【10】その後
「それにしても、無事で何よりです」
「ご心配をおかけして、すいませんでした」
話し声が聞こえる。男性と女性の声だ。
どれほど眠っていたのだろうか。目を開けた時、俺は見覚えのある布団の中にいた。
ここは、東雲さんの家だ。いつの間に移動したのだろう。
周りを見ると布団がもう一組敷かれていたが、使用者は既に部屋にはいなかった。
隣の部屋では東雲さんが誰かと話している。
「やはりあなたは悪霊への適性が低いのが弱点ですね。妖怪とはいい戦いができるのにもったいない。ところで、あなた、またいかがわしいお店に行ったそうですね。中村さんが偶然見かけたそうですよ」
「うっ、それは……」
「息抜きもいいですが、ほどほどにしておいてくださいね。その自制心の無さが悪霊につけ入る口実を与えてしまうのですから」
「うっす……」
この人達は何の話をしているんだ。
俺はすぐに隣の部屋へと向かった。
襖を開けると、東雲さんと高木が面と向かって座っていた。
「おはようございます。神崎さん」
東雲さんが笑顔で挨拶してきた。振り返った高木と目が合う。
「高木さん、意識が戻ったんですね。よかった」
「えぇ、おかげさまで。神崎さん、あの時は自分の力不足ですいませんでした」
「神崎さんもどうぞお座りください」
東雲さんに促され、俺は高木の隣に腰を下ろした。
「3日ぶりのご自分の身体はいかがですか?」
「え?」
そうだった。俺はあの化け物に襲われた後、幽体離脱をしていたのだった。
言われて俺は先ほど寝ていた部屋を見てみる。
そこに自分の身体は見えなかった。試しに自分の手を見てみる。いつも通りの俺の手だ。
「大丈夫そうです」
「それは良かったです」
「あの化け物はどうなったんですか?」
「アレは私が取り込みました。私が生きている限り、アレが神崎さんに危害を加えることはありませんので安心してください」
取り込んだという言葉を聞いて、東雲さんが化け物の成れの果てを飲み込んでいたのを思い出す。霊能力者というのはそんなことができるのか。
「いったいアイツは何だったんですか?」
「これは取り込んだからわかることなのですが、元々は赤ん坊を失った母親の怨霊だったようですね。長い年月の中で何人もの人間を襲い魂を奪うことで力をつけ、あそこまで強力になったようです。いつかの時代に除霊が試みられたようですが、祓いきれずに仕方なく社の中に封印していたのだと思います」
「そうですか……。やっぱり俺が箱を開けたせいであの化け物が解き放たれてしまったんですね」
「神崎さんのせいではありませんよ。除霊しきれなかった我々側の責任です」
東雲さんはそう言っているがやはり責任感を感じてしまう。
俺のせいで高橋理恵と町田さん、少なくとも二人の命が失われているのだ。
「あぁ、それと神崎さん。話は変わりますが」
「はい?」
「大人になったあなたを見れて本当に良かった、と高橋さんが言っていましたよ」
それを聞いてあの時の光景がよみがえる。
俺が意識を失う前に東雲さんの横に見えた女の子の影。
やはりあれはりーちゃんだったのだ。
「東雲さん、もしかして高橋理恵、いやりーちゃんの魂は今も悪霊の中にいるんですか?」
「いえ、もういないようです。私が悪霊を取り込んだのと同時に消滅しました。多分、高橋さんは悪霊に襲われた時、あなたのことを守りたいと強く願ったんだと思います。その思いだけが悪霊の中に残り、守護霊としてあなたが悪霊に襲われた時、守るように働いていたのでしょう。悪霊に襲われた時、あなたの魂が半分残っていた理由がわかりませんでしたがこれで合点がいきました。もしかしたら、最初にあなたの部屋で起きた怪異も高橋さんが悪霊の存在を知らせるため、わざとやったものなのかもしれません」
そういえば、俺が町田さんに部屋を見てもらった時、誰かに好意を持たれたことはあるか?と質問されたことを思い出す。
もしかしたら、あれはりーちゃんの思いを町田さんが感じ取ったものなのかもしれない。
もしそうなら……。
俺は意を決して東雲さんにある提案をすることにした。
「あの、俺を東雲さんの下で働かせてもらえませんか?罪滅ぼしというわけじゃないですけど、りーちゃんみたいな被害者を少しでも無くしたいんです!」
東雲さんは一瞬きょとんとしていたが、すぐにくすくす笑い出した。
「ダメですか……?」
「いえ、むしろ歓迎します。実は断られるのを覚悟で、私達の仕事のお手伝いをお願いしようと思っていたんですよ。でもまさか神崎さんからお願いされるとは思いませんでした」
どうやら大丈夫なようだ。俺は胸を撫でおろす。
「神崎さん、アレが見えますか?」
東雲さんが指さした方向には、着物姿の女性がいた。
「東雲さん!?なんでアイツがここに?」
「私が今表示させているだけです。害はありません。やはり『視える』のですね。なら調査係にもってこいですね」
「調査係?」
「はい。あれは普通の人々、つまり霊力を持たない人間には見えません。神崎さんは悪霊と何度も接触したせいで幽霊が見える身体になりました。なので、これからは高木君と一緒に幽霊による被害を調査してほしいのです。今回のケースのように幽霊の被害に悩まされている人々は一定数います。そういった方々の所へ調査に行き、本当に幽霊による被害なのかどうか検証してほしいのです」
なるほど、それならばお祓いができない自分にもできそうだ。
しかし、高木と一緒というのはどういうことだろう。
「高木君は神崎さんの護衛です。調査中に幽霊に襲われた場合、神崎さん一人では抵抗できないですからね。それに高木君の生活習慣を改善させるためにも神崎さんの力が必要ですね」
それを聞いて高木はそっぽを向いた。そんなにこの人の生活はずさんなのだろうか。
「神崎さんには高木君の探偵事務所のスタッフをしてもらいましょう。いいですね?」
東雲さんは高木を見ながらそう言い、高木も渋々納得していた。
「では、神崎さん。今後ともよろしくお願いします」
こうして、俺は奇天烈な世界に身を投じることとなったのだ。
高木探偵事務所では、いったいどんな依頼が待っているだろう。
手始めに、後輩の水谷に頼まれた元カレ問題を解決してやろうと、俺は思った。
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