【08】日常の終わり

神崎と飲みに行った日から数日後、水谷杏奈はショッピングモールで一人、買い物をしていた。


あーあ、先輩に色仕掛けは通用しないかぁ。


店内で洋服を物色しながら、水谷は神崎との部屋でのやり取りを思い出していた。

にしても、あの状況で手を出してこないなんて、先輩相当な奥手だなぁ……。

今まであの手のやり方で失敗したことなかったのに。

もしかして、先輩にとって、私って眼中にないのかな……。

そういえばあの時、先輩謝って出て行ったけどあれどういう意味なんだろう?


「何かお探しですか?」

不意に、店員が話しかけてきた。

「え?あ、いえいえ大丈夫です!何となく見てただけなので」

そう言って水谷はさりげなくその場から離れて行った。


それからいくつかの店を練り歩き、冬に着る洋服を3着ほど買って帰路に就いた。

電車を乗り継いで最寄りの駅に着いた時、外は夕方になっていた。


水谷は自宅へ歩いて帰る間も、神崎のことを考えていた。

この前は失敗したけど、まだあきらめるつもりはない。

あそこまで奥手なら、逆に直接告白したら付き合える?

先輩みたいなタイプの男の人ならあり得るかも。


歩いていると、道の脇に白いワゴン車が止まっていることに気づく。

随分大きな車だなと彼女は思った。

車内に目をやるが、カーテンが引かれているため車内の様子は見ることが出来なかった。

車を少し不審に思い、距離を取ろうとする。


その時、車のドアが勢いよく開いた。


中から、覆面姿の男が二人出てきて、こちらに向かって走ってきた。

その突然の行動に、水谷は反応することが出来なかった。

その場で狼狽してしまい、男達の接近を許してしまう。

覆面男は水谷の両腕を掴んで拘束してきた。


そして、もう一人の男がハンカチを彼女の口元に強引にねじ込んできた。

ハンカチに沁み込んだ液体を嗅いでしまい、意識が遠のく。

水谷はあっという間に捕まってしまい、車の中へ担がれていった。


次に水谷が目を覚ました時、目の前が真っ暗だった。

どうやら布か何かで目を覆われているようだった。


ここは一体何処だろう……?


そう思って身体を動かそうとする。しかし、動かない。

彼女は椅子に座らされ、両手と両足を器具で固定されていた。

口にも何かの器具が装着されていて言葉を発することが出来ない。うめき声を出すことしか出来なかった。

その現状を認識して、水谷は心の底から恐怖した。

人生で最も怖いと言っても過言ではない。


私誘拐されたの?犯人はあの車に乗ってた人達?

目的は何?お金?

この拘束は何?どうして足まで拘束しているの?私はこれから何をされるの!?

殺される……???

様々な考えが頭を巡った。そうして考えた末の一つの結論が彼女をひどく混乱させた。

両手と両足をでたらめに動かして、拘束具を外そうとする。しかし、聞こえるのは控えめな金属音のみだった。

それが一層、彼女を恐怖へ駆り立てた。


そうやって、暴れている内に部屋の扉が開いた。

二人の人間の足音が聞こえた。

「こいつは俺の好きにしていいんだよな?」

男の声がする。声から察するにやや太った体格の男性が想像できた。話しながら興奮を抑えられないようで、吐息が混じって聞こえる。彼が水谷に何をしようとしているのかは想像に難くない。

「あぁ、ご自由にどうぞ。でも殺すのは無しだ。こいつも『パズズ』様の生贄にするからな」

もう一人の男の声は若かった。20代前半だろうか。先ほどの男と比べてどこか落ち着いていた。


しかし、話している内容は意味が不明だった。

パズズ?誰?こいつ等のリーダー的な人……?

生贄?生贄ってなに!?

その会話を聞いて、水谷は必死で声を荒げた。しかし、うめき声を出すことしか出来ず、とても会話などできなかった。

「じゃあ、後はどうぞ。くれぐれも殺すんじゃないぞ!いいな?」

「分かっているよ」

若い声の男性はそう言うと部屋を出て行った。


部屋には、水谷と息を荒げた男しかいない。

男が水谷に何をしようとしているか、彼女は直感的に理解した。

そして、自分がなぜこんな厳重に拘束されているのか、察しがついた。

男は、水谷を拷問する気なのだ。そして、強姦する気だ。

カチャカチャと、ズボンのベルトを緩める音が聞こえた。


嫌……!

いや!いや!いや!

死にたくない!死にたくない!死にたくない!

助けて!先輩!


そんな彼女の悲痛な叫びは、誰にも届くことは無かった。

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