【15】教団にて

 案外、つまらないものだったな……。


 教会の拠点として利用されている群馬県の山奥に佇む館。

 その館の幹部用に用意された自室でコーヒーを飲みながら、坂口はそんなことを考えていた。


 彼はついさっきまで、拷問部屋で男女が痛みに苦しむ様を目の前で見ていた。

 拷問された男女とは、彼の両親だ。

 手紙を自宅に置きに行った際、父親と母親を誘拐した。

 彼が書いた手紙でも分かるように、坂口は両親のことを憎んでいた。

 恨みを晴らすため、誘拐して殺害することで最大限の苦しみを与えようと考えた。


 しかし、両親は恐らく坂口のことを恨んでいなかった。

 拷問されている時、二人は何度も何度も謝罪の言葉を呟いていた。坂口がこうなってしまったのは、自分たちのせいなのだと感じていたからなのかもしれない。

 そんな謝罪の言葉は、坂口の心には響かなかった。

 自分の親の肉が少しずつ削がれていく光景を、坂口は退屈そうに見ていた。


 期待していたような、復讐を成し遂げた時の快感は全くなかった。ただ、淡々と人間が殺されていく様を見ているだけだった。


 教会の中では珍しく、坂口は拷問に興味が無かった。

 彼は、圧倒的に優位な立場で暴力を振るうことに快楽を感じなかった。

 そう感じるようになったのは、妖怪が、一つ目の巨人が館に現れてからだった。


 人知を超えた生物が人間を貪り食う光景は、まさに圧巻だった。


 それを見てからというもの、坂口は、拷問をしている我々はあの方に比べたら、子供がおもちゃで遊んでいるようなものだ、と感じるようになった。


 不意に、ドアをノックする音が聞こえた。

 生返事を一つして、部屋へと招く。

 入ってきたのは中肉の男性だった。彼は坂口と同じ幹部の一人で、宮野という。

「島田さんが着いたぞ」

「わかった。すぐに行く」

 島田というのは、暴力団に所属している組員だ。西城会という名の組名で、主に関東圏で活動している。


 数年前から、坂口達の教会は西城会と取引をしている。

 教会が、誘拐、監禁、死体処理等の汚れ仕事を引き受け西城会から資金を得ている。

 島田が仕事の請負を担当しており、今日もそれが理由で来ていた。

 館の玄関に黒いワゴン車が止まっている。運転席に島田が立っていた。


「島田さん。お疲れ様です」

「おう、お疲れさん。後ろの座席にこの前話した奴が一人乗ってるから。好きにしていいぞ」

「分かりました。すぐに運びます」


 坂口はそう言うと館から2人の男を呼び、ワゴン車から中年の男を運び出させた。

 中年の男の名前はわからない。年齢は見た所40は超えているだろう。

 違法賭博で負けに負け、大量の負債を抱えて夜逃げ。しかし、西城会に行方を追われて、運悪く捕まった。

 逃げられては組として示しがつかないため、見せしめに殺されるらしい。

 ただ、借金まみれの男を殺して警察に捕まるリスクを冒すのも馬鹿馬鹿しいため、教会に仕事が回ってきた。


「それでこっちが、前から頼まれてた銃の現物だ」

 島田はそう言うと、ワゴン車の奥から大きな木箱を出してきた。

 おが屑とビニールで梱包されている箱の中から出てきたのは、旧ソ連時代に大量に生産された自動小銃だった。

「ロシアマフィアと交渉するのは、なかなか大変だったぞ。中古のAKが2本と、それの弾が200発。それとマカロフ拳銃が6丁。弾は100発」

「どうもありがとうございます」

「こんなもん手に入れて戦争でも始める気か?」

「ちゃんと武器は持っていた方がいいでしょう?僕らみたいなもんは」

「そりゃあそうだ。ところで、お前ら一体どうやって死体処理をしているんだ?同業のよしみで教えてほしいもんだね」

 島田がそう聞いて、坂口は口を閉じた。それまで浮かべていた笑みが消える。

