第200話 世界の危機は終わらない?


 私が思った事は二つ、まず突き付けられた剣がワサビみたいな色してるな~って感想。そして次に腕の中の星明が目を覚ましてくれた……だった。


「星明……大丈夫なの!?」


「ああ、綺姫、何とか……って、これは!?」


 目の前の光景に驚きながら即座に事態を理解した星明が快利さんを睨み付ける。でも救世主さんは怯む事無く口を開いた。


「では改めて救世主が問う……天原綺姫、君の腹の中の子の処遇をどうするか聞かせてもらおうか」


「「へっ?」」


 ナニヲイッテルンデスカ? 救世主って頭おかしいの? 困惑した私は星明を見るとなぜか真っ青な顔で汗をドバドバ流しながら目を逸らされた。


「え? 星明?」



――――星明視点


 話は少し前に戻る。俺が体の制御を一部取り戻して外の光景を確認した時からだ。そこで俺は自分がボコボコにされている所を他人事のように見ていた。


「こ、これは……」


『ぐはっ!? 勇者、コイツがどうなってもっ!?』


『うるせえ腐れ外道!! 後で完全回復させるに決まってんだろ!! こちとら全クリ後で周回中のカンスト勇者だから余裕なんだよ!!』


 両手から明らかに災害級の炎の竜巻と巨大な氷柱をぶっ放すのはどっちが魔王か分からなくなる恐ろしさだ。だが肝心の俺は4D映画を見ている感じだ。


『覚醒さえしていれば……おのれ卑怯な!!』


『はぁ? 卑劣だ? どうせ今回も俺の時と同じで洗脳したんだろっ!? あまつさえ今回は愛し合う男女の仲を引き裂き他の男に寝取らせようとした!? 違うか!!』


 この人は何の話をしているんだ? 今の話はどういう意味だ? そして俺はこの時になって目の前の人が夏のバイト先で出会ったモニカさんの旦那さんだと気付いた。


『何の話だか皆目見当がつかんな?』


『ふざけるな!! お前は抵抗因子を利用し天原を自分の好みと真逆の人間に好意を示すよう洗脳した!! 本来の想い人である葦原から遠ざければ抵抗力は弱まり魔王であるお前の覚醒は早まるからな!!』


「まさか綺姫と須佐井の話か?」


 コピーの抵抗因子と言えどI因子には変わらない。だから多少のコントロールは本体から出来るらしい。言われてみれば記憶の誤差だけで綺姫が須佐井に好意を持つのは変だとは思っていたがカラクリが有ったんだ。


『お前の常套手段の洗脳能力、それで俺の家族や恋人たちをバラバラに引き裂いた事は忘れない!! そう何度も同じ手が通じると思うなよ腐れ外道が!!』


 そう言って二対の剣から黒い光と白い光が放出され俺に叩きつけられた。だが魔王がうめき声を上げているのに俺の体にダメージが来ないのは何でだ?


『そうだ、中の本物の葦原!! 後から反動は来るから覚悟しとけ!!』


 どうやら体を完全に取り戻したらダメージが戻ってくるみたいだ。今は体が乗っ取られているからダメージが入らないらしい。


『ぐっ、覚醒すれば貴様など……あと少しの時間さえ有れば』


『バカかお前は? 何で敵が強くなるまで待つ必要が有るんだ?』


 確かに待つ理由は無いしフェアプレーなんてする相手では無い。なにより俺の綺姫を寝取らせようとした罪は万死に値するから俺も耐える覚悟が出来た。そして眼前の勇者いや救世主は剣を構え圧倒的な雷撃を放った。


『強くなるまで待って舐めプすんのはゲームの中だけなんだよ!! とっとと消え去れイベド・イラック!!』


 そして俺の体は雷撃で貫かれた。その一撃で俺の体はズタボロだ。遠くで綺姫の声が聞こえたから何とか耐える事は出来そうで俺は歯を食いしばる。


『くっ、おのれ……』


『次で終わりだ』


 そんな睨み合いの中で急に俺と奴の思考が共有された。追い詰められた結果、無意識に共有されたようだ。そして奴は逃走しようと考えていて転移ワープする魔法を使う気だった。


「このままじゃ逃げられる、どうすれば……」


『今こそ、お前を因子ごと葬る……行くぞ、聖剣!!』


 銀色の剣を天上に掲げて一撃を放とうとする眼前の勇者だが致命的な隙が出来ていた。まさに転移をするには完璧なタイミングだ。だが俺はイチかバチか内側から叫んでいた。


『ふっ、ではな勇者よ!! 完全覚醒した暁には――――「勝負から逃げるのか魔王? 尻尾を巻いて逃げるなんて情けない!!」


 俺は先ほどのチェス勝負前の取り決めを思い出していた。


『なっ、なぜ貴様の言葉で俺の魔力が……はっ!?』


「俺の行動は言葉で支配されてるんだろ? 例え表層の意識がお前でもルールはルール、だから勝負から逃げるな魔王!!」


 俺が奴とチェス勝負をした時の言葉の拘束は二つで、一つは敗北で結界が弱まる事、そしてもう一つは挑発を入れる事だ。どんな効果が出るかは不明だったが最低でも奴に隙は作れると踏んでいた。


