【10】坂口広樹の調査

 和泉まこの調査を終えた俺達は、そのまま他の大学生達の家を訪問した。

 次に調査しに訪れたのは、飯田美樹の自宅だ。

 協力者が誰なのか分からないため、家が近い方から調べることにした。


 結論から言うと、飯田美樹の部屋からも、怪しい証拠品は何一つ出てこなかった。

 部屋に飾ってあった写真に、女友達3人で映っている写真があった。

 捜査資料の顔写真と見比べて、それが和泉まこ、飯田美樹、藤原千里の3人だというのはすぐに分かった。


 こんな仲睦まじい3人が、どうして殺されなければならないんだ……。


 その写真を見て、言いようのない怒りがこみ上げてきた。

 和泉まこ、飯田美樹が殺されているかどうかは不明だが、生きている望みは薄いように思えた。

 そう感じるほど、望月君の証言は衝撃的なものだったからだ。

 飯田美樹の家族に挨拶をして、家を後にした俺と高木は、坂口広樹の自宅へ向かった。


 先ほどまでの調査と、望月君の証言を鑑みるに、現状で一番協力者だと疑えるのは坂口広樹だった。

 警察が用意した捜査資料に載っている彼の顔写真は、犯罪とは無縁な優しそうな青年だった。

 こんな顔の学生が、誘拐事件を引き起こした犯人達と繋がっているとは、にわかに信じられない。

 だがそれも、もうすぐわかることだろう。


「着いたぞ。ここだ」


 高木が坂口の自宅の前に車を停める。

 そこは、閑静な住宅街にある、大きめな一軒家だった。

 それなりの広さの庭があり、しっかりと手入れが施された芝生が生えている。

 どうやら坂口広樹は、かなり裕福な家庭の子供のようだった。


 車から降りた俺と高木は、家の玄関へと向かう。

 その途中で、ある異変に気付く。


「高木、あの跡……」


 俺は、庭に生えている芝生を指さした。

 芝生の上に何人かの靴の足跡がくっきりと残っていた。

 よく手入れがされているからこそ、その足跡がひときわ目立って見える。

 どう考えても、この家の住人の足跡ではなかった。あのような足跡をつけることはこの家の住人は許さないだろう。それは、掃除がよく施されている庭の様子から容易に察することが出来た。


「結構はっきり残っているな。だとすると、足跡はつい最近付けられた物か」


 高木は不自然な足跡を見ながら言った。

「誰の足跡だろう?警察か?」

「さすがにあんな失礼なことはしないだろう。ちゃんと芝生を避けて歩くための道はあるんだし」

「じゃあいったい誰が……?」

「それも、坂口家の家族に聞いてみればいいじゃないか」

 高木はそう言って、玄関の前へと向かって行った。俺も後をついて行く。


 玄関に着くと、高木はインターホンを押した。

 …………。

 いくら待っても、反応がない。もう一度、ベルを鳴らす。

 しかし、返事が返ってくることは無かった。

 留守だろうか。

 俺がそう考えていると、高木が玄関の扉を開こうと手すりを引っ張った。

 扉は施錠されていないようで、簡単に開いた。

 探偵としての性分なのか、高木は臆することなく家に入っていく。

「おっ、おい!」

 そんな高木の後姿を、俺は慌てて追う。


 家の中にも、芝生に付いていたものと似た靴の足跡がいくつか残っていた。

 どうやら、誰かがこの家に侵入したようだ。

 家の中にある家具が散乱している。初めは強盗が入ったのかと思ったが、多分違う。

 なぜなら、リビングに住人の財布が置いてあったからだ。

 中身を確認してみたが、現金は盗まれていなかった。クレジットカードや銀行のカードにも手は付けられていない。


 何か奇妙な雰囲気が漂っていた。


 家の中をいくら探しても、人の姿が見えないのだ。

 行方不明事件の被害者の自宅へ聞き込みへ来たら、被害者の家族までもが消えている。

 もはや疑うまでもない。


 坂口広樹は、家族までも犯人達に売ってしまったということだ。


「警察は、事件の被害者の家族に聞き込みをしたって言ってたよな?」

 俺は高木に問いかける。

「あぁ。もちろん警察は、坂口家にも聞き込みに訪れているはずだ。その時はこんな様子ではなかっただろうし、侵入者がこの家に来たのは、ほんの数日前ってことだな」


 家具が散乱している1階を調べ終わった俺達は、2階へと上がった。

 2階にある部屋を一つ一つ調べていくと、大学生の自室らしい部屋を見つけた。

 デスクトップ型のPCと数冊の本が置かれているだけのシンプルな机の上に、茶色の封筒がぽつんと置いてあった。


 その封筒には、何も書かれていなかった。


 高木は、ポケットからビニール手袋を取り出すと、それを両手に装着して、封筒の中身を調べた。

 封筒から出てきたのは、何枚かの紙の束だった。どうやら手紙のようだ。


 夕日が差し込む部屋の中で、俺と高木はその手紙を読み始めた。

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