【04】封印された蛇口

 私が1話目ね。

 初めまして、私の名前は佐々木唯ささきゆい。3年1組だよ。

 みんなはこの学校の体育館脇の水飲み場を知ってる?

 運動部の人達が、練習の後よく利用するあの水飲み場。

 あそこの、右から二番目の蛇口だけ使えないようになっているの、見たことある?

 針金をぎちぎちに巻いて、蛇口が回らないように絞めているの。

 もうすっかり錆び付いちゃって、なんだか針金と蛇口が一体化しているように見えるよね。

 あれって、もう何年も前からああなっているらしいの。

 壊れているってわけじゃないのよ。

 ちゃんと普通に水が出てくるし、飲むことだってできる。


 でもね、ある日、事件があったんだって。

 それでね、それ以来使われなくなったらしいの。

 昔、この学校に城ヶ崎詩織じょうがさきしおりっていう女の子がいたんだって。

 すごく綺麗な子で、いつも学校の人気者だったんだってさ。

 綺麗な子ってよく性格は悪いって言うじゃない?

 でもね、城ヶ崎さんって誰にでも優しくて、動物とかが好きなの。

 それに勉強もできるし、おまけに歌まで上手かったんだってさ。

 誰もが、城ヶ崎さんは間違いなく芸能界にスカウトされるって噂したわ。

 実際、いくつかそういう話も持ち上がっていたんだって。


 それでね、特に城ヶ崎さんと仲が良かった子に玉井佳代子たまいかよこっていうのがいたの。

 二人はまるで本当の姉妹みたいに仲が良かったんだって。

 学校に来るのも一緒。帰るのも一緒。お昼ご飯を食べるのも一緒。

 いつも一緒なの。

 城ヶ崎さんを仲間に誘おうとするグループは多かったわ。

 けど、玉井さんを誘おうとするグループはなかったの。

 例えばさ、城ヶ崎さんが誰かに誘われるとするでしょ?

 するとね、玉井さんはスススッと黙って身を引くの。

 そうして、一人でポツンといるんだって。


 何だか、けなげよね。

 するとさ、城ヶ崎さんが玉井さんを誘うのよ。

 ニコニコしながら、みんなで仲良くしようよって。

 あまりに、あっけらかんと言うものだから、城ヶ崎さんを仲間に誘ったみんなも、二つ返事で玉井さんを誘うようになってしまうんだって。

 城ヶ崎さんに言われると、断れないっていうのかな。

 何か、催眠術にかかったみたいに、みんな言うことを聞いちゃうんだって。

 でね、玉井さんを仲間に入れるんだけど、最初はよくても、だんだんと玉井さんが煩わしくなっちゃうんだって。

 別に、その人が悪いってわけじゃないのに、何となくイライラする人っていない?

 どうしても、好きになれない人。

 そういう感じなのよ玉井さんって。

 でもね、城ヶ崎さんが誘った手前もあるでしょ。

 みんな言い辛くて、遠慮しながら玉井さんと付き合いだすと、それを城ヶ崎さんが敏感に察知しちゃうのよね。

 別に誰を責めるわけでもなく、仲間から自然と離れていって、また玉井さんと二人で仲良くするんだって。


 それがみんなにはすごく羨ましく見えたんだってさ。

 城ヶ崎さんがそこまで天使のようだと、誰も責めることも陰口をいうこともできなくなっちゃうのよ。

 だから、玉井さんもいじめられたりはしなかったわけ。

 二人は、ああしているのが一番なんだって、みんなで温かく見守っていたわけ。

 想像すると、なんだかすごい世界よね。でも少し変だと思わない?


 ……やっぱりおかしかったんだよね。

 ある日、突然二人の仲が悪くなったの。

 仲が悪くなったというより、城ヶ崎さんが離れていったんだよね。

 いきなり、玉井さんのことを無視しだしたというか、存在さえ認めないというか。

 突然、手のひらを返したように冷たくなっちゃったんだよね。

 でもね、周りのみんなは、それが当たり前だと思ったんだろうね。


 今までが不思議だったんだもん。城ヶ崎さんは、相変わらずみんなには優しいし、付き合いもいい。

 変わったことと言えば、玉井さんに対する態度だけ。

 みんなは、城ヶ崎さんと仲良くなれればよかったんだしね。

 城ヶ崎さんは、相変わらずみんなの人気者だった。

 それに比べ、玉井さんは今まで以上に孤立していった。

 いくら城ヶ崎さんが玉井さんに対して冷たくなったからといって、それでも城ヶ崎さんのことを気にしてなのか、いじめはなかったわ。


 ただ、玉井さんはいつも一人で寂しそうにしてただけ。

 でもね、見ない振りをして、横目では城ヶ崎さんのことを見ていたんだってさ、玉井さん。

 今まで、人が羨むくらい仲がよかったわけでしょ。

 それが突然冷たくされたんだもん。

 やっぱり未練があるんでしょうね。

 ある日、学校の掲示板にデカデカとそのことが書かれていたのね。


『独占スクープ!学園の天使、城ヶ崎尚子の実態!なんと城ヶ崎尚子は玉井佳代子から、毎月50万円ものお手当てをもらって付き合っていた!』ってね。しかも、証拠の写真付きで。


