【06】ボイスレコーダー

『では、まずあなたのお名前と現住所を答えてください。ゆっくりでいいから、落ち着いて』

『……あ、あ、名前は、望月良樹。…………住所は東京都○○区△△町レジディア305号室です』


 ピッ。ピッ。ピッ。患者の心拍数を教える機械の音が定期的に聞こえる。


『……はい、ありがとうございます。では、次に、事件に遭う前に、なぜ望月さんがあの廃病院に行くことになったのか教えてくれますか?』

『…………あそこへは、肝試しをするために、行きました……。同じサークルのみんなで、肝試しをするために。鈴木健一という友人が企画しました』


『肝試しには、誰が参加しましたか?』

『……同じサークルのメンバー、鈴木健一、坂口広樹、和泉まこ、飯田みき、藤原千里の6人です……』


『では次に、廃病院で何があったのか教えてくれますか』

『………………』


『望月さん、わからないことや覚えていないことは、はっきりとそう言っていただいて構いません。思い出せる範囲で答えてください』

『……あの時、廃病院で何があったのか、正直よく覚えていません。病院を探索していたら白い仮面を被った男が現れて、それから逃げていたら頭が痛くなって気を失いました』


『次に目が覚めた時、どこにいたか覚えていますか?』

『……暗い部屋の中でした』


『どんな部屋でしたか?』

『……暗くてよく分かりませんでした』


『部屋には、他に誰かいましたか?』

『……健一がいました。暗闇にも目が慣れて、服装が見えて健一だと気づきました。僕はすぐに彼に声をかけました。でも、返事は帰ってきませんでした。代わりに、彼の身体が大きく痙攣しました。気味の悪い動きでした。そこで気づきました。健一が何かに肉を引きちぎられていることに。健一の身体を何かが引っ張って、肉を割いていました。その何かも次第に見えるようになりました。まず初めに目を引いたのはその何かの大きさでした。座っているような体勢なのに2メートルは超えているように見えました。次に目を引いたのは上半身に生えていた4本の腕でした。腕の一本一本が電柱くらい太くて、その腕が器用に健一だった、肉、肉を割いて食べていました』



『望月さん、落ち着いて!』

『次に目を引いたのは奴の頭にある大きな一つの目玉でした。目が一つの生き物なんて僕は見たことも聞いたこともありません。健一を食べ終えた化け物と目が合いました。大きな、大きな一つの目玉が僕をじろりと見ました。すると、化け物は僕の方へやって来ました。化け物が僕に向かって、誰かの名前を発しました。名前が何だったのかはよく覚えていません。田代だか竜崎だったか確か日本人の苗字だったと思います。言語を話すということは知性があるのだと希望を感じて、僕は必死に命乞いをしました。死が目の前まで迫っている恐怖で頭がおかしくなりそうでした。狂気に支配されないように僕の頭は必死で論理的な思考を取ろうと努めていました。その時です。化物が僕の右手を引き千切りました。経験したことのないような激痛が僕を襲いました。僕は激痛に悶えて床でじたばたしていました。僕が血が流れ出ている右手を必死で押さえつけている時、部屋の扉が開きました。扉の前には、ひどく汚らしい格好の男と藤原さんが立っていました。同じサークルで肝試しに行った藤原千里さんです。彼女の姿は見るに堪えないものでした。衣服を脱がされ、汚いぼろきれの様な物を身体に羽織っていて、その隙間から見える彼女の肌には、無数の生傷が見えました。その傷から、僕と同じように血がたらたらと流れていました。男は彼女を乱暴に部屋に放り投げると、勢いよく扉を閉めました。僕への興味を失ったのか、化け物は部屋に入ってきた藤原さんの方へと向かっていきました。藤原さんが化け物に身体を持ち上げられるのが見えました。僕の存在に気づいた藤原さんは必死に何かを叫んでいました。僕はそんな藤原さんを傍観することしか出来なかったのです。化物の口が大きく開きました。恐怖の表情を浮かべる藤原さんの頭が化け物の口の中に入っていきました。それをただ見ることしか出来なかった僕は、僕はっ!僕はっ!俺はッ!俺はッ!!!俺はっ!!!!!』



『望月さん!落ち着いてください!』


 心電図のアラーム音が甲高く鳴り響いている。


『先生!早くを先生呼べ!!!』


『井上!そっち抑えろ!』


『うわぁああああああああああ!!!!!!ああああああああああ!!!!!』


 その後聞こえたのは望月の叫び声とベッドが激しく軋む音だけだった。

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