【08】調査開始
事務所を出た俺と高木は、被害者の家族に聞き取りを行うため、車で一軒一軒回ることにした。
車は高木が所有している物を使用した。探偵の仕事でも、お祓いの仕事でも車を使用することは少なくないようだ。
「まず誰の所から行くんだ?」
俺は、助手席で捜査資料を見ながら高木に聞いた。望月君は精神が不安定で怪我をしていることもあって家族が付きっきりで看病していると聞いているので、彼の家には行っても無駄だろう。
「どこからでもいいよ。誰の家が一番近い?」
「……ここからだと和泉まこさんの家が一番近いかな」
「オッケー。じゃあまずはそこからだ。住所は?」
俺は捜査資料に書かれていた住所を読み上げた。
高木がそれを聞いて車を発進させる。
「なぁ、どうして犯人は望月達が廃病院に来ることを知っていたんだと思う?」
高木が運転しながらそう質問してきた。
まだ会ったこともない被害者の名前を呼び捨てにして。
「はぁ?」
「だってそうだろう?廃病院で偶然出会ったから大学生を誘拐したとは考えにくい。望月達は6人で行動していたそうじゃないか。それなりに計画を立てて誘拐しないと、逃げられてしまう可能性があるんじゃないか?」
「確かにそうだな。……あの廃病院は心霊スポットとして有名らしいし、犯人はそこを訪れた人を手当たり次第に攫っていた、とか?心霊スポットなら人の目を気にせず行動できそうだし」
「もしそうならこの事件が起きる前からあの廃病院で誘拐事件が起きているって警察にバレるんじゃないか?あの廃病院で事件が起きたのは今回が初めてらしいし。まさか、その犯行の第1回目が今回の事件とかいうつもりじゃないよな?」
「可能性はゼロじゃないだろ?もしそうじゃないなら、……被害者の中に、犯人と裏で結託していた人物がいたとか?」
「俺はそうなんじゃないかと思っている」
「でも。被害者で見つかっているのは望月君だけだ。ほかの学生は行方不明のままだぞ?」
「別に行方不明だからみんな殺されているってわけじゃないだろ?」
「……そうか、犯人と協力していた人物は、学生達を誘拐した後、仲間と合流して雲隠れしているわけか」
「そういうこと。ボイスレコーダーの内容からして、鈴木健一と藤原千里の二人は協力者だとは考えにくい。……二人とも恐らく殺されているからな」
俺は持っていた捜査資料に目を落とした。
「そうなると考えられるのは、坂口広樹、和泉まこ、飯田美樹の3人だな」
「犯人達の情報が全くないから推測しようがないな。自宅に証拠になりそうなものが見つかれば楽なんだが」
「しかし、あのボイスレコーダーに録音されていた望月君の証言……、どこまで本当なんだろうな」
「多分、ほとんど本当だよ」
「なんでそう言い切れるんだ?お前も聞いてただろう?あの錯乱具合だぞ」
「化け物が口にした苗字、田代と竜崎って言っていただろう?」
「あぁ、そういえばそんなこと言っていたような。それが?」
「同じ苗字の奴が霊能力者の中にいるんだよ」
「何だって……?」
「田代正義たしろまさよし。この日本で一番多くの妖怪を使役している霊能力者。その次が竜崎詩織りゅうざきしおり。二人ともこの国で一二を争う実力者だ。その二人の苗字を、事情を何も知らない被害者が偶然口に出すと思うか?」
「じゃあ望月君達は本当に妖怪に襲われて……」
「そう考えれば、あの錯乱も少しは理解できるだろう?」
そう言われて、俺は頷くことしか出来なかった。
その後、30分程度車を走らせて和泉さんの家に到着した。
家の前に車を止め、俺と高木は玄関へと向かった。
俺がチャイムを押す。
すると、インターホンに付随するスピーカーから女性の声が聞こえた。
「どちら様でしょうか?」
「初めまして、探偵事務所の者です。お宅の娘さんの消息を調査してほしいと依頼があり、お伺いさせていただきました。よろしければ、少しお時間をいただけないでしょうか?」
俺は怪しまれないよう丁寧な言葉遣いにするよう努めた。
探偵事務所というのは、あまり世間に認められた仕事じゃないからな。変な態度をとると突き返されかねない。
そういえば、俺が初めて高木と会った時も、こうして神社の神主の家を訪問したな。インターホン越しに女性と会話したことであの日のことが思い返される。
そんなことを考えていたら、女性が俺の質問に答えた。
「探偵の方……?失礼ですがお名前を聞かせてもらえませんか?」
「高木探偵事務所の神崎と高木です」
「……すいません。家が依頼した探偵さんではないと思うのですが、どなたから依頼されたのでしょうか?」
