【07】事務所にて
10月10日午前8時過ぎ、群馬県渋川市に住む男性から、右手を負傷した青年がいると市の警察に通報が入った。通報を受けた警察官が現場に到着すると、右手が切断された青年1名を保護して病院に搬送した。当時、青年は錯乱状態であり、怪我の経緯等は聞き取ることが出来なかった。それから3日後の12日、精神状態がある程度安定してから、再度聞き取りをしたところ、東京都で行方不明の被害届が出されていた大学生の望月直哉さんであることが判明。望月さんは、埼玉県にある心霊スポットの廃病院で、謎の男達に襲われて誘拐され、誘拐先の建物(場所は不明)で1つ目の化け物を見た、と証言している。
ボイスレコーダーを聞いても全容がわからなかった俺は、渡された捜査資料を読み終えて、顔を上げた。
白石さんはコーヒーを飲みながら困り果てたしぐさをした。
「せっかく行方不明事件の被害者を見つけたと思ったらさっきのボイスレコーダーですよ。捜査現場はかなり混乱しています」
「望月君は今どうなっているんですか?」
「まだ都内の病院にいます。少しは良くなったとはいえ、精神状態は不安定です。病室でも時折発狂してしまうそうです。右手の傷もひどい状態ですしね」
「じゃあ彼が誘拐された場所はまだ時間がかかるんですかね?」
「いや、そうでもありません。彼は逃げている時、右手から出血していました。その血痕が渋川市で見つかっています。途中から水か何かで流されてしまっていたため、完璧にはわかりませんが、望月君の証言を参考にすれば何となくの予想は立てられます」
「一つ目の巨人、という話ですか」
「そうです。彼が本当のことを言っているのならば、そいつは恐らく妖怪でしょう。妖怪が犯人なら死体がでないのも頷ける」
「そうなのか?」
俺は白石さんが話した内容を高木に聞いた。
「あぁ、攻撃的な妖怪は人間を食う。というか、食べることが奴らの行動原理だ」
「何のために?」
「知らん、そんなの妖怪に聞け」
「高木さん、情報にある妖怪がいるとすれば、どんな建物にいると思われますか?」
「資料に書かれてる内容を鑑みるに、犯人の妖怪は図体がでかいでしょうね。おそらく3~4メートル。それなりにでかい建物じゃないと隠しきれないと思いますよ」
「わかりました。では、現場周辺の該当しそうな建物に聞き込みを行うようにさせます」
「捜査をしている警察官達の、一つ目の巨人についての反応はどんな感じですか?」
「ありがたいことに、誰も望月君の証言など信じていません。右手の怪我も人為的な物と判断していますし、今の所記憶操作する必要は無いと思います」
「そうですか。俺達は自由に動いて構いませんよね?」
「もちろんです。今警察が問題の廃病院を捜査しているんですが、そちらに用があるのなら入れるように手配しておきます」
「ありがとうございます。では一つお願いがあるのですが」
「何でしょうか?」
「望月君と面会をさせてもらえないでしょうか?」
「被害者の?」
「そうです」
「……病院が許してくれるか分かりませんが、捜査のためなら仕方がない。なんとか頼んでみますよ」
「お願いします」
「病院から許可が出たら連絡します。では、捜査の方、よろしくお願いします」
最後に深々とお辞儀をして、白石さんは事務所を出て行った。
白石さんが出て行った後、高木は外へ出るためなのか服を着替えていた。
「どこへ行くんだ?」
「とりあえず、行方不明になった大学生の家族の所に行って聞き込みかな」
「事件現場の廃病院は調べなくていいのか?」
「そこはいい。警察が調べてるから、それで十分だろう。それに多分、妖怪に関する手掛かりは廃病院からは出てこないと思う」
「どうしてわかるんだ?」
「お前はまだ分からないだろうけど、妖怪っていうのは、人間が考える常識なんかは通用しないんだ。多分、行方不明事件の原因の妖怪はかなり攻撃的な妖怪だと思う。その手の妖怪が街中で好き勝手暴れると、何百、何千っていう数の被害者が出てしまうんだ」
俺は東雲さんが使役している『網切』と呼ばれる妖怪を思い浮かべた。
両手に巨大な鎌が付いた河童みたいな顔をした化け物。
あんなのが町の中に現れたら、確かに大変な数の人間が犠牲になるだろう。それにすぐに騒がれてニュースになる。
「確かに白石さんに頼まれた行方不明事件の被害者は30人前後だったな。ということは、妖怪が人を襲っている可能性は低いわけか……。だとすると、犯人は色々な所から人を攫って、その後処理を妖怪にさせている?」
「望月とかいう男の話を全面的に信用すれば、の話だがな。ま、本人から事情を聞ければ、何かしらわかるだろう」
俺達はそれで会話を終えて、被害者の家族の自宅を回るため、事務所を後にした。
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