雲さんと俺が即応部隊と共に妖怪を除霊しに行く」


「俺は?」

「多分ここに残ると思うが、付いて行く気だよな?」


「当たり前だ。水谷を助けないといけない」

「……そうだよな」


 ひとまず俺達は外へ出るための服装に着替えた。

 高木は俺が初めて彼と会った時と同じ柄物のシャツを着ていた。

 これが彼の勝負服ということなのだろうか。


 電話があった20分後、事務所のチャイムが鳴った。

 玄関には東雲さんと男性が立っていた。

 男性の顔には見覚えがあった。俺と東雲さんが社の怪異を除霊しに行くときに、車の運転を行っていた人物だ。恐らく、彼も中村さん同様、公安の刑事なのだろう。


「高木君、準備は出来ていますね?早速移動しましょう」

「はい、それと神崎がついて行きたいと言っているんですがどうしますか?」


 東雲さんは俺の方をじっと見た。

「ダメです。危険すぎます」


「東雲さんお願いします。僕の知り合いが奴らに捕まっているんです。手遅れになってしまう前に助けないと」

「作戦に参加することは、神崎にとっていい経験になると思いますよ。遅かれ早かれ、妖怪とは向き合わないといけなくなりますから」


「……高木君の言っていることは一理ありますね。いいでしょう、同行を許可します。ただし、神崎さんは高木君と一緒に行動すること。単独行動は禁止。これが条件です」

「もちろんです」


「では、二人とも、早く車に乗ってください」


 一行を乗せた車はすぐに発進して、高速道路に入った。

 犯人達のアジトがある群馬県まで、車で直接向かうらしい。

 1時間ほどで着くとのことだった。


「状況を整理しておきます」

 東雲さんはそういうとメモ帳を取り出して内容を読み出した。


「犯人達のアジトである群馬県渋川市の館は、現在警察の方々によって包囲されています。警察の呼びかけに対して犯人達は沈黙。恐らく、自首するつもりはないのでしょうね」

 東雲さんはさらに続けた。


「館に潜伏している妖怪の名は『一つ目坊』。名前の由来でもある、顔についた大きな一つ目と、4本もある腕が特徴の妖怪です。この妖怪は、室町時代の中頃に初めて出現し、その後も戦国、江戸、大正時代に忽然と現れて何千人もの人々を殺害している危険な妖怪です」

「そんなに昔の時代から……」


「即応部隊は、4~6人構成の3小隊で編成されています。神崎さんと高木君はA小隊。私はB小隊に同行します。即応部隊の仕事は、妖怪以外の敵を掃討するのが仕事です。なので、犯人達の相手は彼らにまかせて、我々は妖怪の除霊に集中しましょう」

「その即応部隊っていうのは、どんな人達なのでしょうか?」


「簡単に言うと軍人です。警察のSAT、自衛隊のレンジャー等々、適性のある人間を引き抜いて組織された部隊です。彼らは全員銃で武装しているので、彼らの後ろにいれば犯人達に襲われる危険性はほぼないでしょう」

「作戦内容を聞かせてもらえますか?」

 高木が質問した。


「その前にこれを見てください。館の簡単な見取り図です」

 東雲さんはそう言うと2枚の紙を俺と高木に渡した。

 紙には、館の内部の構造が簡単に描かれていた。部屋の一つ一つにアルファベットと数字が割り振られている。


「作戦そのものはシンプルです。まず、館の玄関から続く3つの廊下を、各小隊が虱潰しに探索します。生存者を見つけた場合、小隊から二人、救出する係を選出して残りは引き続き探索。C小隊が妖怪と遭遇した場合は、速やかに私達がそちらへ向かわなければなりません。もし、高木君が妖怪と遭遇した場合は、私が到着するまで何とか時間を稼いでください」

「了解です」


「妖怪も危険ですが、アジトにいる犯人達も十分危険ですから、決して油断しないように」


 そして、とうとう現場である館の前に着いた。




 現場は物々しい雰囲気に包まれていた。

 何台ものパトカーが館の前に止まり、スピーカーを用いて警察官が自首するよう勧める呼びかけを繰り返し行っている。

 黄色い規制線の向こうには事件の臭いを嗅ぎつけた様々な報道機関の人々が館へカメラを向けていた。


「東雲さん、マスコミが来ているようですけど、大丈夫なんですか?」

 俺は彼らを指さしながら質問した。

「えぇ、大丈夫ですよ。この作戦が完了したら、大規模な記憶操作が行われますから。世間ではただの凶悪犯による誘拐事件として認知されます」

 東雲さんはそう言って歩き出した。俺達はその後をついて行く。


 彼女が歩いて行くその先に、真っ黒な装備に身を包んだ集団がいた。

 彼らが即応部隊なのだとすぐに理解することが出来た。

 なぜなら、彼らの手には物騒な銃が握られていたからだ。

 銃にはあまり詳しくないが、あれは多分アサルトライフルと呼ばれる、弾を連射できる銃だ。

 ガンアクション映画や戦争報道等で度々目にするような見た目の銃だった。

 あのような武器を持った人達が警察である訳がない。そう断言できるほど、彼らは周囲とは違った雰囲気を醸し出している。

 こちらに気づいた一人の男が敬礼して、東雲さんに話しかけた。


「お疲れ様です。突入準備は完了しています。いつでも作戦実施が可能です」

「ご苦労様です。すいませんが、調査員の一人に装備を貸してほしいのですが」


「了解です。どれくらいの物を?」

「拳銃で結構です」


「どなたですか?」

「彼です。神崎さんです」


 東雲さんはそう言うと俺の方を指さした。

 黒装備の男性がこちらへ来る。

「神崎さん、こちらへどうぞ」

 男性について行くと、彼は大型の車に乗り込んだ。しばらくして降りてくる。

 彼が持ってきたのは、防弾チョッキと拳銃が入ったホルスターだった。

 装着を促されたので着ることにした。

 防弾チョッキを羽織ると、ずしりと重い感触が上半身を包む。

 拳銃が入ったホルスターは腰に装着した。


 これで、自分の身は自分で守れと言うことなのだろうか。

 銃なんて撃ったことも、持ったこともないのに、いざという時に役に立つのだろうか。


 装備を整えて東雲さんの元へ戻る。

 すると、東雲さんが高木と話しているのが見えた。

 話を終えた二人がこちらに歩み寄る。


「神崎さん、心の準備はよろしいですか?」

「はい、大丈夫です」

「では行きましょう」


 特殊部隊を引き連れた俺達は、遂に館へと向かった。


 いよいよ、この時が来た。


 待っていてくれ水谷……。お前のことは必ず助け出して見せるからな……!

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