【05】飴玉婆さん

 俺が2話目か?

 よし、それじゃあ話すとするか。

 3年3組の新藤拓哉しんどうたくやだ。

 よろしくな。


 ところで、みんなは『飴玉婆さん』の話を知っているか?

 飴玉ばあさんっていうのは、昔、よく学校の校門前に立っていたお婆さんのことでな。

 5、6年前まではいたらしいぜ。

 結構有名だったんだってよ。まぁ、俺も先輩から聞いた話だからな。実際に見たわけじゃない。

 その飴玉婆さんってのはよ、まるで箒にまたがった魔法使いのような出で立ちだったんだ。

 真っ赤なフード付きのローブを、夏でも冬でもかぶっててな。大きなわし鼻には、豆のように巨大なイボがついているんだ。

 笑うと、歯がほとんどない口に、異常に長くて赤い舌が見え隠れするそうだ。

 片手にはゴツゴツした木の枝をついていて、もう片方には大きなバスケットを下げている。

 童話に出てくる魔法使いの婆さんみたいだろ?


 けどな、その婆さん、見かけは怖いけど優しいんだと。

 門の前に立ってて、気に入った子や寂しそうな一人ぼっちの子を見つけると、近寄ってくるんだ。

 そして、骸骨のような皮と骨だけの手に下げた、ボロボロの薄汚れたバスケットいっぱいに詰まった飴玉を一つ、あげるんだよ。


 それで、飴玉婆さんというあだ名がついたんだな。

 その飴が滅茶苦茶旨いんだってよ。ゴルフボールほどの大きさで、頬張ったら口いっぱいに広がる大きな飴玉なんだけど、その旨い事と言ったら……。

 口の中でとろけてしまうというか、時間を忘れてしまうというか、甘すぎもせず、かといって物足りなくもない。

 適度に調和された、うまさのハーモニー。考えただけで、よだれが出てきそうだな。


 いや、俺も食ったわけじゃないんだけどな。

 でもな、商品名も何も書いていない、よれよれのビニールに包まれた飴だから、初めはみんな食うのを嫌がっていたらしい。

 せっかくもらっても、捨てちまう奴がほとんどだった。


 だって、そりゃそうだよな。

 気味の悪い婆さんに、わけのわからない飴を貰うんだ。

 材料だって何を使っているか分からないし、もしかしたら毒かもしれない。

 普通捨てるよな。

 それでも、物好きがいるもんでな。食べたやつがいるわけよ。


 もっとも噂じゃあ、あの飴を初めて食べた奴はものすごい、いじめられっ子でずっと自殺を考えていたんだってよ。それで、毒でもいいと思って、死ぬ気でその飴を食べたんだと。

