【04】
「そろそろ人形が動き出す時間ですね」
深夜1時50分、俺達は人形をもともとあった娘さんの部屋の棚の上に置いて、隣の部屋で待機することにした。
洋服タンスが2つ置かれているこの部屋はおそらく衣装置きに使っている部屋なのだろう。
この部屋のドアを少しだけ開けると、隙間から娘さんの部屋のドアを除くことができる。
楓さんもこの部屋を使って人形を監視したようだ。
俺と高木は、息を殺してドアの隙間から人形が現れるのを待った。
斎藤夫妻は少し後ろでそんな俺達を見ていた。
もうすぐ問題の時間だ。俺は腕時計をちらりと見る。
時計の針が2時を指し示したとき、人形がいた部屋の扉が開いた。
扉の向こうに、フランス人形が立っていた。
ビデオカメラの映像を見た時は半信半疑だったが、実際に見てみると、とても奇妙な感じがした。
人形が歩いている姿は、まるでストップモーション・アニメーションを見ているかのような不自然さを思わせる。
リビングで見せてもらった時よりも、明らかに霊気の濃さが違っている。
鼠色の霧が人形の周りを
人形が階段を降り1階へと降りていった。
フランス人形にばれないよう足音を立てずに、俺と高木は後を追う。
斎藤夫妻も遅れながらついてきた。
人形は階段を下りるとリビングの方へ進んで行った。
庭が見える窓を眺めているように見えた。
その様子を高木がじっと見つめている。
不意に、人形がこちらを見た。
窓から差し込む月明かりが人形の顔をほのかに照らしている。
そのせいで人形の顔には影ができており、とても不気味に見えた。
人形がこちらを見た時、高木が叫んだ。
「全員下がれ!」
俺はすぐに斎藤夫妻を玄関の方へ下がらせた。
まずい。あの人形の雰囲気は数時間前見たものとは明らかに違う。
高木の反応が危険性を示している。
「妖狐」
高木が呟いた。
すると次の瞬間、彼の隣にどこからともなく白色の狐が姿を現した。
大きさは人間の腰くらいはある。大型犬の体系に似ていなくもない。
狐が出たと同時に高木は人形に近づいた。
……タスケテ。
どこからともなく、女の子の声が聞こえた気がした。
俺はその声の正体を確かめようと、あたりを見回した。
しかし、そのような声の持ち主は見当たらなかった。
高木を見ると、彼もまた俺と同じように周囲を見回していた。
もしかしたら彼にもさっきの声が聞こえたのかもしれない。
タスケテ。
また、声がした。
「……まさか!?」
高木はそう呟くと、再び人形へと歩み寄った。
白い狐も彼の後ろをついて行く。
彼が人形を手に持った。
「まじかよ……。お前、名前は?」
高木は人形に向かって話しかけている。
「おい、大丈夫なのか?その人形」
俺は人形を持っている高木に聞いた。
「大丈夫だ。害はない。それよりも、さっき女の子の声が聞こえただろ?」
「あぁ、さっき聞こえた。2回も。助けて、そう言っていたな」
「この子だよ。その女の子は」
高木はそういうと、人形を俺の前に持って見せた。
「はぁ?どういうことだ?」
「この人形には女の子の魂が宿っている。さっき名前を聞いた。聞いて驚け、この子は自分のことを真冬といった」
「真冬?斎藤さんの娘さんの名前じゃないか。彼女は去年病気で亡くなったと聞いたが……。1年も経ってから幽霊になることなんてあるのか?」
「死後、時間が経ってから幽霊になることは珍しいことじゃない。むしろそういうことの方が多い。問題なのは、病気で死んだはずの彼女がなんで人形に憑りついてこの家を徘徊してるのか、だ」
「何か心残りがあるとか?」
「恐らくそうだろうな。たぶん斎藤夫妻にはさっきの声は聞こえていない」
確かにそう思う。俺が女の子の声を聞いたときも、二人の様子に変わったところは見られなかった。
もし、声が聞こえていたのならば、何らかの反応を示すはずだ。
「真冬ちゃんをどうするんだ?このまま祓ってしまうのか?」
「いや、もう少し様子を見る。彼女からは特に害意は感じられないから、危害を及ぼすことはないだろう」
高木としばらく相談して、結論が出た。
このまま人形が行きたいところに行かせよう。
もしかしたら、何か伝えたいことがあるのかもしれない。
俺はすぐにそのことを斎藤夫妻に告げた。
「和也さん、どうやらあの人形の中には娘さん、真冬ちゃんの魂が入り込んでいるようです」
「娘が!?どうして?」
「それはわかりません。もしかしたら、娘さんは死んだあと、何か強い心残りがあってこの世にとどまっているのかもしれません。なので、このまま彼女が何をするのか、見届けようと思うのですがいかがでしょう。お祓いをするのは、それからでも遅くはありません」
「えぇ、そうしてください!それに、ほんとうにあの人形に真冬がいるのなら、お祓いする必要はありません。こんなにうれしいことはありませんよ!」
というわけで、このまま人形をそっとしておいて、様子を見届けることとなった。
俺がこの話をしたときに、楓さんの表情が少し曇ったような気がした。
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