第197話 二人の過去と動く世界


「あの時、八年前に俺と綺姫はアレを見た、空に浮かぶ城を……」


 俺は今度こそ全ての記憶を取り戻していた。綺姫とヒメちゃんとの出会いも家での事も全てが繋がった。


「そして日本上空で城は爆発して……そうだ凄いニュースになってた!?」


 なぜか忘れていた八年前の大事件を俺は思い出していた。その中心に居たのは勇者と呼ばれる一人の男子高校生で当時の世間では大変な騒ぎだった。


「そうだ『空飛ぶ城事件』あの事件をニュースで見てヒメちゃんと見に行こうって話して家を出て、それで……」


『俺の因子と出会い……そして俺を取り込んだ』


 急に現れた目の前の男はイメージなのだろう。俺と同じ容姿で目は赤く口の端をニタリと歪ませて言った。


「思い出した。あの城が空で爆発した時、キラキラした何かが降り注いでヒメちゃんが……綺姫が欲しいって木に登ってバランス崩して落ちて俺が下敷きになったんだ」


 当時からお転婆だった綺姫は屋敷の俺の部屋に入る時は父に見つからないように大きな木に登って窓から出入りしていた。その時と同じように木に登って空から降って来たコイツに手を伸ばしてしまった。


『あの時に女を取り込もうとした……だが女を庇い貴様が邪魔をしたから私はお前と同化した』


「邪魔するさ、ヒメちゃんが、綺姫が泣くんだからな」


 理由は分からないけど俺も綺姫も空から降って来た光る粒子つまりⅠ因子が危険だと直感で理解した。すぐ逃げようとしたけど綺姫が転んで泣いてしまい、だから俺が庇ったんだ。


『その後、貴様の体を一時的に奪い女の記憶を消し最後に貴様自身の記憶も消した』


「ああ、お前も力を使い切って眠りに付いたけどな?」


 俺と綺姫の記憶を封印した後コイツは力尽き眠りに付いた。だが周りの人間の記憶までは奴の力が及ばず数年が過ぎたんだ。しかし奴が目覚める事件が起きた。それが母の不倫と続く父による虐待だった。


『人の負の感情は俺にとって最高の栄養だ……だから目覚めた、しかも貴様は母の痴態を見て極度にストレスを受けたからな、その方向に誘導したのだ』


「俺が女に異様に反応していたのはお前のせいか!?」


『そうだ、過去にも人間共の悪感情を使い何度も絆とやらを壊した、特にオスとメスの悪感情を使うのは俺の得意分野でな』


 俺の顔して最低な事を言ってる。ろくでもない特技だと思った瞬間、目の前の見た目が同じ存在の情報が俺の中に勝手に入って来た。そいつは魔王と呼ばれる存在で名前はイベドというらしい。


「なるほどイベドだからⅠ因子……まんまかよ」


『勝手に付けられた名だ、勝手に人の名を使いおって』


 これも奴らの仕業かという言葉が気になったが今は体のコントロールを奪い返す方が先だ。見ると青い空間がまた狭まったし俺もいよいよ危険だ。


「お前の狙いは何だ!?」


『この忌々しい結界の破壊だ……これが私を阻んでいるのだからな』


 やはり青い空間は俺を守っているようだ。なら何とか秋津さんが俺の体を気絶させるまで現状維持しなくてはいけない。そう思って俺は目の前の俺に問い掛けていた。



――――綺姫視点


 私は今、工藤警視に後ろ手に縛られて友達もみんな捕まっていた。そして七海さん達に説教されていた。


「はぁ、本当に秋津さんにも困ったものです……あなたもですが」


「でも……星明が殺されちゃうとか嫌、です!!」


 病気を治してくれるという話だったのに世界の敵だの捕獲だの処分だの物騒過ぎて話が違う。私達は騙された被害者だ。他の皆も口々に文句を言うが七海さんは黙ったまま私達が静かになるまで口を開かなかった。


「終わりですか? その通り、あなた達の言い分は正しい……ですが、より多くの人間や利益の前に正しさは不要な事も覚えておきなさい。それに葦原くんは貴女を守るために今も魔王と戦っているのですよ?」