 そしたらどうだ。その飴のうまいこと、うまいこと。

 まるで、この世のものとは思えぬうまさ。

 この世に、こんなうまいものがあったのか、ってなもんだ。

 それで、生きる勇気が湧いてきたってわけよ。


 それからは、いじめられても抵抗するようになり、その上、見違えるほど明るい奴になっちまったんだ。

 それで高校を卒業すると、調理学校に入り、今じゃあフランスにある3つ星レストランのシェフになったそうだ。

 たった一粒の飴が、人間の人生を変えちまったんだよ。

 ま、あくまで噂だけどな、噂。


 それで、その飴玉婆さんなんだけど、なぜか一度飴をあげた人間の前には姿を見せないんだってよ。

 さっきの奴の話、フランスでシェフやってる奴。

 そいつも、あの飴の味が忘れられなくて飴玉婆さんを探していたんだよ。校門の前で待っていれば会えるかと思って待っていたんだけど、いつまでたっても現れないんだよな。

 そのくせ、そいつがいなくなると、どこからともなく現れて、他の奴に飴をあげるんだって。

 不思議だろ?そいつ、随分とあちこちを探したらしいけれど、結局見つからなかったのさ。

 今、校門のところにいたって噂を聞いて急いで駆け付けても、いなくなっているんだ。

 それで、そいつは諦めて、自分で何とかあの飴を再現しようとして調理学校に入ったんだってよ。


 すごい執念だよな。でも結局それに挫折して、普通の調理人になったんだってよ。

 でも、それで正解だよな。

 フランスでシェフだもんな。すごいよ、まったく。


 それからは、飴玉婆さんはちょっとした時の人さ。

 飴玉婆さんを待って、校門前はいつも人だかりができていた。

 どっかの芸能人を追いかけるようなもんだな。

 まるで、ファンクラブでもできそうな勢いだった。

 みんな、飴玉婆さんの飴をなめたいだけだった。たかが飴って言ってしまえば、それまでだけどな。

 それでもよ、なぜかたくさん人がいる時は現れないんだよな。

 みんな、もう飴玉婆さんは現れないんだと思って集まらなくなると、どこからともなく現れるんだよ。

 それでまた寂しそうな奴に飴をあげる。その噂を聞いて、また人が集まる。けど、現れない。

 それで人がいなくなると……。その繰り返しさ。


 でもな、みんながその飴を欲しがった理由は、ただうまいだけじゃなかったんだ。

 もちろん、そんなにうまい飴を舐めてみたいと思う単純なやつもいただろうけど、みんなの狙いは、飴を舐めたあとのその後の人生なんだよ。

 その飴を舐めた奴は、なぜか急に明るくなるんだよな。フランスでシェフになったアイツみたいに。

 妙に自信が湧いてくるというか、何をやっても成功しちまうんだ。

 勉強の苦手だった奴がいきなり成績が上がり、運動神経のなかった奴は、突然スポーツマンに変身してしまう。

 そして、薔薇色の学園生活が待っているってわけさ。夢のような話だろ?

 飴玉婆さんは、本物の魔法使いで弱い者の味方なんだって噂がまことしやかに囁かれるようになったのさ。


 中山昇なかやまのぼるってやつがいたんだ。

 そいつは付き合い下手っていうか、わがままな奴でさ。自分の思い通りにならないと気が済まない奴。

 自分中心に地球が回ってると思っている奴だよ。

 大した奴じゃないんだけどな。嫌な奴だよな。

 まぁ、もっとも俺も会ったわけじゃないから、噂でしか知らないんだけどな。

 それで、そいつは表面上は興味なさそうな顔してたわけ。

「おまえら、馬鹿じゃん?何飴玉一つで騒いでんの?ガキだねぇ、まったく」

 なんてことを言ってたわけ。


 そりゃあ、内心は滅茶苦茶ほしかったんだよ、その魔法の飴玉が。

 それがみんなにはわかっているものだから、誰も中山を相手にしなかった。

 それで、中山はいつも学校のそばで、飴玉婆さんを待っていたんだよ。誰にも見つからないようにして。

 そりゃあ、辛抱たまらなかっただろうよ。

 雨の日も風の日も、それこそ雪の日も、電柱の物陰に隠れて、待っていたんだぜ。テレビでやってる張り込み中の刑事みたいにな。


 中山は待った。必死に待ち続けた。それほど飴玉が欲しかったわけだ。

「今日もダメか……」

 陽も完全に落ち切って、もう学校から帰る生徒もいなくなった。

 中山は、また明日に望みを託して家に帰ることにしたんだ。

「お前さん、一人かい?」

 帰ろうとしたら、突然、後ろから声をかけられたんだ。

 振り向くと、そこに赤いフードを目深にかぶったお婆さんが立っていたんだ。


 飴玉婆さんだ。

 さっきまで誰もいなかったのに、煙のように現れたんだ。

「あ、飴玉婆さん!」

 中山は思わず叫んでしまったんだ。

 婆さんは、ガラスを爪で引っ搔いたような嫌な声で笑ったのさ。

「いっひっひ……。いかにも。お前さん、あたしのことを待っていたんじゃろ?」

「待ってたんだよ!婆さん!なぁ、早く飴玉をくれよ!そのために俺の前に現れたんだろう?」

 思わず、ひねくれ者の中山でも本音が出てしまったんだろうな。

「ほっほっほ、せっかちじゃのう。そんなに焦らんでも、飴は逃げんよ。むむ、ちょっと見たところお前さん、かなりのひねくれ者と見たぞ。かわいそうに、よっぽど嫌な人生を送ってきたんじゃのう」

