【14】接触

 白石さんからの電話を受けて、俺は水谷の家に向かった。


 水谷が行方不明になったと聞いたとき、なぜそんなことになってしまったのか理解することが出来なかった。

 行方不明事件が起きているのだから、誰でもその被害者になる可能性はある。だが、なぜよりにもよって俺の知り合いが、水谷が被害者になってしまうんだ?しかも、人間ではない化け物が関わっているかもしれない事件に。


 考えても答えは出なかった。何か行動しなければと思い、俺はとりあえず水谷の自宅へ走って向かっている。

 20分ほど走って、彼女の部屋があるアパートに到着した。

 息を切らしながら階段を上り、水谷の部屋の前に着く。しかし、ドアには鍵が掛かっていて部屋に入ることが出来ない。


 よく考えれば当たり前の話だった。いくら天然気質な水谷とはいえ、家の施錠くらいするだろう。

 もしかしたら、犯人が水谷の部屋に侵入しているかもしれないと思い、足を運んでみたものの、当てが外れた。


 まずは落ち着こう。冷静になって物事を考えるんだ。

 荒ぶる呼吸を整えながら、俺は水谷を襲った犯人について考えることにした。


 なぜ、水谷は誘拐されてしまったのか?可能性は二つ。一つ目は、犯人が適当に目をつけて襲った相手がたまたま水谷だった可能性。一人きりの女性が犯人に目を付けられる可能性は高いが、その場合、犯人が誰なのか予想するのは難しい。証拠が少なすぎる。

 二つ目は、犯人が水谷のことを知っていて、誘拐した可能性。この可能性も十分ある。坂口は、自身が所属しているサークルのメンバーを標的にした。水谷を襲った犯人も同じ手法を用いた可能性は大いに考えられる。その場合、犯人は水谷の知り合いの中から予想できる。


 俺は、以前水谷と居酒屋に行った時に聞いた、彼女の交友関係を思い出すことにした。

 とはいっても、彼女から聞かされた話は、どれも女友達の話ばかりだった。犯人が女性の場合もあるだろうが、水谷の話を聞く限り、凶悪犯になりそうな人物は思い浮かばなかった。


 ……いや、待てよ。そういえば、水谷を誘拐しそうな人物が一人いた。


 アイツだ。水谷にストーカー行為を働いていた元恋人の男。

 名前は確か、阿部正憲あべまさのり

 彼ならば誘拐を行う動機がある。自分がしたストーカー行為を探偵に相談され、滅茶苦茶にされた。

 つまるところ、逆恨みだ。


 問題なのは、阿部が果たして今回の行方不明事件を起こした犯人達と繋がりがあるか不明な所だ。

 はっきり言って、彼に残酷な犯罪ができるほどの度胸があるとは思えなかった。

 ストーカー行為の証拠を握られて、高木に泣きながら謝るような男だ。そんな男に、誘拐などという犯罪を起こす度胸があるのだろうか?

 いや、もしかしたら犯行自体は他のメンバーが行い、彼は水谷の情報を売っただけかもしれない。

 とりあえず、阿部の家に向かおう。俺はそう思い再び走り出した。

 彼の家は水谷の部屋からさほど遠くはない。20分ほど走れば到着する距離だ。


 これは賭けだ……。


 もしかしたら、阿部はまだ自宅を出入りしているかもしれない。

 水谷が行方不明だと判明したのは昨日。事件の被害者だと予測されたのは今日。

 実際の犯行は一昨日か二日前に行われた可能性がある。

 もし阿部が犯人ならば、なんらかの証拠隠滅を図るために自宅を訪れているかもしれない。

 坂口がそうしたように……。

 だから、奴の自宅の前で張り込みを行えば、阿部と出会えるかもしれない。


 もちろん、何の確証もない。だが、他に俺ができることは無い。

 もし、俺があの時、水谷の自宅に残っていればこんなことにはならなかったかもしれない。

 そんな予感が頭をよぎった。


 それを払拭しようと、俺は一心不乱に走ることに努めた。


 走り続けて20分後、阿部の自宅の前に到着した。少し年季の入った小さなアパートの一室が彼の自宅だ。

 アパートの前には、白い大きなボックスカーが駐車してあった。運転席に人はいない。

 後部座席の窓には遮光カーテンが引かれていて、中の様子を見ることができない。

 アパートに目をやると、阿部の部屋のドアが開いていた。


 まさか、どんぴしゃりかよ……!


 無謀な賭けだと思っていた。阿部が犯人だという確証もなければ、事件に関わっているかもわからない。

 まして、本人に会うことが出来るとは思っていなかった。藁にもすがる思いでここへ来たからだ。

 この時ばかりは、神様に感謝するしかなかった。

 しかし、まだ喜べない。水谷の居場所を奴から聞き出すまでは。


 俺は、出来るだけ足音を消してアパートの階段を上り、阿部の部屋、201号室を目指した。

 その途中、もしかしたら、家の前に停めてある車は阿部の車かもしれないと思い、部屋に向かうとき、さりげなくスマートフォンで車のナンバーの写真を撮った。

 ドアの前まで来て、阿部の部屋で騒がしい音が聞こえた。何か探し物を探しているような音だった。


 俺は玄関から部屋の様子を窺う。


 いた……!


