【05】白石の訪問

 水谷との飲み会から数日経ち、俺は探偵事務所の掃除をしていた。

 ルーティーンと化している掃除、洗濯、料理などの家事全般もだいぶ板についてきた。

 掃除自体は2週間前に高木が死に物狂いで事務所中を掃除したから、楽なものだ。


 その高木はというと、数日前に一人で除霊をした『逆さ女』についての報告書をだらだらと書いていた。

 新聞部で聞いた怪談の中で、『逆さ女』の話だけ引っ掛かるものがあり、語り手である林君にあの後改めて聞いたのだ。

 その話をもとに高木が上村高校に赴いた。


 やはり、あの話は本当だったようだ。


 上村高校にある宿泊施設に『逆さ女』は現れたそうだ。

 しかし、相手が悪かった。

 約束を交わす暇も与えず、高木はすぐに祓ったようだ。

「特定の条件下でないと力が発揮できない妖怪はやっぱり弱いな。キャパにはまだ余裕があったけど、使いづらいから祓っておいた」


 お祓いから帰ってきた高木は余裕の笑みを浮かべながら俺にそう言ってきた。

「キャパってなんだ?」

「俺が保有できる怪異の容量のこと。PCの容量みたいなもんだよ」

「そういえば、東雲さんもお前みたいに妖怪を召喚してたな。なんでなんだ?」


「なにが?」

「いや、何で怪異をわざわざ捕獲しておくのかなって。祓って終わりなんじゃないのか?」

「保有できない場合はそうするけど、容量に空きがあるなら保有しておくよ。その方が次の除霊の時楽なんだよな」

「楽?」

「東雲さんから聞いてないか?毒を以て毒を制す。妖怪も悪霊も、同じタイプの怪異に攻撃されるのが一番堪えるんだよ。なんでそうなっているのかは全然わからないけど」

「……そういえば、俺が初めて東雲さんに助けてもらった時も言っていたなそれ。自分の力で祓うのとは違うのか?」

「全然違う。自力で祓うのはものすごく疲れる。霊力を節約する意味でも、妖怪とか悪霊を飼いならして除霊に使う方がコスパがいい」

「なるほど」


 俺が洗面所の掃除をしていると、事務所の電話が鳴った。

「悪い高木、今手が離せないからお前出てくれ」

「はいよ」


 はい、もしもし。

 高木が電話に出る声が遠くから聞こえてくる。

 はい、大丈夫ですよ。お待ちしています。

 それで電話は終わったようだった。


「何の電話だったんだ?」

 洗面所の汚れを取り終えた俺は、高木に聞いた。

「警察の白石っていう人がこれからここに来る」

 パソコンの画面を見ながら、高木が答えた。

「警察……?お前、何かしたのか?」

「ちげぇよ!依頼だ依頼」

「依頼?警察が探偵に依頼?」

「白石さんはただの警察じゃない。公安警察だ」


 その単語を聞いて中村咲の顔が頭に浮かぶ。

 東雲さんの警護をしている人達の一人だ。東雲さんが外に出る時は基本的に彼女が警護するらしい。

「それって東雲さんを警護している人達と同じ人か?」

「あれとは違う課らしい。あまり詳しいことは教えてくれないが」

「依頼の内容は?」

「ここに来てから教えるって。まぁ、どうせロクな依頼じゃないだろうけどな」

「どういう意味だ?」

「あの人がお願いしてくる依頼は危険な物ばかりだからだよ」


 電話があった30分後、白石という男が事務所を訪ねてきた。

「初めまして。あなたが神崎さんですね。高木さんからお話は聞いていますよ。私の名は白石。公安の者です」

「はじめまして、神崎です」


 白石という男は、きれいなスーツ姿で現れた。

 体格は大きいわけではないが、背筋がピンと伸びていて、礼儀正しい印象を受けた。

 警察官というよりは、一流の洋服を扱う仕立て屋という風だった。

 事務所のソファに腰を下ろした彼は、持っていた鞄からちょっとした厚さの茶封筒を取り出した。

 俺はコーヒーを淹れ、彼に差し出した。

「ありがとうございます」


 彼はそういうと、コーヒーを一口飲み、茶封筒を高木に差し出した。

「今日はどういった依頼で来たんですか」

 封筒を受け取った高木は中身を見ずに質問した。


「最近マスコミで報道されている、連続行方不明事件はご存じですか?」

「あぁ、知っていますよ。なんでも関東圏で何人も人が消えてるって。今もニュースでやっているんじゃないですかね」

 高木はそういうと、リモコンを手に取り、中古のテレビを点けた。

 いくつかチャンネルを変えて、お昼のワイドショーが映る。

 そこでは、ここ数週間で起きている連続行方不明事件のことを報道していた。


 テレビの報道を眺めながら白石は話し始めた。

「報道にもある通り、東京、千葉、埼玉、神奈川、群馬、栃木県で複数の行方不明事件が発生しています。警察は同一犯による犯行を考慮して、2週間前に合同捜査本部を設置しました」

「捜査の進捗は?」

「あまり芳しくないですね。時間が経てば死体や何かしらの証拠が出てくるだろうと踏んでいた捜査本部ですが、被害者の失踪前の目撃証言がいくつか聞き込みで分かっただけで、他の証拠は見つかっていません」

「まさか、偶然にも被害者全員個々の理由で夜逃げしていた、なんてことは?」

「その可能性は少ないと思います。被害者の多くは会社でそれなりの地位についていたりして、経済的に裕福な家庭を持っていました。自分から行方をくらます可能性は低いと思われます」

「へー。じゃあ金持ちを狙った犯行ですかね?」

「捜査本部では、その線も視野に入れて捜査をしています。それで先週、同様の行方不明事件と思われる被害者の一人が、襲われた後に自力で逃げ出して警察に保護されたのですが……」

「良かったじゃないですか?捜査が進展して」

「いやぁ、これがもっと恐ろしいことになってしまいましてね……」

 白石はおどけるように言った。

「……恐ろしい事とは?」

「どうも、事件に妖怪が関わっている可能性が出てきまして」


 妖怪、という単語を聞いて、高木は表情を変えた。


「……そんなことだろうと思いましたよ」

「事件の概要を説明します。先週の10月9日、日曜日。東京都内の大学生6名が肝試しをするために埼玉県日高市にある廃病院を訪れて5人が行方不明になる事件が起きました。6人のうちの一人が逃げ出して現地の群馬県警に保護されたのでわかりました」

「群馬県警?埼玉県で行方不明になったんじゃないんですか?」

「学生の証言によると、廃病院で襲われた後、何処かへ誘拐されたそうです。犯人達から必死で逃げた先が、群馬県渋川市の街中だった訳です。通報当時、彼は右腕を何かに噛み千切られ、身体の何か所にも切り傷がついていたそうです。よくそんな状態で生き延びて警察に辿り着いたものです」

「その右手が妖怪に食われた、ということですか?」

「彼はそう言っています。一つ目の化け物にみんな食われてしまった、と」

「一つ目の化け物……」


 白石さんはおもむろに鞄からボイスレコーダーを取り出すと、テーブルの上に置いた。

「今から流すのは、通報から3日立った12日、警察官がその学生に事情聴取をした時の音声です。これに、妖怪に関しての証言が収められています」


 俺と高木は神妙な面持ちで、再生されたボイスレコーダーを聞き始めた。

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