第176話 裁きと贖罪の果て その2


 梨香さんのお母さんの言葉に星明もお義父様も唖然としていた。当然だろう二人は元より静葉さんも想像していた状況と真逆だったからだろう。


「葦原院長、私の義母もですが、これは被害に遭った方々の総意なんです」


「ば、馬鹿な!? ありえん!!」


 工藤先生の言葉に震える声で反論するお義父様だけど工藤さんは数枚の書類を黙って渡した。そして渡された書類を見て固まっていた。


「あなたが奪ってしまった命、その関係者のための基金設立や活動への多額の支援をポケットマネーで行っていた事は全て分かっています。これはその感謝の手紙とメッセージです」


「父が?」


 確認するように星明と私の視線が静葉さんに向くと観念したように黙って頷いていた。そして次に口を開いたのは奥さんの梨香さんだった。


「それも自分の正体がバレないよう極秘にね、まるで、あしながおじさんみたいな感じですね葦原院長?」


「そ、それは!? 違う、俺は!?」


 そんな動揺したらバレバレ。なんか、こういう姿を見ると星明に似てる気がして急に親近感がわいて来る。そして工藤先生の話はまだ続いていた。


「それに旧院長派と対立してまで自分の病院で面倒を見ていた患者の身元は全て動乱の被害者でした……もう証拠は上がってます、これでも元刑事なんでね」


「全部、分かっているのか……さすがは警察一家の工藤家の長男か……」


 お義父様は観念したように呟いた。



――――星明視点


 俺はさっきから起きる出来事で大混乱しているが横の綺姫は目は真剣なのに口元は笑っていた。あれは何か分かってる顔だし調子に乗ってる時の顔だ。俺には分かる昔からヒメちゃんはそうだった……え?


「え?」


「どしたの星明、今いいとこだよ?」


「そんな映画みたいに……じゃなくて、いや何でも無い」


 突然蘇った記憶……気になるが今は父の行く末と今後を見守らなくてはいけない。俺の体や記憶のことは大事なのだが今は父だ。そして工藤夫妻の父への説得は続いていた。


「なら私は!! 俺はどう償えと言うんだ!! 何も分からないんだ……もう何も」


「奪った命を思い罪をあがなう姿勢は正しいと思います……ですが唯一の肉親の彼に、星明くんにも同じだけ愛情を注いであげて下さい」


 父の慟哭に対し工藤先生は優しく語りかけ予想外な言葉を放った。まさか俺の話題が出ると思わなかった。そして最後に口を開いたのは梨香さんのお母さんだった。


「そうですよ先生、私達だけに優しくしてないで息子さんも大事になさって下さい。先生ならやり直せますよ……私の人生をやり直させてくれたんですから」


「だから……違う、私は多くの人生を奪っただけで……」


「でも今の私は幸せです。夫を失って女手一つで梨香を育ててボロボロになった私を治して下さったのは葦原先生です」


 これは永遠の平行線だ。だって父の償い切れない罪に対して得た物はあまりにも小さく最低限だと俺はこの時まで勝手にそう思っていた。


「ですが!! それだけで私は許されてはいけない!! いけないんだ……」


「それだけでは無いですよ。今は娘夫婦と可愛い孫二人に囲まれて本当に幸せです」


 そして梨香さんがドアを開けると入って来たのは知っている顔だった。


「二人とも、お婆ちゃんを治してくれたお医者様にご挨拶よ」


 梨香さんの言葉で挨拶するのは夫妻の子供の梨奈ちゃんと修斗くんだ。二人に続いて香紀も戻って来ていて一緒に出待ちしてたようだ。そして梨香さんが言った。


「この子達を私の母に会わせてくれたのは先生です、先生は私の子達に、お婆ちゃんが居ないという悲しい結末も無くして私たち家族を救ってくれたんです」


「お、俺が……?」


「はい、だから私は言ったじゃないですか先生は私の恩人ですって」


 そして俺は父の目から光る何かが零れるのを見た。父が泣いたのを見たのは生まれて初めてだ。そして父は膝から崩れ落ちた。


「お婆ちゃん!! 香くんのお義父様に何言ったの!? このままじゃ私のしょ~らい的に問題が!!」


「梨奈こそ何言ってんだよ? でも、そのぉ……ごめんなさい院長先生」


「……違う、違うんだ……誰も悪くなんて、私が、俺が……」


 父の涙に梨奈ちゃんと修斗くんが完全に勘違いしているが子供には分からない話だし混乱して収拾が付かない。そう、だから俺は自然と動いていた。


「二人とも昔から父は口下手で泣き虫でな、久しぶりに会った君達のお婆さんが懐かしくて涙が出ちゃったんだ、そうだよな香紀?」


「え? に、兄さん……でも……そう、だね!! 兄さんの言う通り!!」


 俺の言葉に気付いた香紀が一瞬だけ迷った後に合わせた。そして子供達を香紀に任せると俺は父に近付き無理やり立たせ小声で言った。


「これは貸しだ……偽善を気取って罪を背負う気なら最後まで嘘をつき通せ、中途半端な善人になんてなるな、あんた凄腕ドクターだったんだろ!?」


「ほし、あき……お前……」


「頼むからさ父親らしい所を見せてくれよ……俺にも」


 俺が言うと父はフッと息を吐くと小さい頃に一緒にチェスを打っていた時と同じ穏やかな顔をしていた。


「ああ、分かった星明……それと」


「何だよ?」


「…………今まで本当に、すまなかった」


 そう言うと父は俺から離れ皆の前に戻った。その時になって俺は朧気だった父の昔の笑顔を思い出せていた事に気付いた。

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