 阿部正憲が何かを探して動き回っているのを目にした。

「ない……!ない……!あぁもうどこにあるんだよ!」

 阿部はそう呟きながら散乱した部屋を物色している。一体何を探しているんだ?

「おい」


 俺が阿部に声をかける。

 阿部は不意を突かれて、驚きながらこちらを見る。

「玄関を開けたまま探し物とは、随分と不用心だな?」

「何勝手に入っているんだあんた!……見覚えがあるぞ。水谷が雇った探偵だな?」

「その節はどうも」

「いっ、一体何の用だ……!」

「水谷杏奈が行方不明になってしまったんだ。何か知らないか?」

 俺のその質問に、阿部はあからさまに動揺した。


「しっ、知らない」


「とぼけるな!!!」


 ひっ、と小さく彼が反応した。


「連続行方不明事件を引き起こしているグループに協力しているだろう?お前達の存在は警察が調べている。もう捕まるのも時間の問題だぞ」

「警察?」

 阿部はそう言うと、引きつった笑みを見せた。

「もう遅いよ……。今更警察が彼らを止めることはできない。アレは警察がどうこうできる代物じゃない」

「アレ……?それは、一つ目の化け物の事か?」

「水谷が、杏奈が被害者になったのはあんたのせいだ……。あんた達が僕の邪魔をしなければ、こんなことにはならなかったんだ」

「何だと……!」


 こみ上げてくる怒りを抑えきれず、俺は阿部の襟元を掴み上げた。

「どうして彼女を巻き込むんだ!そんなに彼女のことが好きなら、彼女に認められるように自分を磨けばいいだろう!?なんで彼女が嫌がるようなことばかりするんだ?」

「それが出来ないからこんなことやっているんだろう!?あんたには、僕みたいな人間の気持ちは理解できないよ」

「何だと?この!?」

 俺が阿部を殴ろうとした、その時。


 後頭部に鋭い痛みが走った。


 全身から力が抜けてその場に倒れ込む。

 どうやら、何者かに後ろから殴られたようだ。

 激しい痛みが頭に残る。

 消え入りそうな意識を必死でつなぎとめる。

「何しているんだ?探し物は見つかったか?」

 俺のことを殴った男が阿部に問いかけている。その右手には鉄パイプが握られていた。

「いや、ダメだ……。見つからない」

「もう時間だ。アジトに戻るぞ。こいつは誰だ?」


 阿部は少し沈黙してから答えた。

「……隣の部屋の人だ。僕が部屋を探す音がうるさくて文句を言いに来た。それで、喧嘩になってたんだ」

「お前のことを知っているのか?警察に聞かれて困るような人物なら連れて行って処分するが?」

「いや、その必要は無いよ。ほとんど他人だ」

「そうか。なら早く車に乗れ」

 男はそう言うとそそくさと部屋から出て行った。

 阿部も彼に続いて部屋を出ようとする。


 俺は何とか力を振り絞って阿部の足を掴んだ。

「……た……のむ……。水谷を……解放してやってくれ!彼女を……助けてくれ……」

 阿部はしばらく俯いて黙った。そして俺の手を振り払って家から出て行った。

 俺はそのまま意識を失った。




 再び目が覚めた時、部屋の窓から月明かりが差し込むのが見えた。

 慌てて腕時計を確認する。男に襲われて気を失ってから3時間ほどが経過していた。

 阿部の部屋の中には俺しかいなかった。

 痛みが残る後頭部を押さえながら、俺は携帯電話を取り出した。

 すぐに高木に電話をかける。


 3コールほどして繋がった。

「もしもし、お前今どこにいるんだ?」

 高木は俺にそう聞いてきた。

「高木!水谷を誘拐した犯人が分かった!あいつだ!水谷の元カレの阿部だ!」

「何だと?何でそんなことがわかった?」

「水谷を標的にするなんてアイツしかいないと思って、阿部の家に向かったんだ。そしたら、アイツがちょうど家に戻って来ていたんだ。そこで捕まえようとしたが逃げられた。でも、車のナンバーは写真に撮ったから後は追える!」

「わかったわかった。まずは落ち着け。もう一度聞くが、お前今どこにいるんだ」

「まだ阿部の家の中にいる」

「わかった、今から迎えに行ってやる。詳しい話は後で聞かせてくれ。全く勝手に動きやがって」

 高木はそう言うとぶつりと電話を切った。


 俺は電話の後、高木が迎えに来るまで、ぐちゃぐちゃに散らかった阿部の部屋を調べることにした。

 30分ほど調べてみたが、特に証拠になりそうなものは見つからなかった。

 高木の車が家の前に着いたので、部屋から出ることにした。

 玄関には鍵が掛かっていた。どうやら、阿部が掛けたようだ。

 阿部はなぜ、俺のことを仲間に言わなかったのだろう。

 もしかして、彼は水谷が被害者になってしまったことに罪悪感を感じているのかもしれない。

 もしそうだとすると、俺の言葉通り、水谷を解放してくれるかもしれない。


 そんな淡い期待をしながら、俺は阿部の部屋を後にした。

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