【04】高木からの電話

 怪奇現象を相談したあの日、町田さんから「しばらくの間部屋には住まないほうがいい」と忠告され、俺はそれに従って、近場にある安いビジネスホテルに宿泊していた。

 幸いにも、今のところはホテルの部屋で怪奇現象に悩まされてはいない。

 あれからもう三日経つが、町田さんからの連絡はまだない。昨日、こちらから電話をかけてみたのだが彼が出ることはなかった。


 そんな中、狭いホテルの部屋でテレビを眺めていると携帯電話が振動した。

 表示された番号は見知らぬものだった。普段なら、知らない番号からの電話は無視して後で番号を調べてから掛けなおすのだが、今は状況が状況だったのですぐに電話に出た。


「あー、初めまして、自分は高木という者です。神崎さんですか?」

 電話の声の主は自分と同じくらいの年齢の男性のようだった。

「はい、そうですが……」

「神崎さん、先日町田って名前の神主に除霊の相談をされましたよね?私は彼の知り合いでしてね。神崎さんのことで彼から相談を受けていたんですよ」

 どうやらあの神主の知り合いというのはこの男のようだ。


「あなたが町田さんの知り合いの方でしたか。えぇ、確かに相談しました。その時は除霊はしていただけませんでしたが」

「そうみたいですね。神崎さん、その後、町田さんから何か連絡ってありましたか?」

「いいえ、特には」

 町田さんは、あの後、知り合いに相談出来たら連絡すると言っていたが、あれからもう3日経っている。

「自分も詳しいことは会って話したいと、言われたんですけどね。その後の連絡がないんですよ。こっちからかけても電話に出ないし」

「そうなんですか」

「神崎さん。よかったら二人で町田さんに会いに行きませんか?」


「え?直接会いに行くんですか?自分はいいですけど、町田さんは大丈夫なんですかね。連絡がないのは、忙しいからなのかも」

「心配しなくて大丈夫ですよ。会って直接話したいと言ってきたのは彼のほうですし。神崎さんもいた方が話も早いですから」

「そういうことなら、わかりました」

 その後、町田さんがいる山城神社の最寄り駅に集合ということになり、電話は切れた。


 どうして町田さんは電話に出ないんだろう。さっきは忙しいからかも、などと言ってみたものの、どうにも吹っ切れなかった。どんなに忙しくても電話くらいは出られるだろうし、町田さんのような丁寧な応対をする人ならば、何らかの連絡はしてくると思う。

 一抹の不安を感じながら、俺は部屋着から外出用の服に着替え、ホテルを後にした。




 平日の昼間ということもあり、駅の人はまばらだった。

 半袖の柄シャツを着ているのが自分です、と電話で高木は言っていた。

 高木と思われる男はすぐに見つかった。

 黒と茶色の柄シャツを着ている彼は、俺のことを見ると手を振ってこちらに寄ってきた。

「初めまして、高木です」

 服装の割には、礼儀正しく高木が話しかけてきた。

「では、早速行きましょうか」

 町田さんがいる山城神社は駅から30分ほど歩いたところにある。

 本当にこの人が町田さんの言う助っ人なのだろうか。

 柄物のシャツに黒のパンツ。手荷物は財布と携帯電話のみのようで、パンツの後ろポケットに長財布の半分が露出していた。髪の毛はパーマがかかっているようで、ところどころ跳ねている。


 霊媒師というより、パチンコ屋に向かう途中のチンピラという感じだな。

 それが、高木に対しての第一印象だった。

 神社へ向かう途中、無言なのも気まずいので高木に話しかけることにした。

「高木さんは何のお仕事をされているんですか?」

「仕事といっていいのか怪しいですが、探偵をしています。といっても、依頼はあんまりなくて、除霊の仕事で食べていけてる感じですが」

 探偵。今時そんな仕事が本当にあるとは。小説の世界だけの物かと思っていた。

「除霊の仕事、ということは自分のような悩みを持っている人が他にもいるんですか?」

「悩んでいる方はそれなりにいますよ」

「自分で言うのも、アレなんですが、幽霊って本当にいるんですか?」

 なんとも阿保らしい質問だ。自嘲気味な笑いを浮かべながら俺は言う。

「大声では言えませんが、います。町田さんに会えたらもっと詳しく説明します」

 それきり、高木は口を開かなくなった。


 ほどなくして、町田さんが運営する神社に着いた。しかし、神主の姿は見当たらない。

 高木はそれを確認すると、隣の民家のほうへと向かった。

「普段はこっちで生活しているみたいですよ」

 彼はそういうと、玄関のインターホンを押した。

 すると、付随しているスピーカーから女性の声が聞こえてきた。


「どちら様でしょうか?」


 どことなく悲しそうな声だった。

「町田陽介さんの知り合いの高木というものです。仕事の件でお会いしたいのですが、陽介さんはいらっしゃいますか?」

 陽介というのは、町田さんの本名なのだろう。高木は返答した。

「少々お待ちください」

 音声が切れ、しばらくした後、玄関からやつれた女性が姿を現した。


「お久しぶりです、奥さん。高木です。陽介さんは?」

「そのことなのですが……」

「え?」

「主人は昨夜亡くなりました」

「亡くなった?」


 女性の返答に俺は目を点にした。

 町田さんが死んだ?


 なぜ?

 三日前に会った時はあんなに元気そうだったのに。


「なぜ亡くなられたんでしょうか?病気とか?」

 高木がすぐに聞き返す。

「いえ、それが……。自分で首を吊って……」


 そこまで言ってから、女性はうつむいてしまう。今にも泣きだしそうな声色だった。


 その反応で察しがついた。

 町田さんは自殺したのだ。

 しかし、理由が全く分からない。


 俺は高木へと目をやる。すぐに目が合った。

 彼も俺と同じく動揺していた。


「それは、大変な時に伺ってすいません。何か心当たりは……」

「いえ、まったく……」


 しばらく、お互いに沈黙した後、「少し待っていて下さい」と言って、女性は玄関から離れどこかの部屋へと向かっていった。それからすぐに戻ってくると、白い封筒を持ってきた。

「夫の部屋にあったものです。多分高木さん宛だと思います」

 そう言うと、女性は持っていた封筒を差し出してきた。


 高木様へ。封筒にはそう書いてあった。


「ありがとうございます」

 高木はそういうと封筒を受け取った。

「陽介さんのご遺体の方は?」

「事件性がないか調べる必要があるそうで、警察の方が昨日引き取りに来ました。検死にしばらく時間がかかるそうです」

「そうでしたか。失礼致しました。お力になれず、申し訳ありません」


 そういって、高木と俺は神社を後にした。

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