【06】逆さ女

 僕が3話目ですね。

 皆さん、初めまして。2年2組の林悠人はやしゆうとといいます。

 僕は1年生の時にサッカー部に入っていたんですよ。

 部自体は1年で辞めてしまいましたけどね。

 やっぱり、向いていなかったんだと思います。

 練習もきつかったし、運動神経はお世辞にもいい方とはいえませんでしたから。


 でもね、本当の原因は他にあるんです。

 この学校って、宿泊施設が整っているの、知っていますか。

 講堂があるじゃないですか。卒業式や、式典を行う講堂。

 あの講堂の上って、行ったことありますか?

 たぶん、ないと思うんです。普段は立ち入り禁止ですから。

 めったに利用する人もいませんしね。

 3年間学校に通っている人でも、あの上に何があるか知らないまま卒業していく人も多いそうです。


 でもね、一部の人間はよく知っているんですよ。

 あそこに宿泊施設があることを。

 そこには大体、50人くらいは泊まれるんです。

 運動部の人間で、大会が近くなったり、学校内で合宿を行う時は、あそこを使いますからね。

 でも、本当に一部の人間だけみたいですよ、あそこを使うのは。


 なぜかというとですね……。出るんですよ、あの宿泊施設には。

 逆さ女という妖怪が。

 何であんなところに出るのかわからないですけどね。


 逆さ女はベッドで寝ている人を、頭を下にして長い髪を垂らしながら覗き込んでくるんです。

 そして、ある質問をしてきます。

 どういう質問をするかって?

 それはおいおい話していくとしましょう。


 あれは、去年の夏のことでした。

 僕が入ったサッカー部は、夏になるとあの宿泊施設で合宿していたんです。

 僕は部活で神山君という男子生徒と仲良くなりました。

 サッカー部の合宿は、大変きついものでした。

 僕と神山君は、お互いに励まし合いながら、辛い練習に耐えました。


 それでですね、神山君は、合宿中に逆さ女に会ってしまったんですよ。

 僕も、その事件があってから初めて逆さ女のことを知ったんですけどね。

 蒸し暑い夜のことでした。


 宿泊施設には冷房も網戸もありませんでしたから、暑い中に蚊が飛び回って最悪の環境でした。

 そこで、疲れた身体を固いベッドに横たえるのですから。

 もう散々なものです。

 神山君は、夜中に寝苦しくて目覚めてしまいました。

 すると……。


 逆さ女が現れたのです。


 彼女は神山君のベッドの上から、覗き込むようにしてじっと彼を見ていました。

 そして、こんなことを言ったのです。


「起きてしまったのね。私と会ったことは、誰にも言わないでね。これは、おまえと私の二人だけの秘密なんだから。お前はいい子でしょ?いい子だったら、約束を守れるわよね?」


 神山君は恐怖のあまり、頷くことしかできませんでした。


「そう。誰にも言わないんだね。約束だよ……」


 逆さ女はそういうと、スルスルと上にのぼるように消えていきました。

 僕はそれまで、あんなに不気味な声を聞いたことがありませんでした。

 彼女の声は、カエルのようにつぶれていたのです。

 次の日、僕は、彼の後をずっと付け回しました。

 彼が逆さ女との約束を破らないかどうかが心配だったのです。


 神山君は、誰にも言いませんでした。

 そうして、一日は無事に終わったのですが……。

 その日の夜です。

 再び、逆さ女が現れました。

 そして、こう言うのです。


「お前は誰にも秘密を言わなかったわね。褒美として、いいことを教えてあげる。誰か、信頼できる人に私と会ったことを話してみるといい。そして、私の正体を訪ねてみるといい……」