「知らない方がいいです」


 もし、あの悪魔のことを話したら、彼はどんな反応をするのだろうと坂口は思った。

 思うだけで、話す気はなかった。

「それじゃあ、また仕事があったら連絡する」

 坂口の雰囲気を察したのか、島田はそそくさと帰って行った。


 島田が持ってきた銃を倉庫にしまうと、坂口は教祖に報告するため、悪魔の銅像が飾られている『祈りの間』と呼ばれる部屋に向かった。

 ここ最近、教祖はその部屋で祈り続けていることが多い。

 一つ目の化け物が館に現れて以来、坂口の教祖に対する信頼は失われつつある。

 本物の悪魔が現れているのに、教祖が語る悪魔の考えなど、戯言にしか聞こえなかった。


『祈りの間』へと着いた坂口は、扉をノックしてから入室する。

「失礼します」

『祈りの間』には部屋の奥の中央に悪魔像が置かれ、その目の前に長椅子が4つだけ設置されている。

 まるでキリスト教の教会のようだった。祀られているのは悪魔だが。

 像に最も近い椅子に、教祖は座っていた。


「……どうかしたのか?」

 坂口の存在に気が付いた教祖は呟くように言った。

「西城会から新しい仕事を引き受けました。一通り拷問した後、パズズ様へ捧げる予定です。それと、以前から依頼していた銃が8丁手に入りました。すでに倉庫で保管されています」

「そうか……」

「それともう一つ、今後の我々の方針についてご相談したいのですが」


「今後?」

「パズズ様は人知を超えた力をお持ちです。それを利用すれば、我々はもっと大きな組織になることができます」


「……お前は一体何をしようとしているのだ」

「今はパズズ様をコントロールする術を模索中です。もっと大量の生贄を献上することを条件に、契約を行う、とパズズ様は仰られました。ですので、近々西城会と敵対関係にある暴力団を襲撃する予定です。資金と構成員が十分に集まった段階で、西城会も潰して……」


「もういい。それ以上は言わなくていい。下がれ」

「……しかし」


「下がれと言っている!私は祈りに集中したいのだ」

「……失礼いたしました」


 偽物の神に祈って何になるというのだ?

 坂口はそう思いながら、部屋を出た。


『祈りの間』を後にした坂口は、倉庫から拳銃と数発の弾を取り出すと、自室へと向かった。

 部屋のソファーに腰を掛けて、持ってきた拳銃の状態を確認する。

 早くあの方の暴れる姿が見たい。


 マガジンに弾を装填しながら、坂口はそんなことを考えていた。

 坂口が今一番望んでいること、それはあの一つ目の化け物が暴れまわる姿を見ることだった。

 暴力団組織を襲撃する計画を立てたのもそのためだ。

 組織を大きくするためというのは建前で、ただ化け物が人間を蹂躙する様が見たいだけなのだ。

 あの化け物にはそれが出来る。

 証拠がないが、坂口はそう確信していた。


 教祖は恐らくあの方のことを恐れているだろう。


 なぜなら、恐怖心を抱かなければ襲われないということが分かっているのにも関わらず、教祖はパズズ様に会おうとしない。

 もし会えば殺されるのが分かっているから、会えないのだ。


 そんなに死ぬのが怖いのか?


 拳銃にマガジンを挿入しながら、坂口は思った。


 坂口は死に場所を探していた。

 どうせ死ぬのなら、後生に名を残すような人物になって死にたい。

 この教会で活動しているのもそれが理由だ。

 パズズ様を崇拝していた異端者。凶悪犯罪者として歴史に名が残る。


 もし、教祖が僕の計画の邪魔をしようとしたら、その時は彼をパズズ様に捧げよう。

 さぞ面白い奇声を上げることだろう。


 誰もいない部屋の中で、坂口のくぐもった笑いが響いていた。

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