【07】

 その後、6人目の怪談が終わり、中央の机に置いてある蝋燭の火も残り1本となった。

 時刻は既に午後7時を過ぎており、蝋燭の弱弱しい光だけが部室内を照らしていた。

 校内で賑わっていた人々の声も今は聞こえない。


 6人が怪談を話している間にも、7人目が現れることはなかった。

「これでここにいる全員が怪談を話したわけですが……」

 指原さんが気まずそうにつぶやいた。

「遠藤君まだ来ないね。誰か連絡とってないの?」

「ダメだった、さっき電話してみたけど繋がらない」

「どうするの指原さん?」

 怪談を話し終えた5人が指原さんに注目した。


 『封印された蛇口』を話した佐々木という女子高生はすでに帰りたそうな表情をしている。

 指原さんはというと、表情を曇らせてうなっている。

 俺は何気なく、事務所を出る時高木から渡されたお札が入っているポケットに手を伸ばした。

 高木の言っていたことを思い出す。


「もし幽霊とかやばい化け物に襲われたときはそれを使え。そのお札には俺の力の一部が宿っている。それを壁とか床に貼ると、即座に発動する。時間稼ぎにはなるだろう。でも、あくまで時間稼ぎだからな。祓いきる力は宿っていないから、もし襲われたらそれを使ってとにかく逃げろ」


 どうやらこれを使う必要はなさそうだな。

 高木に帰る連絡をしようと思い携帯電話を操作した。

 しかし、圏外になっており、メールを送ることができなかった。


 圏外?何故?


 ここに来た時からこうだったのだろうか。

 もしかしたら、この部室は電波が届きづらいのかもしれないな。


 しかし、本物の心霊現象を体験してしまったせいか、6人から聞いた怪談はあまり怖く感じなかった。

 というか、ほとんどの怪談は誰かの創作なのだろう。

 聞いていて腑に落ちない点がいくつもあった。所詮、高校生が内輪で楽しむ怪談といったところか。


 『逆さ女』については……。

 もしかしたら、報告しておいた方がいいかもしれない。


 待っていても7人目が来る気配がないため、もうお開きにしようかと悩んでいた時。


 部室の扉が開いた。


 扉の向こうには男子生徒が立っていた。そのまま部屋へと入る。

 彼が7人目の遠藤君だろうか。俺はみんなの反応を窺った。

 みな初めはきょとんしていた。何が起きたかわからないという風に。


 だが次第に、表情が曇っていった。

 指原さんも驚いた表情をしている。

 男子生徒は部屋へと入り、用意されていた7人目用の椅子に座る。


「遅れてすいません。準備に手間取ってしまって」


 椅子に座った彼は俯いたままそう言った。

 部室には奇妙な空気が流れていた。

 誰も彼の言葉に反応しようとしない。

 この反応を見るに、どうやら彼は遠藤君ではないようだ。


「何でお前がここにいるんだ?」


 『飴玉婆さん』の話をした新藤君が目を見開きながら彼に聞いた。


「何でって?それは僕が7人目の語り部だからですよ」

「そういうことじゃねぇ!だってお前は……!」


 新藤君は驚愕の事実を口にした。


「1週間前に自殺したはずじゃないか」


 彼の発言を聞いて、みんな思っていたことが確信に変わり、部室に緊張が走った。


「本当は生きていたの?」

「嘘だ、生きてるはずない。だってこいつが飛び降りた姿を見てる奴もいるし、あんな騒動になったのに」

「え……じゃあこの人やっぱり」


 俺は男子生徒の身体をよく観察する。

 彼の身体に漂っている、黒い霧のような物体。

 蝋燭しか明かりがないのにその影はなぜだかはっきり見える。


 間違いない。この生徒は幽霊なんだ。


 幽霊だと認識できた時、俺の脳裏に焼き付いているあの出来事を思い出した。

 泣き叫ぶ赤ん坊の声と、何重にも響き渡るお経、絶叫する男や女の声、そして、俺の身体を飲み込んだ形容し難い化け物の姿。

 今の所、彼からそう言った恐怖は感じられなかったが、幽霊である以上、警戒しなければならない。

 とにかく、皆を彼から遠ざけなければならない。


「みんな、この部室から今すぐ出るんだ……」

「え……?」


 指原さんが首を傾げる。


「はやく!」


 俺の怒鳴り声に、驚いた生徒の一人が急いで部室の扉を開けようとする。

 しかし、部室のドアはピクリとも動かなかった。


「え?嘘!?何で?何で!?」


 ……どうやら俺達は閉じ込められてしまったようだ。


 次の瞬間、部室の壁に青白い火の玉が突然出現した。


 大量に現れた火の玉は俺達をぐるりと囲むように浮遊し、部屋の中を不気味に照らした。

 その光景に、何人かの生徒が悲鳴を上げた。


「心外ですね。別に何もしませんよ。僕はただ怪談を話しに来ただけなんですから」


「幽霊のお前がすでに怪談だぞっ……!」


 俺は精一杯の虚勢で男子生徒に応対した。


「あれ?あなたは幽霊が見えるんですね?珍しい。では霊感の無いはずの彼らが僕の姿を見ているのはなぜなのでしょうね」


 確かに、それはそうだ。

 なぜ、霊感の無いはずの指原さん達にもこの生徒の姿が見えるのだ?

 彼の身体を包んでいる霧は幽霊のものであるのに。


「みんなもほら、席に戻ってくださいよ」


 俺はお札が入っているポケットに手を伸ばした。

 ここで使うべきか……?

 今のところ、男子生徒から危険は感じられない。しかし、ただならない緊張感のようなものを感じる。

 部室から出られない以上、今はおとなしく言うことを聞いておいた方が正解かもしれない。


「ここは言う通りにしよう」


 俺がそう言うと、皆渋々椅子に座った。


「では、7つ目の怪談を話します」

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