『学校の怪談』編

【01】

「今日は付き合ってもらってありがとうございました」


 綺麗に染め上げられた茶色の髪の毛を少し揺らしながら、東雲さんは俺にそう言った。


「いえいえ、どうせ事務所にいても暇なのでお安い御用ですよ。しかし、衝撃的な映画でしたね」


 10月だというのに、夏の暑さが残るある日、俺は東雲さんから映画に誘われた。

 知り合いと行く予定だったが急に予定が合わなくなり、俺を誘ったのだそうだ。

 特に断る理由もないため、俺は承諾した。今はその映画の帰りで、街中をぶらぶら歩いている。


「まさかヒロインが主人公を殺すとは、全く予想できませんでしたね。彼女がなぜあんな行動をとったのか、これから考察するのが楽しみです」

「私には最初から最後まで、意味不明な映画でしたけどね」


 俺と東雲さんの前を歩いていた、中村という黒髪の女性が振り向いてそう言った。

 彼女の名前は中村咲なかむらさき。東雲さんのボディーガードだ。

 以前、俺が東雲さんと悪霊の元へ向かうとき、少しだけ顔を見たことがあった。


「中村さんもありがとうございます。今日見た映画は、少し難解だったので中村さんには退屈だったかもしれませんね」

「これも仕事ですから、大丈夫ですよ」

 以前見た時彼女はスーツを着用していたが、今日は私服を着ている。俺も東雲さんも私服だったので、彼女もそうしたのだろう。一人だけスーツでは目立ってしまうから。


 彼女はなんと公安警察なのだという。東雲さんが教えてくれた。

 中村さんが公安ということは、あの時、山形県に向かった時の車の運転手も公安なのだろう。

 公安という組織のことを俺は創作の世界でしか知らなかったが、身辺警護など行うのだろうか?


 中村さん自身からは、なぜ東雲さんを警護しているのか聞き出せなかった。守秘義務らしい。

 そんな女性二人と、俺は町中を歩いている。


「ん?」


 人が行き交う街中のビルとビルの間、薄暗くゴミが溜まっていた一本道に学生達がたむろしていた。

 高校生だろうか。4人ほどの男子学生が一人の学生を囲んでいる。

 傍から見てもわかる。おそらく、あれはいじめだろう。学生たちの表情で何となくわかる。

 かつあげでもしているのだろうか。


 通行人はその行為を目にしているが、面倒ごとに関わりたくないからか、皆素通りしていく。

 このまま見て見ぬふりをするのは後味が悪かった。どうしよう。止めに行こうか。

 俺がそんなことを考えていると、東雲さんが学生たちの元へ歩いて行くのが目に入った。


「え!?ちょ、ちょっと」


 そんな東雲さんの行動に、中村さんは驚いていた。


「黙ってないで何とか言えよてめぇ!」

 学生の一人がこぶしを振り上げる。

 東雲さんはその学生の手を後ろから掴んだ。


「やめなさい」


「は?な、なんだよあんた?」


「やめなさい」

 もう一度、東雲さんが強く言い放った。


「っち、なんだよこのおばさん?もう行こうぜ」

 掴まれた手を振り払い、学生たちが街中へと消えていく。

 汚れた床に落ちていた鞄を拾い上げ、東雲さんはそれを学生の前に出した。


「大丈夫ですか?」


「…………」


 いじめられていた学生は無言で鞄を受け取った。


「……余計な詮索はしませんが、もしつらいことがあるなら、一人で抱え込まないで誰かに相談した方がいいです。先生でも、家族でも、知らない誰かでもいいので」


 東雲さんがそう言うと、学生は小さくお辞儀をしてその場を去っていった。


「ほんとびっくりしましたよ、一人でどんどん行っちゃうんですから。東雲さんは人がいいんだから」

「すいません」

 口ではそう言っているが、中村さんは嫌そうではなかった。その気持ちは俺もそうだった。


 あれほど大胆に、悪い事を正すことができる人は、いい人の証拠だ。

 東雲さんは、他人にやさしい性格なのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る