「星明が?」


「ええ、覚醒した本物オリジナルは八年前に日本を滅ぼしかけた、そして世界をも手中に収める程の力を持っていた……それと葦原くんは同じモノになろうとしているのです」


 今の星明は魔王と呼ばれる存在を必死に内側から抑えている状態だと七海さんは話した。そして過去の二例では今のように覚醒前に抑えられていたそうだ。


「それじゃあ星明も!!」


「ええ、ですが今は彼が居ない……」


 そう言って遠い目をした後にスマホを見て七海さんは「まだか」と呟いた。何かを待っているようで歯がゆそうなのは私にも分かった。


「あ、あの彼って一体……」


「さて綺姫さん、魔王に対をなす存在と言われ何を想像しますか?」


 魔王に対をなす……それはやっぱり正義の味方だ。騎士とか王様だろうか? そう考えていると横で同じく正座させられていた咲夜が口を開いた。


「そりゃ勇者でしょ!! 聡思兄ぃが良く言ってたし!!」


「そうです。でも残念……今の日本に勇者はいません……」


 まるで昔は居たような言い方だと思った時に周囲がザワザワし出す。そして私達の方に来たのは白衣を着た男性と狭霧さんに肩を借りて歩いて来た信矢さんだった。お腹は血の滲んだ包帯でグルグル巻きだった。


「やっぱり、七海先輩!! それに先生まで!!」


「竹之内お前、先に信矢を病院にだな……」


「先生っ、すいません……でも今は星明くんを……」


 止血されただけという信矢さんは工藤先生を説得し始めた。その間に狭霧さんは私達の後ろに回ってナイフで紐を切ってくれた。


「狭霧さん……こんなことしたら」


「大丈夫だよ、こっちも切札を連れて来たから」


「それって、どういう意味ですか?」


「七海先輩の唯一の弱点なの、あの人」


 そう言って後ろを見てと言われ狭霧さんに続いて見ると白衣の男の人と七海さんが向き合っていた。


「――――ですが!? その場合は千堂は大きくダメージを!!」


「その点は既に傘下のグループや北城や他のグループに協力を打診した……もう千堂だけでは無理だ、理解しろ」


 最後は力無く納得した七海さんは頷いていた。私の説得は欠片も聞かなかったのに何でだと思って振り向いて狭霧さんに思わず聞いていた。


「……あの人は?」


「あの人は千堂仁人先輩、千堂グループの統括研究主任でシンの直属の上司、そんで七海さんの旦那様なの」


「つまり旦那さんの言うことだから聞いたんですか!?」


「うん、高校の頃から仁人先輩の言うことだけは聞くから、七海先輩」


 苦笑して言う狭霧さんだけど私としては不満だ。そして信矢さんの方も工藤先生を説得していた時だった。優人さんが部下から何か耳打ちされて顔色が変わった。


「総裁、それに主任!! 秋津さんが……敗北しました……」


「七海すぐに彼に連絡を!! 勇輝くんが負けたらこちらの手札は無いに等しい、彼は魔法適合しているこの世界の人類で最強だ……」


 マスターってそんなに強いんだ。そして全員で校庭に出ると中央にユラリと立つ人影が一人。それは星明だった。


「中々に強かったぞ、人間にしてはな……」


 そう言って何かを蹴飛ばして来た。信矢さんと工藤先生が咄嗟に受け止めると、それはマスターでボロボロになって気絶していた。


「アニキ!?」


「勇輝くん!? クソっ、信矢……デバイスは装備できるか?」


「はい、先生……行け、ます」


 そう言うと信矢さんはマスターの銀色のガントレットを外して装備すると立ち上がっていた。さらに工藤先生と優人さんも銃を構え残った護衛の人たちも一切の躊躇無く銃を撃っていた。


「ほう、まだ適合者が居たか……だが良いのか? そいつは先ほど倒した死にぞこないだろ? 次は死ぬぞ?」


「ほざけイベド・イラック!! これ以上は僕らの世界で好きにさせない!!」


 だけど銃弾は着弾前に弾かれ更に信矢さんが同時に炎と氷の魔法を放って突撃するけど魔王となった星明の前には効果は無く簡単に無効化されてしまった。


「七海!! 信矢が抑えている間に緊急コードを!!」


「くっ、止むを得ません、佐伯!! 繋いでください!!」


「はっ、会長、ただ今よりかの国に繋ぎます」


 その間にも信矢さんは苦悶の表情を浮かべながら星明を牽制していた。でも遊ばれているようでまるで歯が立たない。


「ぐっ、強い……ここまでなんて」


「これでも自由に動けてないぞ? 今でも俺の中で依代が妨害してるのだからな」



――――星明視点


 その言葉を聞きながら俺は目の前のイベドを睨み付けた。外のマスターが倒されるのを俺は黙って見ているしか無かった。


『さて、では続きだ……どうする?』


「無難な手で行くさ、ほら、お前の番だ」


 俺は黒のポーンを動かし俺と同じ顔をした魔王を見た。そうなのだ実は今、俺は魔王相手にチェス勝負をしていた。ちなみに負けたら世界がヤバい上に負ける事が出来るのは二回までだ。それ以上は俺の心が持たないからだ。

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