【02】愚かな青春①

「今度の休みに、サークルのみんなで肝試しに行かないか?」


 学生達で賑わう昼休みの食堂で、経済学部所属の鈴木健一はそう言った。


「肝試し?」

 健一の向かいの席に座ってカツカレーを食べていた望月良樹が聞き返す。


「埼玉県にある有名な心霊スポットなんだけどな。まぁまぁ大きな病院らしいんだけどさ。最近経営難で廃業したらしいんだよ。で、その病院に出るんだってよ、手術に失敗して死んでしまった患者の幽霊が」


「くだらないな、もう幽霊を信じる年齢でもないだろ」


 望月はそう言って、食堂で一番人気のメニュー、410円のカツカレー大盛りをまた食べ始めた。


「いいじゃないか、もう一通り遊びに行ける場所は行き尽くしたんだから」

「第一、誰を連れて行くんだ?」

「和泉と飯田、あと藤原さんに声はかけたけど」


 今名前が挙がった人物達は、健一や望月が入っているバドミントンサークルに所属している女性メンバー達だ。


「肝試し、いいんじゃないかな。僕は興味あるよ」

 望月の隣に座っていた、坂口広樹がそう言った。彼も望月達と同じサークルに所属している。

「その病院なら僕も知っている。経営されていた時も怪しい噂が流れていたくらいだから、幽霊の一つや二つ出てもおかしくはないよ」

「お前がそんなものに興味があるなんて意外だな」

「肝試しって、意外とやる人いないからね。怖い話とか映画じゃ定番の流れだけど。だから、逆に興味があるね」

「坂口は決まりだな。望月、お前はどうするんだ?」

「……まぁ、二人が行きたいなら」

「おっけ。じゃあ、来週の日曜日空けておけよ。言っておくけど、これはお前のためのイベントでもあるんだからな」

「何の話だ?」

「お前、いつになったら藤原さんと付き合うんだよ」

「は?」

「もうみんなわかりきっているんだぞ。お前らの関係。はやく付き合っちまえよ。そのきっかけを与えるイベントが今回の肝試しだ」


 健一はもちろん、坂口までもがにやにやと笑みを浮かべていた。

「よけいなお世話だ!」


 東京都内の私立大学に通う法学部の2年生、望月良樹は1年生の時から大学のバドミントンサークルに所属している。

 高校生の時に部活動でバドミントンを練習していた彼は、大学でも続けようと思っていたが、想像していた物とは少し違っていた。

 練習は週に1回。練習のたびに飲み会がある。

 どちらかというと、バドミントンよりもお酒の交流に力を入れているサークルだった。

 しかし、彼が入った大学にはバドミントンを行うサークルはそこだけで、自分でサークルを立ち上げる気にもならなかった。だから、2年生の今でもそのサークルに所属している。


 鈴木健一とはそのサークルで出会った。

 彼もまた高校生の時、バドミントンをしていたのだが、望月よりもサークルの飲み会によく出席していた。彼曰く、大学生のサークルなんてそんなもんだろう、とのこと。練習が少ないことには不満が無いようだった。


 坂口広樹。彼とは同じ法学部の授業で知り合った。

 理性的で温和な性格であったため、望月は彼と気が合った。それは彼も同じで、望月が所属しているという理由で坂口もバドミントンサークルに所属した。

 彼ら3人はよく昼休み、食堂に集まり、次の授業が始まるまで時間を潰していた。

 先ほどの会話もそうした日常の一つだ。


 そして日曜日。

 望月が集合場所の駅へ向かうと全員そろっていた。

 午後10時、こんな時間に外をうろついているのは居酒屋へ向かう人々くらいだろう。

 集まった望月達は比較的動きやすい服装で、全員懐中電灯を所持していた。

 望月が到着し、皆はあらかじめ駐車していたワゴン車に乗り込んだ。

 運転席に鈴木健一が座り、助手席に望月、残りの4人は2人ずつ後ろの座席に座った。

「望月、道案内頼むわ」

「はいよ」


「ねーねー、今から行く廃病院っていつからそうなってるの?」

 病院に向かって車を走らせている時、一番後ろの席に座っていた茶髪の女性、和泉が口を開いた。

 和泉の質問に坂口が答える。

「病院自体は3年前から廃業しているみたいだね。でも解体工事がなかなか進まなくて今日まで廃墟になっているらしい」

「なんで工事が進んでいないの?」

「なんでも工事をしようとすると、幽霊が出てきて作業の邪魔をするらしいんだ。建築資材をぶちまけたり、機械が原因不明の故障に陥ったり」

「え~こわ~。でも随分詳しいね」

「友達にオカルトが好きな人がいるんだよ」


「それって本当にまずいところなんじゃ……」

 坂口の隣に座っていた藤原千里が不安そうに口にした。

「ただでさえ変な人がいそうで怖いのに、幽霊なんて出たら頭おかしくなっちゃうよ……」


 彼女を励まそうと和泉の隣の女性、飯田美樹が軽口をたたく。

「千里は心配しすぎだって~。今から肝試しに行くのにこんなこと言うのも変な話だけど、幽霊なんているわけないから。雰囲気を楽しめればいいんだって。それにいざとなったらうちの男連中が助けてくれるよ~」


