【05】

 真冬ちゃんの心意を図るため、高木は持っていたフランス人形を廊下に置いた。

 自由の身になった人形は、玄関に向かって歩き出した。

 鍵のかかった扉の前まで歩くと、その場をうろうろする。


「もしかして、ドアを開けてほしいのか?」


 和也さんの許可を得て、俺は玄関の扉を開いた。

 ドアを置けると、人形が再び歩行を開始する。やはり、外に出たがっていたようだ。

 俺達は、その後しばらく、人形が歩く姿を後ろで見ていた。

 一般人に見られたらどうしようと思っていたが、深夜2時過ぎということもあり、人通りは皆無だった。


 着いたのは、斎藤家から少し離れた公園だった。当然、公園には人ひとりいなかった。


「和也さん。この公園に見覚えはありますか?」

「はい、ここは娘と遊んだことがある公園です。真冬の体調が良いときは、この公園でよく遊んでいました」

 人形はどうやらこの公園に用があるらしい。公園の中を歩いて、大きく育った木の下で止まった。


「真冬ちゃんはこの下を掘ってほしい、と言っています」


 高木が人形を見ながらそう言った。彼はどうやら真冬ちゃんと会話ができるようだ。


「本当にそんなことを言っているんですか?」


 楓さんが、高木をにらみつけ、そう質問した。


「はい?」


「さっきからおかしいですよ!あなた達!聞こえもしない声を聞いたり、人形が動いているのに全然驚いていないし。全部あなた達の芝居なんでしょ!私達をだまして金をとろうっていう魂胆なんでしょ!」


「か、楓、どうしたんだ急に……!」


「どうかしてるのはあなたの方よ!真冬はもう死んだの!もうこの世にはいないのよ!?真冬の魂がその人形に憑りついてるなんてあり得るわけないじゃない!もういい加減にしてよ!私はいつまであなたの昔の思い出に付き合わされなきゃいけないの!?」


「神崎。人形の下の土、掘れ」


「はぁ?俺が?でも道具もないし」


「手で掘れ」


 何言ってんだこいつ?

 ふざけて言っているわけではなさそうだった。高木の目を見ればわかる。

 しかし、手で土を掘るとは……。時間がかかりそうだ。

 俺は言われた通り、人形の土を掘り始めた。和也さんも手伝ってくれた。


 高木は楓さんをじっと見つめていた。ひと時も目を離さずに。


 しばらく掘っていくと、何か固いものが出てきた。

 それは、少し大きめなブリキ製のおもちゃ箱だった。時間が経っているのか、所々が錆付いている。

 缶の蓋を取り外し、中身を確認する。


 中に入っていたのは、ビデオカメラと液体の入った小さな小瓶だった。


「これは……」


 ビデオカメラを見て、和也さんがつぶやいた。


「見覚えがありますか?」


「これは、前の妻がよく使っていたビデオカメラです。家族で旅行に行ったときや、何か特別な日は妻がこれでよく娘や私を撮影していました」


 和也さんはそのビデオカメラを操作してみた。

 しばらく放置されていたようだが、電源が付いた。

 俺も横で見てみる。


 ビデオカメラのメモリの中にはたくさんの映像が保管されていた。

 和也さんが言った過去の思い出が保存されているのだろう。

 その中で、録画日が新しいものがあった。2019/08/03。去年の映像のようだ。


 映像を再生してみる。


 映し出されたのはベッドの上に座っている女の子の姿だった。

 和也さんの反応を見るに、おそらく映っている彼女が真冬ちゃんなのだろう。

 画面の両側に、人形のような物が映っている。おそらく、間に挟んでカメラを隠しているのだろう。


 しばらくすると、部屋をノックする音が聞こえ、楓さんが入ってきた。

 どうやら料理を運んできたようだ。

 撮影されていることに気づいていないのか、カメラの前に料理を置くと、楓さんはポケットから小瓶を出して、何かの液体を料理に入れた。

 そのまま、その料理を真冬ちゃんに持っていく。


「何を入れたの?」

 真冬ちゃんが聞いた。


「お医者様から貰った新しい薬よ。これできっとよくなるわ」

 楓さんはそう言って真冬ちゃんに料理を食べさせた。


「……おいしくない」


「苦いお薬だから仕方ないわ。ちゃんと食べないと病気治らないわよ?」

 真冬ちゃんが苦しそうに料理を食べる姿がしばらく続いた。

 見るのがつらいのか、和也さんは残りの映像の部分を飛ばし、次の日の日付の映像を再生した。


 次に流れた映像も同じようなものだった。

 楓さんが薬らしい液体を料理に入れて、真冬ちゃんが食べる映像。

 それが7日分保存されていた。


 8月10日から先の映像は保存されていなかった。

 真冬ちゃんの命日は確か8月10日だ。和也さんがそう言っていた。

 つまり、死ぬ前の1週間が記録されているということになる。


 これを見せて、真冬ちゃんは何を伝えたかったのだろうか?

 ビデオカメラと一緒に保管されていたこの小瓶は、楓さんが料理に入れていた物と同じ物に見える。


「薬……?」


 和也さんが映像を見た後つぶやいた。

 彼は小瓶を取り出すと楓さんを見た。


「楓、薬ってどういうことだ?真冬が死ぬ前にそんなもの処方された覚えはないぞ。なんていう薬だ?」

「……覚えていない。長い名前だったから」

 和也さんの手に小瓶が握られているのを見て、楓さんの顔が見る見るうちに青ざめていく。

 楓さんが小瓶を見た時の反応で、嫌な予感が脳裏に浮かんだ。


 まさか、あの小瓶は、薬などではなく……。


「楓、もしかしてこれは、毒なのか……?」


 彼女は何も答えなかった。


 しばらく沈黙して、くぐもった笑い声が聞こえてきた。


「あなたが悪いのよ。昔の女のことばかり思い出して、口を開けば昔の思い出話ばかり。再婚したくせに、都合がいいのよ、あなたは……」


「そんな、なんということを……」


「その小瓶、返して」


 楓さんがポケットから何かを取り出して握っている。あれは果物ナイフだ。


「返して!」


 握りしめたナイフを和也さんに突き立てて彼女が駆け出した。


 まずい、このままでは和也さんが刺されてしまう。

 しかし、楓さんの動きを高木は見逃さなかった。


「妖狐」


 高木が再び、その単語を呟いた。人形と対峙した際も同じ単語を口にした。


 その言葉に応じて、真っ白な毛並みの狐が再び姿を現した。


 先ほど現れた時とは、大きさがまるで違う。狐にしてはあまりにも大きすぎるその体は、まるで百獣の王のようだった。


 狐の姿は楓さんにも見えているようで、唐突に表れた獣に彼女が目を見開いた。


 姿を現すや否や、狐はナイフを持つ手に真っ直ぐにとびかかり、刃の部分だけ嚙みちぎると、楓さんの身体に覆いかぶさる形で、彼女を拘束した。


 あのような巨体に乗りかかられたら、女性ではまず身動き一つとれないだろう。


「お前ら、みんな殺してやる!!!」


 巨大な獣に身体の自由を奪われながら、楓さんはしきりに叫んでいた。


 楓さんが動けないことを確認して、高木が俺に指示を出してきた。


「神崎、警察に電話しろ」

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