第177話 取り戻したい思い出 その1


「今のは……俺の記憶?」


「星明、良かったね……ってどしたの?」


 その言葉で綺姫に話しかけられていたのに気が付いた。父の方は工藤一家や香紀たちと上手くやっている。表情も柔らかくなっていて俺としては複雑だがこれで良かったんだと思う。


「ああ、少し……ね」


「そうだよね、ごめん……色々有ったよね、でも星明えらかった!!」


 エライエライと言って頭を撫でられると懐かしい感じがして同時に頭痛もした。だけど綺姫に心配はかけられないし、この和やかな空気に水を差すわけにはいかない。


「別に……あそこで空気読めない程、うっ……子供、じゃないさ」


「星明? どうしたの?」


「失礼……もしかして星明くん、頭痛かい?」


 俺と綺姫にそっと声をかけたのは戻って来た春日井さんだった。そして俺と綺姫はコッソリ病室から連れ出された。




「あっ、終わったのシン?」


「まあ一応は一段落……狭霧、それで霧也たちは?」


 信矢さんに付いて行くと廊下のベンチには狭霧さんと抱っこされている沙夜ちゃんが待っていた。そういえば今日は上の子の二人がいないようだ。


「トイレに行ったよ、それより二人だけなのはどうして?」


「病室内が先生たちのお節介で色々と大変だから今の内に二人に話を聞こうと思ってね、それより星明くん……頭が痛む?」


 信矢さんはお見通しでⅠ因子に関しては千堂グループに所属しているだけあって隠すのは無理そうだ。


「……はい、前回より明らかに弱いですけど」


「ちゃんと症状を抑え込めてて良かった。完全に治るまでは片頭痛へんずつう持ちだと思って生活して欲しい」


 少し頭痛が起きる程度までに抑え込めてるだけで御の字だとは思う。だから俺は口が軽くなり先ほどの記憶が戻った話をしていた。


「――――と言う話でして先ほど記憶というか思い出みたいなのが朧気に少し思い出せたんです」


「そっか!! 良かったぁ……この調子で思い出せば!!」


「待って欲しい天原さん、それは少し危険だ」


 綺姫や狭霧さんは喜んでくれたが信矢さんは違った。危険とはどういう意味か疑問に思ったのは俺以外の二人も同じだった。


「え? どうしてですか信矢さん?」


「そうだよ何でシン!!」


「狭霧、仁人先輩にラボでレクチャーを受けたろ? 今後は二人のサポートに回るんだから覚えておいてくれないと困るよ」


 そして信矢さんは俺達にも分かるように説明を始めた。何でも仁人先輩なる人物は俺の薬を作ってくれた人で、その人からの注意だそうだ。


「その人も千堂グループですか?」


「ああ、千堂グループ研究部門のトップで本物の天才、あと俺たち高校の先輩」


 また信矢さんの高校時代の関係者かと考えていたが信矢さんは言葉を切ると俺達を見て極めて重要な注意事項だと続きを言った。


「星明くんの症状は記憶が戻ると抑えている症状も戻るらしい。以前も話したけど君の意志が強くなればなるほど暴走の可能性も高まる、そして薬の抑制効果を破ってしまう場合も有るんだ」


 言われてみれば納得だ。Ⅰ因子の構造や症状の意味はサッパリ分からないが俺の心に連動しているという条件から推測すると当然の帰結だろう。


「そんなぁ……」


「シン何とかならないの?」


「とにかく今は時間稼ぎが必要でね……それに」


「それに?」


 俺の言葉に頷くと一段と声を潜めて信矢さんは俺たち三人に言った。


「特に星明くんに関しては敵が多過ぎる状況だ……グループ内外でね」


「……狙いは俺の因子ですか?」


 その言葉にコクリと頷いた俺を見て信矢さんは「君は本当に察しがいい」と言って苦笑した。一方で理解出来て無い綺姫が疑問を口にした。


「狙いって……なんですか信矢さん?」


「俺の体を使って研究したい、そんな所では?」


「数日前までグループ全体がそうだったけど、さっき話した先輩が掛け合ってくれて方針が変わった……実は僕のクビを何とかしてくれたのも先輩でね」


 そう言えばクビになりそうだったんだ信矢さん。俺の薬を作ってくれた人はグループの天才というだけあって上層部への影響力も大きいそうだ。そんな話をしていたら二人の子供達も戻って来て病室の方も落ち着いたからと再び病室に戻った。




「とにかく今後は俺と信矢で二人を護衛しますので任せて下さい」


 工藤先生の言葉に父と静葉さんはお願いしますと頭を下げていた。こうなると俺達は従うしかない。ちなみに今回は他にも決まった事が有って綺姫の卒業までの仮の保護者として父と静葉さんが夫婦で代理する事も正式に決まった。


「こんなもん用意してたなんて厄介払いだよね、これ」


「う~ん……ま、まあ任せてくれたと見ても……」


 そうなった原因の紙を見て俺と綺姫それに周囲の大人たちも皆が複雑な表情をしていた。それは俺が病院に運び込まれた日に信矢さんが綺姫の両親から渡された封筒の中身の紙切れだった。


 その肝心の中身はチラシの裏に平仮名で『いにんじょう』と書かれ内容は極めて簡素で『うちの娘のことよろしく~』だった。正直こんな紙切れ何の効力も無い。


「あんのバカ親あああああああああああ!!」


 そして綺姫の叫びが病室に響き渡った。

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