 そりゃあもう、すごい騒ぎだったそうよ。

 玉井さんのことなんか、誰も興味がなかったし、知ろうともしなかったからね。

 何でも、ものすごい大金持ちのお嬢さんだったのよ。

 わがままで、欲しいものはどんなことをしてでも手に入れていたんだって。

 玉井さん、城ヶ崎さんのことがほしくなっちゃったのよね。

 それで、城ヶ崎さんに毎月50万円ずつ渡して、仲良くしてもらっていたわけ。


 何だか、すごい話よね。友達をお金で買うなんてさ。

 常識じゃ考えられないよ。

 それでね、城ヶ崎さんも仲良くしていたんだけど、何でも芸能界のデビューが正式に決まったらしいのよ。

 それで、もう玉井さんのこともお金も必要なくなったわけ。で、冷たくなったのよ。

 でもさ、そんなことが掲示板に載ったら、学校側も黙っていられないわよね。

 ただの冗談では、済まなかったみたいだし。


 それで、二人は調べられたの。

 そして、それが事実だって認めちゃったの。

 城ヶ崎さんは退学になったらしいわ。

 芸能界への道も、もちろん閉ざされた。

 売り出す前でよかったって。プロダクションの人達は喜んだんだってさ。

 ところが、玉井さんは何の処罰も受けなかったのよ。


 どうも、親の力が働いたみたいなのよね。

 きっと、莫大な寄付金でも渡したんでしょ。

 それで、お咎めなしってわけ。

 城ヶ崎さんのことも、無理やり退学するように頼んだって噂よ。

 あの掲示板に書いたのも、玉井さんだろうって噂だし。


 でも城ヶ崎さんもかわいそうよね。

 だってまだ高校生だよ?

 私もそうだけど、月50万なんて大人にとっても大金よね。

 城ヶ崎さんじゃなくても、そんなおいしい話があったら気持ちは揺らぐと思うよ。

 玉井さんの家が、どれだけお金持ちか知らないけど、お金で城ヶ崎さんを釣ろうなんて許せないよね。

 よくもまぁ、学校に来れたもんだって、そうとう陰口をたたかれたみたいよ。

 表面的にも、嫌がらせがあったみたい。

 その一件以来、玉井さんへの当たりがみんな強くなって、さすがに彼女も人間だし、みんなのその態度にだんだん耐えられなくなったみたいなの。


 彼女、授業以外はいつもどこかに行っていたそうよ。

 そして、そのうち彼女は授業もサボるようになっていったの。

 みんなは、嫌な奴がいなくなってよかったって、喜んでいたわ。


 そんなある日、体育館脇の水道を使った生徒が、変なにおいがする水があるとかいって騒ぎ出したの。

 それでね、確かにその水道水は、何とも言えない生臭いようなにおいを放っていたのよ。

 しかも、水の色も何か変なの。

 そこにある水道だけ全部そうなんだよ。

 校舎の方は全然大丈夫だったんだけどね。

 この学校の水道って貯水池から水を引いているのね。

 でも、体育館脇の水道は、校舎とは違う貯水タンクにいったん溜めてから、水道水として使用されていたの。

 不審に思った先生が、じゃあその蛇口に繋がっている貯水タンクを調べようと、屋上に上がったその時……。


 そこには、タンクの蓋を開け、その中に顔を突っ込んでいる玉井さんがいたのよ。


「君、危ないよ!そこで何をしているんだ!?」


 玉井さんは振り向き、先生をじっと睨んだかと思うと、またタンクの中に顔を突っ込んだの。

 先生は、玉井さんがどう見ても普通じゃないってことがわかって、他の先生を呼んで彼女をそこから引きずり下ろしたわ。

 もう、暴れて手がつけられないほどだったって。

 そして彼女は、


「私の大切なモノをみんなで取ろうとするのね!どうしてよ!」


 って叫んだの。

 ……もう、わかったわよね。


 そう。玉井さんはいつも城ヶ崎さんに会いにそこへ来ていたの。


 その貯水タンクには、城ヶ崎さんが閉じ込められていたのよ。

 死後、かなり経っていたそうよ。

 水死体なので、かなり水を吸っていて、城ヶ崎さんの生前のきれいな容姿は見る影もなかったそうよ。

 爪もはがれてひどい状態だったって。

 タンク内に、引っかき傷がたくさんあったところをみると、きっと彼女はそこから出ようと一生懸命にもがいていたんでしょうね。

 薄暗く、酸素も少ない貯水タンク内で彼女は冷たい水に身を沈め、誰か助けに来てくれることを願いながら死んでいったのよ。

 玉井さんは、いつまでも城ヶ崎さんが自分のそばにいるようにって、監禁していたのね。


 彼女が死んでしまっても、かまわないでね。

 そこまでして、玉井さんは城ヶ崎さんを自分の物にしておきたかったのよ。

 もう、玉井さんにとっては城ヶ崎さんは人間じゃなくなっていたのかもしれないわ。

 すでに、物だったのよね。

 本当にかわいそうな人……。


 聞けば、タンク内の掃除の日が彼女の監禁当初の日にちと、ぶつかっていたらしいわ。

 でも掃除はされなかった。

 それまで、掃除なんて形式上で、ちゃんとやってたことなんてなかったそうよ。

 あのとき、掃除をきちんと行っていれば、彼女は発見されて助かったかもしれなかったって。

 あれ以来、その貯水タンクは丁寧に掃除されて水道が普通に使えるようにしたらしいんだけどね……。


 なぜか、例の右から2番目の蛇口からはドロッとした生臭い液体がゴボゴボいいながら出てくるんだって。


 他の蛇口からは普通の水が出るのよ。

 水道管やタンクを何回調べても、特に異常は見つからなかったのにね。

 それでね、その液体をうっかり触ったりすると、その皮膚は色素が抜かれたようになって、しばらく元に戻らないんだって。

 それで、生徒が気持ち悪がるので先生方が蛇口を封印してしまったのよ。


 今も生臭い液体が出るのかって?

 それは私も知らない。

 もし興味がある人は、こっそり蛇口の封印を解いて確かめてみたら?

 これで私の話は終わり。次の人どうぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る