【07】幼いころの記憶

 あれは5歳ごろ、まだ小学生になっていないころだったと思う。


 俺は夏休みの間、祖母の家に預けられていた。

 祖母の家は典型的な田舎の家で、近所には民家と畑、川と山しかなかった。

 子供の遊び場としては、家の中でテレビゲームをしているより、よほど健全といえるだろう。


 祖母の家で数日過ごし、俺は4歳年上の女の子、高橋理恵と出会った。

 彼女もまた、夏休みを利用して遊びに来ているらしく、祖母の近所に住んでいるおじいさんの孫なのだそうだ。

 そういうわけで、俺は彼女と残りの夏休みを過ごすこととなった。


「一成君何歳?」

「5さい」


「じゃあ年中?」

「うん」


「じゃあ私お姉ちゃんだから虫取りとかいろいろ教えてあげる!」

「うん!」


 彼女は一言で言うと、明るい子だった。

 俺たちは、山で虫取り、川で水遊び、花火、と田舎でしか楽しめない遊びを満喫した。

 それまで家でゲームをして遊ぶことが多かった俺にとって、それらの体験はどれも記憶に残るほど新鮮で貴重なものだった。

 そんな遊びを教えてくれた彼女のことを俺は好きになり、いつしかりーちゃん、いーくんと呼ぶ仲になっていた。


「いーくん、今日は何して遊ぶ?」

「虫取りしたい!」

「いいね!じゃあまたあそこの山に行こ!」


 もし、時間を巻き戻すことができるのなら……。


 虫取りと言わずに別の遊びを提案したい。

 なんでもいい。川で小魚を捕まえるのでもいい、家で絵を描いて遊ぶのでもいい。


 あの山にさえ行かなければ、なんでも。


「2人とも、今日はどこに行くんだい?」


 俺が玄関で靴ひもを結んでいる時、祖母に呼び止められた。


「板橋山で虫取りしてくる」


 りーちゃんが答える。


「そうかい。理恵ちゃんはおじいちゃんからよく聞かされていると思うけど、山の中にある古い社はいじったらいけないよ。神様からばちが当たるからね」

「はーい」


「ねぇ、やしろってなに?」

「私もよくわかんない。木でできた小さいお家みたいなのが山の頂上に行く道の途中にあるんだけどね。おじいちゃんと山登りに行ったときにそれに触ろうとしたら、すっごく怒られたの。バチが当たるぞ!って」

「そうなんだ」


「気になる?」

「ちょっと」


「山上るついでに見てみよっか。村の人も普通にそこ通ってるみたいだし」

「うん!」


 目的の社はすぐに見つかった。


 山頂へ続くのぼり道の途中に、木製のこじんまりとした家がぽつんと置いてあった。

 今だからわかるが、神社における摂社、末社がそれに近い形をしている。 

 件の社には仰々しい飾りなどはなく、少しの花とお供え物が置かれているだけだった。その時俺は、社に付いている扉の中身が気になった。


「中に何が入っているんだろう?」

「わかんない。でも開けちゃだめだよ。バチが当たっちゃうから」


 その時は、それを見ただけでもう満足し、本題の虫取りをしていた。

 しかし、虫取りをしている最中、あの扉の中身のことを俺は考えてしまった。

 考え出すとそのことで頭がいっぱいになってしまい、俺は一人でこっそりさっきの社に戻ってしまった。


 社の扉に鍵はかかっていなかった。そのため簡単に開いた。

 中には小さな箱が置いてあるのみだった。


「いーくん」

 急に話しかけられ驚いてしまう。後ろにいたのはりーちゃんだった。


「心配したよ急にいなくなったから」

「ねえねえこの中なにもはいってなかったよ」


「え?本当だ。なーんだ、中に何かすごいもの入ってると思ってたのに。って、コラ。触っちゃいけないって言ったでしょ」

「えへへ、ごめんなさい」


 俺は中に入っていた箱を取り出してみた。


 ただの好奇心だった。


「何が入ってるんだろう」


「汚いからやめときなよー」


 箱を開けた瞬間、目の前に着物を着た女性が現れた。


 その後俺は意識を失ってしまった。次に目が覚めた時、俺は祖母の家で寝かされていた。

 帰りが遅いため心配した祖母が板橋山に二人を探しに行ったとき、倒れている俺を見つけて家まで運んでくれたらしい。


 家で目覚めた時、高橋理恵の姿は無かった。祖母に聞いてみても、私は見ていないと言われた。


 祖母に何があったのか聞かれたとき、俺は虫取りしていたら夢中になりすぎて、疲れて寝てしまったと嘘をついた。怒られるのが怖くて、社を触ってしまったこと、中に置いてある箱を開けてしまったことを言えなかった。


 あからさまな子どもの嘘に気づいているのか、祖母はそれ以上何があったかは聞いてこなかった。


 夜中、玄関で祖母が誰かと話しているのが聞こえた。

 次の日、両親が迎えに来て俺は東京の家に帰った。

 両親にりーちゃんは?と聞いてみても、「警察の人たちが一生懸命探しているから心配しなくていいよ」とはぐらかされた。


 それ以来、彼女のことを聞くことができなかった。


 怖かったのだ。自分が社に触ってしまったせいでバチが当たって、りーちゃんが何かに連れていかれたんだ、と本気で信じていたからだ。


 だから、あの日のこと、りーちゃんのことはできるだけ考えないように努めた。思い出したときは、忘れようと別のことを必死で考えた。


 結局、彼女が発見されることはなかった。


 高校生になった時、俺は高橋理恵のことをインターネットで検索し、情報を探した。あの時の体験は記憶違いで、りーちゃんは何者かに誘拐されたのだと考えていたからだ。高校生にもなると、罰当たりなど馬鹿馬鹿しいと思えるし、合理的な判断をすれば、それが一番納得のできる考えだった。


 彼女の名前を検索したとき、あるブログが目に入ってきた。


『少女Tの原因不明の失踪事件!!誘拐?神隠し?』


 オカルト系の記事を大量に投稿している匿名男性の記事だった。


 記事には、当時地方新聞で彼女の失踪が事件として報じられていたこと、目撃情報がほとんどなく警察の捜査が難航していたこと、被害者の女の子が村のいけにえにされたなどと、あることないことが書かれていた。


 他のサイトもいくつか見てみたが、同姓同名の違う人物の記事しか見つけることができなかった。


 あの化け物に襲われた今ならわかる。


 あれは誘拐事件なんかじゃない。


 あの社に置いてあった箱を開けたせいで、りーちゃんは化け物に殺されたのだ。お婆ちゃんや村の人は知っていたんだ。あの社には禍々しい何かがあると。だから誰も触らずに、ただそっとしていたのだ。


 そんなことに今更気が付いても、もう遅いか。


 こいつに殺されたら、またりーちゃんに会えるのかな。会えるといいな……。

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