 逆さ女はこれだけ言い終えると、またもやスルスルと消えていきました。


 次の日、神山君は練習の合間に僕を呼び出し、逆さ女の話をしました。

 僕は彼のもとに逆さ女が現れたことを知っていました。

 ですから、彼の相談を嬉しく思ったものです。

 彼にとって、僕は信頼できる人だった。それが嬉しかったんです


 しかし、悲劇はその時起きました。

 彼が僕に逆さ女の話をし終えた途端……。


「お前は約束を破ったね」


 逆さ女が、神山君の背後に現れたのです。

 そして、彼を背中から……。


 血しぶきが飛び散りました。


 逆さ女の顔や手も、血にまみれています。


「やめ……ぐわぁ……!」


 逆さ女は、神山君の身体をどんどん切り刻みました。

 血が目に入ったため、何が起こっていたのか確かめるすべがなかったのです。

 しかし、足元に何かがごろりと当たった感触は覚えています。

 まるで、人間の髪の毛のようなものが。


 僕は思いましたよ。

 これは、もしや……。

 神山君の、首では……とね。

 それから、僕は気を失ってしまいました。


 気が付くと僕は、保健室のベッドで横になっていました。

 どうやら僕はグラウンドで倒れていて、それに気づいた他の部員達が保健室に運んでくれたのです。

 神山君のことをみんなに聞いてみましたが、みんな彼の姿は見ていないと答えました。

 あれだけ血が飛び散ったというのに誰も気づいていない?

 僕はそう思って自分の身体を見てみましたが、大量にかかったはずの血が一滴も残っていませんでした。


 その後、グラウンドにも行ってみましたが、神山君の痕跡はまったく残っていませんでした。

 彼はその日から行方不明扱いとなったのです。

 あれ以来、神山君は見つかっていません。

 僕は、それから逆さ女について調べました。


 資料は、宿泊施設のベッドの下の方の壁にありました。

 昔、逆さ女に会ってしまった人が書いたものでしょう。

 そこには、恐ろしい事実が記されていました。


 逆さ女は、殺人鬼の妖怪だったのです。


 彼女はまず獲物に対し、約束をしようとするんです。

 約束はどんなものでもいいんですが、大抵は秘密を守れ、というものだそうです。

 そして、約束を破った人を後で殺しに来るんですよ。

 恐ろしい話です。


 逆さ女は、宿泊施設のどのベッドにでるかわかりません。

 だから油断ならないんです、あの施設を利用するときは。

 逆さ女に殺されない方法は、二つだけです。


 彼女と約束をしないことなんですよ。

 約束をしなければ、彼女との約束を破るということはできませんからね。


 もう一つは、約束を破らないことです。

 ですが、彼女との約束を破らないようにすることは非常に難しいと思います。

 彼女は、あの手この手で獲物が約束を破るように仕向けるんですから。

 ちなみに彼女は、約束を破った人以外は殺せないそうです。


 なぜかって?


 逆さ女は、正当化する理由がないと殺人を犯すことができないんですよ。

 約束を破ることが、殺人の理由になるかというと、ちょっと……とは思いますけどね。

 彼女は、約束破りは殺す、というモットーをずっと貫いてきた妖怪ですから。

 これについては色々な噂があるんですが、どうやら逆さ女は、生まれた直後にある事件を見たことがきっかけで、ああなってしまったということです。

 その事件というのはですね、逆さ女の母親の妖怪が、父親の妖怪を殺してしまった、というものです。

 その時、母妖怪は、父妖怪が約束を破ったから殺したんだ、だから悪いのは父妖怪なんだ、と言い張ったそうです。

 それで、逆さ女の心には、約束を破った人を殺さなければならないという考えが定着してしまったということなんですよ。


 神山君は、逆さ女との約束を破った為に殺されてしまったんです。

 どういうことだか分かりますか。

 逆さ女は、彼女のことを誰にも話さないという約束を神山君にさせました。

「誰か、信頼できる人に私と会ったことを話してみるといい」

 とも言いましたが、これはただのアドバイスです。

 約束ではありませんでした。

 神山君は、騙されてしまったのです。

 彼女の罠に引っ掛かり、誰にも話さないという約束を破ってしまったのですから。


 僕が、サッカー部をやめたのは、そういうことがあったからなんです。

 僕は、目の前で切り刻まれた神山君のことが忘れられないんです。

 そんな嫌な思い出のあるサッカー部に、留まることはできなかったんですよ。


 僕の話はこれで終わりです。

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