『こ、これでは体の支配権が、し、しまった!?』


『消え失せろ新生魔王イベド・イラック!! 聖なる一撃相手は死ぬ!!』


 実際に起きた効果はチェス勝負で負けた時と同じで動きが止まった。その瞬間、俺の意識もブラックアウトした。そして目を覚ましたのが現在までの流れだ。




「という感じです、中に居た時は……」


 俺の話に関係者一同は不思議そうだったが一人だけ納得している人がいた。それは俺をここまで運んでくれた勇者である快利さんだ。


「あのクズの動きが鈍ったのはお前のお陰か、助かったぞ葦原」


「ありがとうございます快利さん……で良いんですか?」


「ああ、それと体も動かしにくいだろうがI因子を完全に抜いた弊害だから心配すんな、それより今は天原だ」


「そうだよ星明!! てか、お腹の子って……何の話ですか?」


 そこで話を蒸し返された。マズイ非常にマズイぞ。


「綺姫それはまた後で――――「そうはいかない、実はまたしても世界の危機だ、お前らの子供が生まれると世界が滅ぶからな」


「「へっ?」」


 しかし勇者こと救世主である快利さんは俺を逃がしてくれないようで話を遮った。


「はぁ、やはりデキてましたか……それで快利、結果は?」


 呆れた様子でモニカさんが言いながら俺に手を向けると体をフワリと浮遊させ椅子に座らせた。どうやら今のも魔法らしい。もう何も驚かないし驚けない。


「アウトだ遺伝してる……さて説明すると俺は『神々の視点』全部丸見えというスキルが使えるんだが、これは他人の個人情報を明文化し見る事が出来る力なんだ」


 そう言うと快利さんは、どこからか出した紙に念写すると言って本当に紙に綺姫の個人情報を印刷、いや念写して俺達に見せた。


「アタシの個人情報……あっ!? 体重は見ないで!! 2キロも増えてる……」


「悪いな、I因子のチェックは基本こうするしかなくてな勘弁してくれ、そんで異常が無いか診てたら、これだ……」


 快利さんの指差す場所を俺と綺姫が見ると俺には予想通りの綺姫には予想外の結果が記載されていた。


「えっとぉ、天原綺姫、基本ステータス状態異常……妊娠中、へ?」


「俺を疑うなら医者にかかるといい、だが俺のスキルは外れた事が一度も無い」


「綺姫さん、一応おめでとうと言っておきますね」


 快利さんの言葉の後にモニカさんが苦笑して言ったが俺はそれ所では無い。どうすべきか考えていたら快利さんからトドメの一言が告げられた。


「ああ、ちなみに男の子だ、懐妊日は今年の元旦だってよ、ここに載ってるぞ」


「あっ……そういうのも分かるんだ……あれ? この日って……」


「やっぱ、あの日かぁ……」


「覚えが有るようですね……綺姫さんも有るのでは?」


 モニカさんの言葉で今度は綺姫に視線が集中した。そんな少し弛緩した空気の裏で別な事件も起きていたのだが俺達は知らなかった。



――――須佐井尊男視点


「はぁ、はぁ、逃げ、切れた」


 俺は変な化物に憑りつかれていたけど体を取り返していた。さっきまで陰キャにボコされてたけど何とか逃げ切って今は路地裏に身を潜ませていた。


「助かった……」


「それはどうかな?」


 その時、不意に目の前に金髪の絶世の美女が現れた。半年近い鉱山生活のせいで警戒心の無い俺は飛び掛かった……それが罠とも知らずに。


「おんなああああああああああ!!」


「はぁ、I因子の影響は無いのに……根本がクズか……」


 その女の少し低めの声で気付いた時には俺の胸に銀色の輝く刃が突き刺され鮮血が舞っていた。痛い、痛い……何だこれは? 何なんだ?


「痛いか? 悪いが私は快利のように甘くは無い。さて、お膳立ては済んだ。後は思う存分おやりなさい」


「ありがとうございます!! 慧花さん!!」


 気付かなかったが、その金髪美女の後ろには冴えない感じの男がいた。どこかで見た事も有る気がしたが思い出せない。


「なん……だ、てめぇ?」


「妹の、幸乃の仇だ!! 死ね須佐井いいいいいいいいいいいいいいいい!!」


「や、やめ、助けっ――――」


 目の前の男が目を血走らせながら叫んで銃を撃った。俺は咄嗟に命乞いしようとしたが銃声でかき消される。その時に思い出した。あの時、学校で卵を投げつけて来た男だ。そのまま俺は倒れると何も出来ずそいつに頭を踏みつけられた。


『那結果、ごみ処理は終わった……』


 痛みで悶えながら死ぬ直前、最後に聞こえた言葉はこれだけだった。

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