「おう、まかせとけ!」


 この中で一番体育会系な見た目をしていた健一がその話に乗っかる。

 飯田は遠回しに、望月に対して言っているのだ。

 藤原が怖がっていたら、あんたがフォローしなさいよ、と。

 飯田の視線をバックミラー越しに確認した望月は心の中でため息をしながら、携帯電話の地図に再び目を落とした。


 その後も、車内ではこれから向かう廃病院にまつわる、根も葉もないうわさ話の数々が繰り広げられた。


「ここ、だよな」

 車を、病院で使用されていたであろう駐車場に止めて、一行は廃病院の入り口の前に来た。

 駐車場には、工事を行う人達が使っていると思われる車が何台か止まっていた。廃病院のあちこちに機材が残っていることから、工事計画そのものはまだ生きているらしい。

 しかし、進捗はあまり進んでいるようには見えなかった。外から見える窓ガラスが割れたままになっていたり、工事によく使われる三角コーンがボロボロの状態で放棄されていたからだ。


「けっこう荒んでるね~」

 懐中電灯で辺りを照らしながら、和泉が言った。

「なんか不良グループが一時期ここら辺によく集まってたらしいよ。最近はもういないらしいけど」

「だからこんなボロボロなのか~」

「まぁ工事も細々とやっているみたいだし、何年も手入れがされなければこんな風にもなるよ」


「ようし、とりあえず入ってみるか!」

 健一はそう言って、スマートフォンのビデオカメラモードを使用し、撮影を始めた。

「え、撮るの?」

「そりゃあ、肝試しと言ったら撮るでしょ」

「まぁ、確かに」

「私、あんま化粧してないから写さないでよ~」


 健一が廃病院の中へと入る。それに続いて、懐中電灯で足元を照らしながら他の者も続いて行く。


「ガラスの破片があるから足元に気を付けて」

 坂口の言う通り、病院内の床には割れたガラスの破片や、ごみが散乱していた。

 ある程度廊下を進んで行くと、二階へと続く階段が現れた。階段は下の方へも続いている。どうやら地下があるようだ。

「よし、ここからは二人一組のペアに分けよう。俺と和泉は2階、望月と藤原さんはこのまま1階、坂口と飯田は地下を探索。どうだ?」


 そのチーム編成に、望月はあからさまな演出感を感じたが、それを口に出すのは気が引けた。実際、藤原さんのことは好きで付き合えるのならば付き合いたいと思っていたから、皆からの野次を否定することもなかった。

 誰も文句を言わなかったため、健一の指示通り3つのグループに分かれ探索が始まった。


 望月と藤原は階段の先にある部屋を一つ一つゆっくりと探索していた。

「なんだか、本当に不気味だね。この病院」

「そうだね。こんな真っ暗でボロボロだから。……大丈夫?藤原さん」

「……本当はちょっとキツいよ。美樹がどうしても来て!っていうから断れなかったけど、私ホラーとか苦手だから……。望月君はこういうの大丈夫なの」

「まぁ、不気味だとは思うけどそこまでは」

「すごいね望月君」


 しばらく気まずい沈黙が流れ、慌てて望月が口を開く。

「あ、よっ、よかったら今度映画でも見に行かない?」

「えっ、……ここでそんな誘いする?」

「あっ、ごめん……」

 望月の驚いたしぐさを見て、藤原はくすくすと笑った。

「ごめん、うそうそ。ありがとう誘ってくれて。もちろんいいよ」

「それは良かった」

「私あの映画がみたいな、今やっている……」


 藤原はそういうと、小説が原作の恋愛映画の名前を口にした。

「あ、それなら俺も知ってる。確か原作が小説の……」


 望月が話をしようとしたとき。


「二人とも!大変だ!」


 後ろから坂口の声がした。


 望月と藤原は慌てて振り返る。

 そこには、いつも柔らかな笑顔を浮かべている顔はなく、緊迫した表情の坂口が、息を切らして肩を上下させながら立っていた。


「どうしたんだ?」


「……飯田さんがいなくなったんだ」

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