俺は返答に困り高木の方を見た。この女性に話してもいいのだろうか。警察から依頼されたこと、事件に妖怪が関わっているかもしれないこと。
高木は首を横に振った。どうやらダメみたいだ。
「すいません。守秘義務がありますので、依頼主を第三者に話すわけにはいかないのです」
「……そうですか。でも、娘の消息を調べていらっしゃるんですよね?」
「はい、そうです」
「それでしたら、どうぞ入ってください。……今は猫の手も借りたいくらいなので」
それで会話は終わる。しばらくして、玄関の扉が開いた。
玄関に立っていたのは、痩せた40代くらいの女性だった。
俺と高木は、彼女にリビングへと案内された。
リビングの家具は非常にシンプルで、少し高そうなソファーが2つテーブルを挟むように置いてあった。うちの事務所と同じレイアウトなのに、こちらの方が清潔感がある。何だろうこの差は……。
「すいません、今お茶をお出しするので……」
「いえいえ、結構です。あまり長居はしないので」
高木はそう言って彼女を対面のソファーへと座らせた。
「警察の人から事情聴取は受けましたか?」
高木は彼女がソファーに座るとすぐに話し始めた。
「えぇ。娘がいなくなった前の行動とか、私たち家族が何をしていたとか、トラブルに巻き込まれる心当たりはないか、色々聞かれました」
「そうですか。娘さんが行方不明になった件ですが、恐らく何か事件に巻き込まれたものだと思われます。警察もそう考えていると思います。そこで、我々からも同じことを聞きたいんですが、娘さんが何か危険な人物ないし怪しい集団に狙われていたとか、犯人の心当たりはありませんか?」
「警察にも話しましたが、そういった心当たりはありません。娘は根は真面目な子ですから、ガラの悪い人達との付き合いも、怪しい組織みたいなものとの交流はありませんでした」
「娘さんが同じサークルの学生達と埼玉県日高市の廃病院へ肝試しへ行っていたことはご存じですか?」
俺は和泉まこさんが行方不明になる直前の、彼女の行動について聞いてみた。
「えぇ、知っています。あまり行かせたくはありませんでしたが、娘も大学生だし、いちいち口出しするのも煙たがられるだろうと思って何も言いませんでした。今思えば、あそこで行くのを止めさせておけば、こんなことにはならずに済んだのにと後悔しています……」
「お気持ちお察しします……」
「ご家族は娘さんとお母さんの二人だけですか?」
高木がふとそんなことを聞く。
「いえ、夫がいます。今は駅で、娘の顔写真が載ったビラを配っています。本当は私もやりたいのですが、もし娘が家に帰って来た時に誰かが家で迎えてあげないといけないって」
「なるほど……。よろしければ娘さんの部屋を見せていただけますか?」
「部屋をですか……?」
「えぇ、何か事件の手がかりになる情報があるかもしれないので」
高木は恐らく和泉まこのことを犯人に情報を流した協力者だと疑っているのだろう。だからさりげなく部屋の中を見て証拠を探す気なのだ。
しかし、疑うのは彼女だけじゃない。坂口広樹、飯田美樹も同様に疑わなければいけない。
「構いませんが、あまりにプライベートな物はちょっと……」
「見せられる範囲で問題ありません」
「娘の部屋は2階ですので、付いてきてください」
彼女はそう言って立ち上がった。
俺達は階段を上り2階へと上がり、和泉まこの部屋に入る。
彼女の部屋もまた、親に影響されたのか清潔感のある部屋だった。あまり女性の部屋に入ったことはないが、それでもきれいな部類だと思う。
水谷の部屋はもう少し散らかっていたな……。
あの日飲んでから、水谷とはまだ連絡を取っていない。
水谷の部屋であんなことがあって、連絡をするのが気まずかった。
彼女から連絡がないと、彼女と会うきっかけが生まれない。
もしそうだと、もう金輪際会うことが出来ないかもしれない。
二度と会えなくなるというのは大袈裟だが、疎遠になってしまうと考えると少し寂しく思う。
では、俺はなぜあの時水谷の誘いに乗らなかったのだろう。
俺は彼女のことをどう思っているのだろう。
そんな考えを払拭したくて、俺は和泉まこの部屋を熱心に調べた。
だが、犯人達を連想させるような証拠も、内通している証拠も見つからなかった。
結局何の成果も得ることは無く、俺と高木は和泉家を後にした。
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