【02】お葬式

 電話で訃報を聞き、俺は急いで自宅に戻り、いくつかの着替えをスーツケースに詰め込み駅へ向かった。新幹線のチケットを購入するときには9時を過ぎていたが、なんとか最終便の自由席を取ることができた。


 先週まであんなに元気だったのに。


 駅で買った弁当を頬張りながら、俺は祖母との思い出に浸っていた。

 祖母は明るい人だった。落ち込んでいる姿など見たことがない。祖父が亡くなった時はさすがに少し暗かったが、彼が死んだことを皮肉る程度には余裕のある人だった。

 幼いときは両親に連れられて、よく遊びに行っていた。


 そこで、少し年上の女の子と遊んでいる光景が思い浮かび、それ以上思い出さないよう、俺は携帯を見て別のことを考えることにした。


 祖母の家がある村は、駅から車で1時間ほどかかる場所にある。

 なので、駅からはタクシーで移動することにした。

 祖母の家に着いた時には、何組かの親戚がもう集まっているようで、車が何台か家の近くに止められていた。

「おぉ、一成君。久しぶり」

 玄関を入ると、親戚のタツおじさんに会った。達夫だからタツ。

「お久しぶりです、元気そうですねおじさん」

「あぁ、俺は元気だが今回は驚いたよ。まさかあの婆さんが急に死んでしまうなんてなぁ」

「えぇ、自分も母から聞いたときは驚きました」

 驚いているのは俺だけではないようだ。おそらく、親族中がびっくりしていることだろう。


 茶の間に向かう途中、母と会った。

「お帰り。来るとき混んでいなかった?」

 祖母が死んで動揺しているものだと思ったが、意外と母は元気そうだった。

「夜の席だから大丈夫だったよ」

「そう。お隣の田代さんがお婆ちゃんが家で倒れているのを見つけて病院に連絡してくれたみたいなんだけど間に合わなかったみたい。心不全で亡くなったんだって」

「そうなんだ……」

「別れが言えないのは悲しいけど、死んだものは仕方がない!せめて笑顔で送り出しましょう。悲しんでる顔見せたらお婆ちゃんに怒られちゃう」

「そうだね」

 母の明るさは祖母譲りだなと思う。


 そういうわけで、茶の間に集まっていた親戚たちに軽く挨拶をし、母の雑事を手伝っていた。葬式はやることが本当に多いのだ。

 納棺、通夜、火葬など一連の行事の日程の打ち合わせを行い、一息ついた俺はふと窓を眺めた。


 祖母の家にはそれなりの大きさの庭があり、一部は畑としてピーマンやナスなどの野菜が栽培されていた。祖母が亡くなったため、この家も母と自分で管理していかなければならない。売却するのも手だがこんな田舎の土地だと買い手を見つけるのにも一苦労しそうだ。

 そういえば、電話があって急いでこっちに来てしまったが、水谷は大丈夫だろうか。話を聞く限り面倒くさそうな男に付きまとわれているようだし、大事にならないといいけど。


「え?」


 窓から見えた奇妙な物に思わず声が漏れる。


 小学生くらいの女の子が祖母の庭に立っている。


 りーちゃん?


 22年前起きた失踪事件の被害者、高橋理恵の姿がそこにはあった。




 気づいた時には駆け出していた。

 彼女が先ほどいた庭に向かってみたが、それらしい姿は見当たらない。

 俺は急いで周囲を見渡す。


 ……いた。


 高橋理恵はすでに家を離れ、数メートル離れた道路を歩いていた。

 Tシャツに短パンと、女の子が着るにはいささか不釣り合いなファッション。


 間違いない、彼女は高橋理恵そのひとだ。

 明るく活発で、俺と何度も遊んでくれたりーちゃんだ。

 なぜ、彼女が当時の格好のまま、姿を現したのか、見当がつくはずがなかった。

 しかし、もう二度と見ることができないと思っていたあの姿が目に映ると、不思議と足が彼女の後ろについていってしまう。


 しばらく彼女についていくと、山の中に入った。

 夢で何度も見たことのある、あの山だ。

 そう、22年前のあの日、俺と高橋理恵はこの山に入ったのだ。虫取りをするのが目的で。


 そこで、あの社を見つけたのだ。


 彼女が朽ちた社の前で止まった。


 すると振り返り、俺を凝視する。


 あの日と変わらない笑顔で。


 やめてくれ、そんな目で俺を見ないでくれ。


「あの時、どうして助けてくれなかったの?」


 ちがう、そんなつもりはなかった。


 ただ、怖かった。子供だったから。


「やめてくれ!」


 気が付くと、見覚えのある天井が目に映った。

 急いで身体を起こし、周囲を見渡す。

 どうやら、夢だったようだ。隣で母が眠っていた。


 ……どこからが夢だったのだろうか。

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