【02】

 電話で依頼を受けた俺と高木は午後9時に依頼主の家に到着した。

 9時という時間を指定したのは依頼主である。

 事務所から電車で3時間もかかったため、二人とも少し疲れていた。

 俺は玄関のチャイムを押す。


 しばらくして、二人の男女が玄関に現れた。

 見たところ、男性は30代前半、女性の方は20代後半といったところだろうか。

「初めまして、高木探偵事務所の者です」

 俺の言葉に男性の方が応えた。

「わざわざ遅くにお願いして申し訳ありません。さぁ、中へどうぞ」


 俺と高木は促さられるまま、リビングへと案内される。

 壁が白で統一された清潔感のある部屋だった。

 物が散らかっている様子もなく、よく掃除されている。

 リビングに置いてあった4人掛けのテーブルに座るよう促され、椅子に腰を下ろす。


「それで、人形が動くというのは……?」

 開口一番、高木が口にした。

 男性の隣に座っていた女性がそれに答える。

「1週間くらい前からでしょうか。娘が持っていた人形が家の中を彷徨さまようんです」


 彼女の名前は、斎藤楓さいとうかえで。事務所に依頼を持ち掛けた人だ。

 2年前に、夫である斎藤和也さいとうかずなりさんと結婚し、専業主婦をしているそうだ。


 相談内容は至ってシンプルなものだった。

 深夜になると、夫婦の娘の寝室から、おもちゃのフランス人形が独りでに動き出し、家の中を徘徊するというものだ。


 第一発見者は奥さんである楓さん。


 深夜、トイレに行くために起きた彼女は、1階で妙な物音がするのに気が付き、恐る恐る音の方に近づいたところ、玄関の前でフランス人形が右往左往している所を目撃したようだ。


 彼女は驚いて、すぐに夫の和也さんを起こして、人形の元へと向かった。

 玄関の照明をつけて、人形に近づいたところ、人形はまったく動かなくなったと言う。


 見間違えだろうということで、その日はそれで終わったそうだが、気になった楓さんは次の日、人形を見た時間帯に、娘さんの部屋の前を監視することにした。


 すると、部屋の扉が開き、人形が再び動いているのを目撃したという。

 今度は、人形にばれないように、和也さんを呼び、彼もまた人形が歩いているのを目撃した。

 人形は階段をぎこちなく降りると、今度はキッチンを彷徨った。

 危険を感じた二人は、すぐに人形を捕まえたという。


 しかし、二人に捕まると人形はまた動かなくなってしまった。


 また次の日、今度は娘の部屋にカメラを設置して人形を監視した。

 日中は全く動くそぶりを見せず、やはり深夜になってから動くのをカメラが納めていた。


 その映像を見せてもらったが、本当に動いていた。

 どことなくぎこちないが、しっかりと足で歩いている。


 気味悪がった楓さんは人形を神社に持って行って供養しようといったらしいが、和也さんが断ったらしい。


「あの人形は、娘がよく遊んでいた人形なんです。そんな簡単に捨てるわけにはいかない」


「娘さんは人形が動いていることに気が付いていないのですか?」


 俺が質問をすると、和也さんは黙ってしまった。


 しばらくの沈黙の後、楓さんが口を開いた。


「実は、娘は、真冬まふゆは、1年前に病気で亡くなってしまいまして……。あの人形は娘の遺品なんです」


「あっ……、それは失礼しました」


 予想外の返答に、俺は慌てて謝罪する。

 俺の謝罪を聞いた後、和也さんは再び話し出した。


「本当はあまりよくないことなのでしょうけれども、実はまだ娘の死を受け入れることができていなくて……。娘の部屋の遺品は、ほとんど手付かずなのです。あり得ないことですが、ある日突然、娘が返ってくるような、そんな気がして、どうにも捨てることができていないのです」


 娘さんが特に気に入っていたのが、例のフランス人形なのだそうだ。

 なので、今回の怪異が起きたからと言って、神社で供養してもらう、という気にはなれないらしい。

 だからと言って、今の状態が続くのも気味が悪いので、今回依頼に至ったのだという。


「わかりました。では一度、問題の人形を見させていただいて、祓う必要があるかどうか確認をさせていただきます」


 高木から話を進めるそぶりが見られないため、俺が仕切る。


 3か月前のあの事件がきっかけで、俺にもある程度の霊感が備わっていた。

 と言っても、お祓いができるわけではなく、幽霊が見えるだけである。

 実際にお祓いをするのは、隣に座っている高木の仕事だ。


「あの、お祓いが必要な場合、費用というのは……?」

 奥さんの楓さんが聞いてきた。


「いえ、ご心配なく。お代は頂きません。祓う必要がある場合、隣の彼がお祓いをして、それで終わりです」


「えっ、そうなんですか?てっきりお金を払うものかと」


「僕もそういうものかと思っていましたが、どうやら違うみたいです」


 楓さんは、どういう意味なのか分かりかねていた。

 詳しく説明した方がいいものか。俺は高木の顔を見てみる。


 これ以上余計な話はするな、という意味だろうか。高木は俺をにらめつけていた。


 その雰囲気を察して、楓さんは「すぐに人形をお持ちします」といい、2階へと向かった。

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