 そんなことを言われて、中山がムッとしないわけがない。

「うるせぇな、前言撤回だぜ!何で、見ず知らずのおめえに、そんなこと言われなきゃいけねえんだよ!さっさと消えちまえ!」

 つい、言ってしまった。


 言った後にいつも、しまった!と思うんだけど、後の祭りさ。それで失敗ばかりしているんだ。

「そんなに冷たくしないでおくれよ。あたしはね、お前さんの前に一度しか現れないんだよ。長い人生の中でたったの一度きりだよ。それを自分から放棄するなんて、もったいないと思わないかい?」

 婆さんに言われて渋々、中山は謝ったのさ。

「ほっほっほ、正直でよろしい。あたしは、素直な子が好きだからね」

 婆さんはそうやってニヤニヤ笑ったんだよ。


 飴玉婆さんってよく見ると、噂以上に汚いんだよ。

 目やにが溜まっててさ、歯には歯垢がびっしりとこびりついていて、焦点の合わない目で見られると、思わずぞーっとするんだ。

 中山もだんだん我慢できなくなってきて思わず、

「なんでもいいからさ、早く飴玉をくれよ」

 って言っちまったんだよな。

「せっかちな子じゃのう。じゃあ飴玉をあげようかね。でものう……」

 言い終わらないうちに、中山は飴玉を奪うようにして走って逃げたのさ。

「せっかく注意してやろうと思ったのに。まあ、自分で身をもって体験するとええ。ひひひ」


 中山は、飛ぶように家に帰ると自分の部屋に鍵をかけた。

 ドキドキした心臓を、落ち着かせるように深呼吸して、飴を包みから出すと一気に口に入れた。

「う、うまい!たまんねぇよ!この味!」

 しばらく舐め、いつもの癖でガリっと噛んでかみ砕いて全部食べてしまったんだ。


 実はさ、婆さんがあの時言おうとしたことは、この飴を最後までかみ砕かずに舐めること、だったんだ。

 もしかみ砕こうものなら、その人は味覚がおかしくなり、何を食べても一生その飴玉の味しかしなくなるということだったんだ。

 辛抱する、ということを知らない中山には、ちょっと無理だったと思うよ。

 たとえ、婆さんにそのことを教えてもらっていてもね。

 ちょっと我慢すれば、一生幸せに暮らせたかもしれないのに。


 それから、ばったりと飴玉婆さんは現れなくなった。

 また次の学校にいってしまったのかもしれない。

 中山はというと、おいしい物、新鮮な物、まずい物、腐っている物、何を食べてもあの飴玉の味がしてもう気が変になってしまったんだよ。

 だって、いくら飴玉がうまいって言っても、みんなその味じゃいくらなんでもねぇ。


 ついには、自分の舌をカッターで切り取ってしまったらしい。


 それでそのまま窒息して死んじまったんだってよ。

 それから、放課後の学校で中山の幽霊が現れるようになったらしい。

 夕暮れ時に、誰もいない教室や廊下を一人で歩いていると、不意に背後から気配がする。

 振り返ると、そこには血の付いたカッターを持った中山がいて、舌を奪いに襲い掛かってくるそうだ。


 中山から逃げる方法は一つしかない。


 口に入れている飴玉を思い切りかみ砕くんだ。そうすると中山の幽霊はいなくなるらしい。

 もし放課後の学校に一人でいる時は、いつも飴玉を舐めておかないとな。

 これで俺の話は終わりだ。

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