第198話 救世主の帰還 その1


 秋津さんがまだ外で他のエージェントらと一緒に魔王と戦っていた時に俺は少しでも情報を引き出そうと必死だった。


「やはり、この青い光はお前でも消せないんだな?」


『ああ、だから貴様を疲弊させ消滅させようとしているのだ』


 そういう事か、これは俺の心で保たれているのか。そう言えば俺の思いの強さが目の前の奴の目覚める原因だと説明を受けていた。強い意志が魔王を蘇らせるとは驚かされるが納得だ。


「そして青い結界も俺の心の強さ、意志で保たれているんだな?」


『いかにも、だから貴様の心を折るために女を殺し俺は復活を果たす!!』


「ヒメちゃんに手出しはさせないし手先の須佐井たちにも手出しはさせない!!」


 つまり須佐井や赤ローブの連中を使って俺を絶望に堕とすのが狙いだ。こればかりは外の皆に頼るしかないが俺は安心していた。最悪の場合は俺を確実に消す方法を七海さんは構築しているはずだ。そういう人間だから俺は契約を結んでいた。


『手下? ああ、あれは半分はお前が悪いのだぞ依代、あの分身体コピーの因子はお前が奴に感染させたのだから』


「コピー? どういうことだ?」


『お前が暴走した際に俺の一部を感染させたのだ、これを覚えていないか?』


 そう言って空間の何もない場所に奴は俺の過去の映像を映し出した。それは約半年前に須佐井と掴み合いになり気絶させ最後は綺姫に止められた時のものだった。


「まさか……この時の俺が暴走した時に過去の記憶が一時的に蘇ったのは!?」


『そうだ、一時的に封印が緩んだ時に分身体を外に出し、この男に育てさせた。分身体が育てば良し、ダメでも囮には使えるからな』


「あの時の頭突きでⅠ因子が須佐井に感染してたなんて……」


『気に病む事は無い依代、奴は本体の因子である俺を消そうとしていた、負の感情が大き過ぎて制御できていない状態、つまり失敗作だ』


 この魔王の話によると俺や綺姫くらいの意志力の強さが無いとⅠ因子は発現しないそうだが稀に感情の起伏が激しい人間に反応する事が有るそうだ。だが、その代わり適性が無いと暴走し最後は自我が崩壊して廃人コースらしい。


「お前の目的は世界征服とかか?」


『ふむ、厳密には世界を作り変える予定だが、手段としては予定に有るな』


 こんな感じで想定以上に危険だった。しかも最終目標は俺の意識を奪って復讐らしい。だから俺は是が非でも体を完全に奪われる訳にはいかない状況となった。


「だけど、この空間に居れば防げるって訳だ」


『ああ、だが結界は私の計算では三時間弱で解除が可能だ』


 三時間……俺に残された時間は三時間なのか、せめて最後に綺姫とキスしたかった。それにデートも、後は最後に……。


『貴様、変な妄想するな!! 意識共有されている私にも見えるのだぞ』


 そう言った瞬間、微かに青い光が強まって魔王がたじろいだ。更に油断したようで奴の思考と一瞬だけ繋がって動揺した理由も判明した。


「なるほど、俺の精神的な負荷を与える事で結界は弱まるが逆に俺の意志力がプラス面に強く動けば結界が強化されるのか!!」


『くっ……厄介な、互いの意思が繋がるというのは』


 その言葉を聞いて確信した俺は即座に実行に移す事にした。


「綺姫、綺姫、綺姫、ヒメちゃん……」


『ええい止めんか!! 貴様それでも男か!?』


 男だから好きな女の子を思い浮かべてんだよ。魔王の癖にそんな事も分からないのだろうか? と、思わず脳内で煽ると急に思考がクリアになって目の前の魔王俺と同じ顔の男は急に距離を取った。


「お、光が戻って来たか、やはり俺に精神的な負荷を与えるために思考を無理やり共有していたか」


『貴様、俺の知っている仇敵より面倒な思考回路をしているな……』


 この青い空間での距離は心が繋がる距離なのだと予想できる。そして奴は近付けば結界を浸食できて三時間でこれを突破できると言う……なら奴と距離を取るか後は、もう一つ逆の手を取ることも出来る。


「なあ、三時間有るなら互いの思考を閉じて俺とチェスしないか?」


『なに?』


「もしかして魔王様はチェス知らないか?」


『貴様と意識を一体化していたから理解している、それに似た遊戯は様々な世界に存在していたからな』


 その逆の手とは三時間キッチリ時間を稼ぐ事だ。距離を取ってもコイツは何をしてくるか分からない。ならば三時間フルに時間を稼いで外の皆に後を託す。少なくとも俺が綺姫のために出来る確実な手はこれだ。


