第180話 そして始まる新しい日常


「そんな事でも無いんだ、千堂を……正確には七海先輩を納得させる決め手がそれだったからね……」


 信矢さんの話だと俺が暴走しても抑えられ、しかも安全に俺のデータを取れる環境を欲していたらしい。そして俺や綺姫を守る形で”彼”が納得したそうだ。


「でも千堂グループは治療施設の事なんて知らないのでは?」


「向こうの譲歩を引き出すために僕らが提案したんだ。同時に治療施設の完成までは誰も手出しをさせないようにと条件を付けたのさ」


 本命はそっちか……だけど結局は時間に拘っているようにしか見えない。場所の重要性を説いた信矢さんだが結果的にブラフで時間稼ぎが狙いだと言っているようなものだ。


「なので違和感が有ります」


「その通り……君には隠せないか……実は、ここからは”彼”の事情でね。少し厄介な問題を抱えてて今は自由に身動きが取れないんだ」


 つまり真の狙いは”彼”が動けるまでの時間稼ぎでブラフにブラフを重ねた結果だという話だった。そして俺達はそれまで不用意な行動を取らずに高校生活を送って欲しいという事らしい。


「そういう事情ですか……」


「難しいけど何となく分かりました」


 当初は俺達を拘束する案まで出ていたらしいがメイドのモニカさんの口添えが有って中止されたらしい。あくまで俺達の私生活に配慮するという面も有ったみたいだ。その話を聞いて俺達は二人で答えを出していた。


「なら待ちますよ俺たち……半年くらいなら大丈夫です」


「うん!! だって八年も我慢できたし、ね?」


 そして翌日から俺たち二人は普通の高校生に戻った。十日も学校を空けていたが、その間の事情については千堂グループが学校を黙らせたから問題は無いらしい。




「よし!! 星明、タマと咲夜には連絡したよ!!」


「ああ、行こう……それにしても担任が今日から変わるの知ってるのか?」


 俺が言うと綺姫はかんざしを胸ポケットに挿しカチューシャを頭に戻した。やはり綺姫には似合っている。昔の俺よくやった!!


「さあ? でも星明、工藤さん……じゃなくて先生は恐そうだよ」


「基本的に二人で風紀を乱し過ぎてるからなんだけどね……」


 良い人には違いない。少し口うるさいだけだし何より何度か助けてくれた工藤警視のお兄さんだ。信頼は出来る人だと思う。


「それより、どう……かな?」


「似合ってるよ綺姫……ううん、ヒメちゃん」


「うん!! 星明!!」


 そして俺たちが幼馴染に戻った日常の中で新しい秘密が出来た。過去の記憶に関して触れるのはタブーと言われていたが我慢が出来なかった。だから二人きりの時は隠れて綺姫を昔の呼び方で呼んでいた。


「俺にも有ったのかな、あだ名とか」


「思い出せないけど……有ったと思うよアタシだけヒメちゃんは違和感あるし」


 それも思い出せればいいと話して俺たちは家を出た。今日から恋人として、そして幼馴染としての新しい日常の始まりだ。誰にも話す事は出来ないし思い出も無い不思議な関係だけど構わない。


「だって俺が綺姫を好きなのは変わらない、何年経ってもね」


「アタシだってそうだよ!!」


 気付けば駅前、合流地点だ。見ると海上と浅間が手を振っていた。だから俺達は走り出した。たった十日だったけど非日常は疲れたんだ。だから今は新しい俺達の日常に帰れるのが、友人たちと会えるのが嬉しかった。


「「ただいまっ!!」」


 でも俺達は気付いていなかった。俺達の知らない場所で最低最悪の悪意が目覚めていた事に……。俺と綺姫への人生最大の試練が降りかかるまで時間が無い事に気が付いていなかったんだ。



某国某所

――――???視点


『目覚めろ依代イケニエ


「誰だ……てめぇ?」


 眠るだけが今の俺の生きがいだ。起きていれば侵され、犯され続ける毎日で死んだような目で同じ作業をして過ごす。毎日が辛いが、それでも生きてるのはクソ陰キャに復讐するためだ。


『復讐……実に良い。前回も前々回も質は良かったが意志が弱い。だが貴様は違う。私を受け継ぐに相応しい……』


「意味わかんねえ……誰だ?」


 真っ暗で誰もいない、いや目の前に赤い火の玉みたいなのが話しかけているみたいだ。ついに寝てても頭おかしくなったか? これも全部クソ陰キャのせいだ。


『私はもう一人のお前とでも名乗っておこう。ここは貴様の認識では夢の中だ。ここならば奴も介入できないしな……さて、そんな貴様に提案だ』


 最初は化物かと思ったが、この穴倉にいるヘンタイ共にくらべたら幾分もマシだ。むしろ赤くなったり紫になったり綺麗な火の玉だと思うくらいだ。


『実に暗愚で矮小な生物だな、だが、その卑屈さと惨めさ……何より負の感情の全てが素晴らしい、お前なら私を受け入れる事の出来る逸材だろうよ』


 意味も分からない言葉に底冷えするような不気味な声だが俺を褒めてるのは分かる。久しぶりに褒められて嬉しかった。この穴倉じごくでは誰も褒めてくれないから。


『復讐したくないか、なあ……須佐井すざい尊男たかお?』


 したい……復讐したい……奴に、俺を捨てた全ての人間に復讐したい。俺が凄くて俺が偉くて俺だけが褒められ認められる世界、それが本当の世界だ。


『狙った女を奪われ、欺いた周囲に見捨てられ、最後は敗北し僻地に追放された……実に素質の有る人間だ』


 そうだ……俺は世界から奪われ見捨てられ最後は追放された。だから復讐する。正しいのは俺で間違っているのは世界だ。俺は被害者なのだから……。


『そうだ、怒りを力に変えろ、さすれば私が力を与えよう……』


 ――――そして数日後、南米の千堂グループの所有する鉱山と付近の研究施設が壊滅するという異常事態が発生した。事件現場となった施設に怪しい人影の目撃情報が有ったのだが数週間後には事故として処理され忘れ去られた。

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