「なら、やろうぜ魔王様?」


『俺のメリットが無いな、貴様は時間を稼げるが俺は何だ?』


「チェスで負けたら俺の心は多少は折れるぞ? 精神的動揺を与えられれば結界は弱まると思うがどうだ? 後はそうだな……世界を狙う魔王様は勝負から逃げるのかと挑発も入れさせてもらうが?」


 俺が言うと一瞬だけ迷った表情を見せた後に「よかろう」と奴は言った。そして今に至る。ちなみに俺が奴と割と平和にチェスを打ってる間にも外ではマスターが戦っていたり他のエージェント更に信矢さんが死闘を繰り広げていた。



――――綺姫視点


「やっぱり星明まだ抵抗してるんですよ早く助けて下さい!!」


「佐伯!! 島との連絡はまだですか既に三十分は経過しています!!」


「それが妨害が、空見澤の中継点が何者かに襲撃を受けています!?」


 黒服さんの話では誰かに妨害されてるらしい。こんな事なら早く連絡してくれれば良かったのにと思ってしまう。


「くっ、やはりグループ内の……復旧と奪還を急がせて下さい!!」


「問題無い七海、俺の手駒を既に動かしているからな」


 後から来た旦那さんの仁人さん? という人がニヤリと笑ってインカムに何か一言だけ言った。それを聞いて七海さんはクスっと笑った後に頷いていた。


「彼らを既に派遣していたなんて……本当に仁人様は……なら私のやる事は」


「ああ、彼らがすぐ動けるように宣誓と事後承諾のライン形成と根回しだ」


 ある意味で夫婦の一つの完成形いやパートナーとしての凄さが二人には有るように思えた。完璧な二人の完璧な動きだと私は思った。


「ま、先輩たちって天才カップルだからね、七海先輩に言うと嫌がられるけど」


「そうなんですか狭霧さん? それより信矢さんが!?」


「大丈夫だよシンって年中ボロボロになってるから、だから大丈夫」


 そう言う狭霧さんは握り拳をギュッと握りしめて震えながら私に笑顔を向けていた。この人も不安なのを隠して必死に心を押し殺してるんだ。


「狭霧さん……アタシ」


「大丈夫だよ、ってシン!?」


 必死に攻撃を避けつつ足止めをしていた信矢さんだけど遂に捉えられて逆に腕を掴まれて投げ飛ばされた。受け身を取ったみたいだけど最後は気を失ってしまった。


「がはっ!?」


「どうしタ、しょせん魔法の紛い物……この世界で本物は使えないだろう?」


 そして倒れる信矢さんを放り投げると私達の方にゆっくりと歩いて来た。なぜか最初のように飛んで来たりしないのは余裕だからだろうか?


「手札はもう有りませんか仁人様?」


 最終防衛ラインと言われていた工藤先生と優人警視が吹き飛ばされるのを見ながら言う七海さんは無表情だった。


「ああ、悪いな……あと数分稼いで欲しいが佐伯さん?」


「申し訳有りません旦那様、それにお嬢様、数秒が限界かと……」


「分かっています。常人で奴の相手は不可能です……さて、どうしますか仁人様」


 それを聞いた瞬間、私は前に出た。後ろから狭霧さんやタマの声が聞こえたけど震える足で私は星明の前に出た。


「やあヒメちゃん、待ってたよ」


「きっも!! 皆の居る前では”綺姫”呼びするのが星明なんだけど? もう少し上手く演技してくれない?」


 私が一番欲しい言葉を星明は二人の時にしか言ってくれない。事情は有るけど一番は恥ずかしいからだと思ってる。そして奴は本性を現した。


「くっくっくっ、これはこれは依代と抵抗因子どちらも面倒だな……」


「ア・タ・シ・の星明!! が、頑張ってるんでしょ?」


「ああ、だが、この意志力なら俺の器として完璧だ、今度こそ奴を倒せるだろうよ、だから邪魔だよヒメちゃん?」


 それを言われて私は思わず星明の襟首を掴んで口を開いた。見た目は星明だけど中身が違うと嫌悪感が凄い。


「ほんと星明の口使ってそれ言うの止めて、キモいしウザいし」


「抵抗因子は俺に反発する性質なのだが思い人の顔と声なのに辛辣だな?」


「アタシが好きなのは星明だから、あんたじゃないから早く返して!!」


 そう言うと星明っぽい奴の目が赤く光って手には赤い刃状の何かが出た。その瞬間、後ろで悲鳴や怒号が聞こえたけど私は理解した。これで私は刺されるんだろうなって漠然と理解した。


「それは無理だ、だから死んでくれヒメちゃん?」


 赤い刃が振り下ろされると同時に私の視界は真っ赤に……ならずに青い光が溢れて思わず目を瞑った。


「きゃっ!? 今度は一体、何なの!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る